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異世界温泉狂旅日記  作者: 高岡トナミ
13/14

魔物は温泉から生まれる、らしい

 俺はユマル。ドワーフと人間のハーフの冒険者だ。よく分かってないが。


 ユマルこと俺、アーとイル、ヴァルス湯父の4人でクロイドという街を目指してユナデュキア村を出発したのだが俺はもう早速疲れた。


 昨日、湯父が言ったとおり若者二人の卒業試験ということで戦いなどはある程度任せることになっているし、不思議と昨日おとといまでと違い襲いかかっても来ていないため、虫退治が原因ではない。


 クロイドまではおよそ20ケーメータ歩かねばならないんだ。20kmね。はいはい。


 はいはいで済めばよかったのだが、今まで生きてきてそんなに歩いたことがない上に、スタートから1時間登ったり下ったりの山道なのであった。しんどい。つらい。


 かろうじてマシなのは川に沿って歩くため轟々と流れる水の音が聞こえることだろうか。村から歩き始めてしばらくすると見え始め、何度か見えるような位置に現れたがかなり大きい河川で、まるでエメラルドのような明るい綺麗な緑色だ。少しだけさわやかな気分を保てる。いっそ河原にと思ったが何の整備もされていない河原は歩くのに適さないのであまり道として使う者は居ないらしい。確かにな。



「綺麗な川だな」



おもわず、そう呟くと旅の仲間たちがそれぞれ返事をしてくれる。


「そうだよね、私大好き!」とイル。かわいい。「イワーナ釣りにおやじとよく来る」とアー。お前釣り出来たのか。「これもユモリーン様の恵み。実は」と話し始めてくれたのは湯父。



「村よりも森よりもずっと上、山奥の方でかなり高位の温泉が湧いている」


「なんだって」



 また始まったよという顔をしているのはアーとイル。


 くそっ、どうしてそれを早くいってくれなかったんだ。四名泉は気になるがこんなに近くに良い温泉があるんじゃないか。



「どんな温泉なんだ?」



 うっかりため口を使うようになってきた。もういいか。俺と湯父は温泉のことに関して魂のレベルでずっとずっと友達なんだ。ズッ友なんだ。


 この2、3日でもうっかり出ていた気もするが、そもそもがユマル自体が年寄り相手でもため口だったようで湯父もまったく気にしている様子もない。



「それがな、私が発見した中では中の上、体力性の4位までは間違いなく存在する。ただ、信憑性は薄いがもしかすると更に上位のものが存在する可能性もある。少し臭みを持っているが、まぎれもない名湯があちこちで湧いているんだよ」


「入りたいなあ」


「トーワイマまで行ってからにしてね」


「絶対に今からは戻らねーからな」


「ああ……」



 大きな街まで行く気満々の若者二人。しかし俺はトーワイマどころかギゲロロフ、あるいはそのずっと先のグンマーサックまで行くつもりで出発しているんだ。一体いつ帰ってこられるか分からないんだ。滅茶苦茶気になってしまうじゃないか。いや、待てよ。そこが思ってたよりがっかりだった場合の楽しみにはなるだろうか。戻れない以上そういう考えで乗り切るしかないか。



「まあ戻ってくるころまでには幻の秘湯を私が発見しているかもしれないしな、最悪私が発見済みの秘湯には案内できるから。多少魔物も強いが、まあなんとかなるだろう」


「多少かあ」



 このマシンガン爺さんが強いっていう魔物ってどれくらいかな。剣とか斧が通じないとかそういうレベルじゃなくてウォーターカッターで俺をサイコロステーキにでもしてくるんじゃないだろうか。昔見たバイオな映画を思い出すなあ。



「この川がこんな色をしているのってその山奥の温泉が流れ出しているからなのか?」


「一概にそうは言えないが、多少は影響しているよ」


「それなら、これは温泉の川……?」



 入りたい。



「いや、魔力含めごく微量の温泉成分は残っているだろうが温泉と認定できるような量ではないね。もしもこの川が温泉だとすれば、石から草木に至るまでの本来自然のものが持ちうる以上の過剰な魔力を含んでいることになり、この川の周辺の生物が下流に至るまでまるごと魔物化することになる、魔物の発生源だ。迷宮化してしまう」


「魔物の発生源が、迷宮と呼ばれるのか」


「そうとも。自然にある強力な温泉はそのまま強力な魔物を発生しやすいのだ。このクロイド、ユナデュキアの山々にまだ見ぬ上位の温泉があると噂されるのは、時折、我々湯父湯母でも苦労するような魔物が目撃されるからだね」


「もしそんな温泉があるなら泉の主になってるような魔物の湯霊石ってすげーお金になるんだろーなー」


「今の私たちじゃとても倒せそうにはないけどね?」


「お前たち二人では下位の主でも、後10年は修行せねば難しい」


「泉の主なんているのか」


「うむ、周辺の魔物が怯えるような強力な魔物をそう呼ぶ。私たち人間は魔物と戦って温泉を得てきたのだ。魔物は魔力を求めて温泉に近づくが、温泉そのものに入ることは大抵の場合難しいから、そこだけは同情するよ」



 この世界では良い温泉につかるには山道を延々と歩くだけでなく、強い魔物と戦えないといけないようだ。馬鹿でか虫やスライムより強いんだろうか。厳しい世界だ。だが温泉の為ならば仕方ないか。疲れたくないし癒しを求めて温泉に入りたいのに命がけとは世知辛い。でも入りたい。


 俺も随分変わった夢を見てしまったものだなあ。目を覚ましてしまう時が来たら、一度本当に精神科にかかった方がいいかもしれない。


 話をしながら歩いていると少し息が上がってきた。


 全体を通