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異世界温泉狂旅日記  作者: 高岡トナミ
6/14

単純ユモリーン泉(後)

「オレも若ェ頃はヨ、おめえみたいに威勢が良かった。しかしな、風呂は、いや、精霊様の力の強い温泉はァちと話が違うぜェ」


 そこまで言うと、エッドス親分はちょっと考えて「おめえさんオレより年が上ってことはないよナ?」と確認してきた。


 一応俺は頷いておく。



 ドワーフってもしかして年齢がわかりづらいのだろうか。いやそうだろうな。


 日本人の俺からすると外国の方々はかなり実年齢より年が上に見えるし向こうからすると逆な印象かもしれない。


 ましてやドワーフなんかもう、10代からヒゲの親父なのかもしれない。偏見だが。


 ちなみにエッドス爺さんは剃りあげていて毛が見えない。でも目は青いのでまた棺桶に入る予定はないのだろう。



「まあ、古くから続くドワーフに湯の説明なんぞ、精霊に温泉を教えるのも一緒のことかもしれねえが言わせてくれやナ。この湯こそユモリーンさんの湯で赤子でも浸かってられる優しい湯だがヨ。俺の背中にいるクァザさんの血みてえな赤い湯になってくっとこりゃもう、熱いのもあいまって大変なモンだ」


 どうも、四大湯霊様とやらの名前がそのまま泉質区分に使われているようだ。クァザ泉は赤いのか。そうか。


 入りたいな。鉄分系だろうか。クァザ様は見た目鬼なのか?


「クァザ泉は相当熱い?」


「熱いなんてもんじゃねえ、源泉なんか基本煮えたぎってるんだからオレたちみてえな人間が入ったらくたばっちまうよ。まあドワーフ混じり――っつったら失礼だったかもしれねェが、おめえさんでも厳しいだろうなァ。せいぜい入れるってったら竜さんかお岩さん達くらいじゃねえかなァ」


 竜さんお岩さんなんてこの爺さんが言ったらヤな仲間達しか思い浮かばない。さもなきゃ幽霊か。そろって釜茹でにでもなるのか。皿ごと熱湯消毒か。


「そんなだからここみてえなユモリーン泉か、そうでなきゃ冷てェ水と混ぜなきゃ熱さで見ても入れっこねえ。しかしまあただの井戸水ならともかく、ユモリーンさんの湯にしたってただの水じゃねえんだから、1から3の湯なんかに入ろうものならこりゃァ大変だ。オレ達ァスライムに仲間入りンなっちまうよ」


 どろどろに溶けるのか。えっいや普通に怖い。えっ。怖いよ。マジなのですか。

 酸なのかアルカリなのかわからないがそんなに強い泉質があるのか。それはもはや劇薬なのでは。周囲の地面とか大変なことになってるんじゃないだろうか。


「道理で長風呂に注意しろって言われるわけだ」


 爺さんは俺の納得した様子に満足いったのか、うんうんと頷いている。


「オレも長風呂は大好きだが、ものには限度ってのがあらァな。ドワーフはオレたちよりも湯に強いとは思うが、ユマルよ、おめぇさんはどれほどかは知らねえが人間側の血が混じってるだろうし過信はいけねェ。1時間もしたらきちんと上がって休み休み入りなァ」


「具体的にはどれくらい休みゃァいいんだ?」


「おっ?」


「具体的にはどれくらい休みゃァ温泉に入れるんです?」


「お、おォ……そうだなァ」



 若干混じった。妙な言葉遣いに戸惑わせてしまったか。


 溶けるのは怖いがなにも1時間立ったらポンと溶けるわけでもないだろう。多分薬草風呂みたいに肌に痛みとかでてくるんだろうし、ここは地元の方の意見からギリギリを見極めたい。



「まあ、言ってる通り1時間くらいなら大丈夫だとは思うがヨ、詳しいことならヴァルスに聞け」


「バルス」


「ん? うん、ヴァルスだ。湯父やってるオレと似たような年の爺が居やがったろ」



 あの爺さんの名前が判明。ちょっと城が崩壊しそうな名前だ。バスだったら風呂で的確だったのに。俺の深層心理は遊び心を入れてしまったのだろうか。



「そうだ、イルオーリアは今おめぇが面倒見てるんだったナ。本人の意思で冒険者のマネごとをやってンだ、やることやれる子だが、それでも怪我なんかさせたらァ、ただじゃあすまさんからそのつもりでナ」



 どやしつけつわけでもなく淡々と言ってるが目が笑ってねえ。短刀でも抜きそうな雰囲気が静かに伝わってくる。イルオーリアか。イルの本名だな多分。かわいい。



「俺も怪我をさせたくはないです」


「よし」



 素直な気持ちを伝えた。分かってもらえた感じはある。



「今日も波もどきとやらから助けました」


「何ィ!?」



 率直な事実を伝えた。分かってもらえてない感じがある。



「波もどきが出たのか!? 森でか!?」


「森の中の源泉――精霊泉で出てきた」


「精霊泉でだとォ!? なんてこったァ!!」


 声がめちゃくちゃ響いている。ここの屋根のあたりでは壁が途切れていて、その向こうは昔ながら、と言っていいかわからないがつまり一枚壁を隔てると女風呂なのだがそっちまで間違いなく響いた。


 やはり大変なことだったか。聖なる温泉だものな。


 なんか魔物が出てるから汚染されてるのか逆だったか、いずれにせよ源泉自体が汚染されてるってのは良くないだろう。なんとかできるんだろうか。


「綺麗にできます?」


「いや、オレにはできねェが、いや、しかしまさか森の精霊泉まで濁っていた、たァ……」


 そういえばこの風呂の温泉はあそこから引いているのだろうか。もしそうならここの温泉自体汚染された温泉ということになるんだが。ここでアレがでてきたらなかなかつらいな。いや、そうでもないか。


 引きずり込まれても湯船の中程度なら死んだふりをやらなくてもなんとか本体らしい核を捕まえられそうだ。


 しかし、エッドスのようなおじいちゃんおばあちゃんでは厳しいかもしれない。


 体はそう衰えているようには見えないが、なんなら土木現場で現役やってそうな体格だが。


 若い頃ならいざ知らず身体のあちこちにガタが来ているものだ。20代と比べて30代を迎えると明らかに体の不調が見えてきた。


 ユマルは臭くて汚いだけでそれがないからやっぱり見た目よりずっと若い感じもある。臭くて汚いけど。



「ここの源泉があそこになるんですか?」


「いや、違う。あそこはもっと強ェ4か5番目くらいはあった。オレの若ェ頃の話だが……多分変わっちゃいねェはずだ。そこが魔物の住処になるってことは、こりゃもう精霊じゃなくて魔泉になっちまったってことか……いや、しかしここの温泉も、村の井戸水なんかも、おめえ達が持ってきた水で浄められたんだったかァ……?」


 確かにこのフロマエに来る前に井戸に精霊の泉から組んできた温泉を入れて、綺麗になっていたようだ。よく知らないが。


 俺の頭の中でまだ助かる、まだ助かる……などと思い出の中の芸人が口を出している。


 最近全く思い出す機会もなかったのによくわからないタイミングで思い出すものだ。地球儀でも回していろ。



「わからねえな、ヴァルスに聞いてみりゃいい方法があるかもしれねえ。とにかく風呂に入って一旦さっぱりだ」


「大賛成です」



 色々この村は大変なようだがとりあえず俺は温泉に入れればいいのだ。もやもやした気分を抱えたまま温泉に入っても楽しくない、訳はない。


 どうせ俺の夢である。温泉に入れればこの夢の目的は達成なのである。


 ようやく、ようやく温泉だ。無味無臭で特別にごり湯とかでもないが温泉なのだ。このために生きてきた。このために生きていこう。


 俺とエッドス親分は似たようなタイミングで湯船に足を入れ、そして肩まで浸かった。



「はあー……」



 それだけだ。それしか出ない。出来損ないのような窓からかすかに光が差し込み、照らされた湯気がかすかに赤くゆらめいている。


 もう夕暮れだ。ようやく垢のでなくなった体に温かな湯が染み込み、かゆみまでも行かない点の感覚がふつふつと肌のあちこちから刺激を与えてくる。何年ぶりなんだユマル。


 このまま、ただぼーっとしていたい。それだけの人生でもいいとすら思える。一定の感覚で知らずため息が漏れる。幸せか。逃げてもいい。少なくとも俺はここでこうしている限り幸せは逃げる先から補充されている。なんならこの呼吸からも温泉が摂取できている。



 使い込まれた風呂場の木の壁をただみやり、理由がわからない安心感と満足感が生まれる。自分がここで生まれてきたんじゃないかと勘違いしそうだ。実家以上の安心感。


 これを味合わずに何年も風呂に入らないなど、ユマルの感覚がしれない。ここは入れ墨OKな銭湯だったんだぞ。コミュ障すぎて知らなかったのかユマル。


 なんとなく視線を落とし、自分の体を湯の中で撫でる。きもちツルツルしている、気がする。これだ。


 ツルツル感は薄いが、普通の水ではない、ような気がする程度の感覚でも違うものは違う。温泉はやはり質感からして違うのだ。



 肌をなでている内に水の質感以外でまだ違うところに気づいた。蜘蛛退治の時に火傷した部分に小さな泡が妙に集っている。

 こうしてみてみると怪我をしていないような部分とは差異があり、ムズかゆいような感覚。


 傷の治りが早くなるくらいの効能はあるんだったか。


 見てわかるほどの効能があるじゃないか。もしかすると炭酸泉なのか。


 これでも弱いらしいが、立派な名泉だろう。さすがは俺の夢だ。温泉の効能が現実より強い。



 これはもしかすると、明晰夢というやつじゃないのか。


 夢にしてはほとんど現実のような感覚だし、なかなか目も覚めない。オカルトなんだと思っていたが成功するとここまでのものか。


 きっと肉体的にも精神的にも疲れきった俺の体がせめてもと幸福を求めた結果、ようやく無意識にできた明晰夢なんだな。


 「まだ助かる」


 ありがたみを感じて悟りを得ようとしていた最中に、唐突にまた出てきたな謎の海賊。


 ユーチューバーとして活躍でもしていてくれ。もう俺は助かっているんだ。少なくともこの夢では。



「まだ助かるから……」



 違う、急に出てきた思い出の中の芸人じゃなくて酒焼けした感じの老人の声だ。


 ふと見ると無表情で俺を見ているエッドス親分。こわいよ。目が座ってらっしゃる。えっ、またなにかやっちゃいましたか?


 いや、やってない、と思うぞ。


 お前このやろう俺はやるときはやるが風呂の中では真面目にしたいんだ。会社では基本的に真面目系クズだ。


 サウナのあとに、汗も流さずに水風呂に頭からつかりにいくような輩にこそ注意してやってください親分。



「助けて」



 それだけ言うと、また吹き出し口からぼこりと大きな音がした。


 エッドス親分はその音で、まるで目を醒ましたようにまばたきすると、わずかにたじろぎかぶりを振った。具合でも悪くしたか。



「湯あたりですか?」


「ん……いや、ああなんかちいと、クラっときた。いけねェ」



 そう言いながら湯船の縁に腰掛ける、無理をしたご老人。


 風呂は実は疲れるものなのだ。


 心臓含め内臓にとって、入浴はジョギングやマラソンに匹敵する負担だとどこかで読んだぞ。


 せいぜいで10分くらいしか浸かってなかったと思うが、まあその日の体調によって普段大丈夫でも調子を崩すこともあるだろう。


 それにしても口調もなんかおかしい弱々しい声だったが。なんなら女々しさすらあった。ヤな親分としては辛い。年には勝てない。



「上がったほうがいいんじゃ?」


「いや、このくれェ座ってりゃ……そうだなァ、よしとくか。どうも、今日は朝からヤな調子だったしな」



 あんたがヤなのはいつもじゃないのか。それとももう引退済みか。指を見てみると全部揃っている。



「じゃあ、お先にナ。ちょっくらヴァルスと話するかァ」


 しっかりとした足取りでさっさとタオルで体を拭くと、最後にぱあんと景気のいい音を響かせてまたの間からタオルで体を叩くエッドス親分。


 ノーパンでズボンを履くと、さらしを巻きながら半裸のまま出ていった。 


 若干マナー違反だがまあいいこれでゆっくり湯を楽しめる。



 俺も一旦湯船に腰掛けて一休みする。



 「ふー……」



 おもむろに腕を組んで、立ち上る湯気を見ながら天井を見上げた。


 一応のリミットっぽい1時間まではまだまだ余裕があるな。実際に温泉に入るとやりたい理想のローテーションがあった。


 まずはひとっ風呂。もし浴槽にいろいろな種類があれば軽く一巡。泡風呂、ジェットバス、打たせ湯、電気風呂。もしも寝風呂があれば最後に回し、そして一休み。


 ベンチか、欲を言えば寝っころがれる場所があるといい。もっと言うと外にあればいい。


 外に休憩場所があるならまず露天風呂はあるだろう。もしかするとより格上の野天風呂などあればこの上ない。


 景色はもちろん絶景だ。昔家族旅行で連れて行ってもらった緑豊かな渓流沿いの旅館はとても綺麗だった。



 おっと脱線した。そうだ、1度目の露天風呂から上がれば満を持してサウナだ。3往復、最低2往復はしたい。


 サウナに入り、水風呂。サウナに入り、水風呂。これだ。


 この往復で得られる心地よい疲労感と意識の覚醒感は大声を出すしかやり方を知らないクソ上司から得られる疲労感とお高い栄養ドリンクの強制的な意識の覚醒とは比べるのもおかしい。


 そして疲れた体でもう一度休憩を挟む。最悪一旦意識を手放すことも辞さない。


 この場合終電、もとい営業終了BGMの蛍の光が流れ始めてお客や店員さんに起こされてしまって〆の風呂に入れないかもしれない。


 首尾よく意識を保てていられれば、もう一度露天だ。肩まで浸かって5分から10分。月が美しい夜空をみながら、最後の風呂を惜しんで入るのだ。


 源泉かけながしであればシャワーはいらない。硫黄泉など、強い温泉である場合は首から上だけは残念だがシャワーを使おう。翌日の髪や肌に影響が出やすい。


 そうでなければできるだけ温泉成分を体に残したまま布団まで持っていきたい。翌日の自分まで残してあげたい。


 ただし、調べてみると湯船からシャワーカランに至るまで温泉という夢のような湯量を持っている温泉施設もある。そういったところであれば遠慮なく最後に体を流すこともできる。


 やった、すべてをやり遂げた。もしかするとこのあと食事のパターンもあるかもしれない。そうすると残念ながらこのルーティーンは使えない。


 これは温泉で一日を終えられるありがたい日のためのものなのだ。


 温泉を全力で楽しみ、汗をふき、浴衣に着替え水を飲んで部屋にたどり着くだけの体力しか残らない。そして俺は眠ろう。



 それでいいのさすべてを忘れて。



 特に明日のためとかではない。明日の自分など知るか。どんな面倒ごとも今日の俺が知ったことではない、なんとかしろ。



 まあ、しかし、今ここにあるのは内風呂ひとつ。泡風呂もなければ露天もない、もっともスタンダードな風呂。


 確かに物足りなさは感じている。だがまあそこが温泉の凄さ。まあいいかとも思えてしまう。


 そうだな俺。様々な種類のお風呂はそれはそれで良いが、反面静けさ奥ゆかしさなどからは離れてしまう。


 内風呂、露天風呂。せいぜいでサウナと水風呂があれば温泉、例えば旅館などでは一つの完成形である。



 まあ欲を言えばあつゆとぬるゆで分かれていればいいが、必ずしも多種多様な形態の風呂が必要とは言わない。温泉でありさえすれば。


 よし、体から少し熱が抜けてきた。心音も落ち着いてきた。屋根付近に漂っている湯気はどことなく人の形に集まっている。



 いやおかしい。見間違いかな。まさかこの程度で体力の限界が?



 しまった、理想の風呂の入り方など言っている場合ではない。俺自身、違うユマルの体はそこまで温泉に入れない体質だったのか?


 眠気ならまだしも妙な幻覚じみたものが見えるとは。


 なんだろうこの湯気どんどん人っぽくなってきているぞ。女性っぽく見え始めている。これはいけない。


 風呂で寝るならともかく意識を失って倒れるわけにはいかないのだ。俺は銭湯のマナーは守りたい。


 そういえばユマルはガチのホームレスより風呂に入っていなかったようだしな、仕方がないのかもしれない。


 風呂は逃げない。体力を万全にしてまだ入ろう。ちがった、また入ろう。


 そう決めて、最後にかけ湯をして手早く体の水滴を拭き取り始めた。なんだか妙に湯気がまとわりついてきている気がする。



 すまない温泉。一旦休んだらまた入るから許してくれ。



 なんならドアの前に完全に人状に固まった湯気が漂っている。


 ううむ、温泉のことを考えすぎて擬人化までしているのかな。


 髪が長めの女性にすら見えているのは偉いらしい湯霊様とかいうのが、ユモリンとか言う女の子っぽい名前だからだろう。


 顔のところに口っぽいパーツ見えている、そこへ数年分の汚れと今日一日分の汚れがプラスされた服、違ったゴミを持った俺の手が突っ込んだ。


 湯気は当然雲散霧消。不可抗力だ。すまないユモリン。また来るよ。

一説にはつかると眠気が来る温泉が一番自分にあっている温泉という意見もあります。

私自身は賛成ですが最低限倒れてもいい場所までたどり着ける体力は残してくださいね。

自らの限界を計りながら温泉に入りましょう。

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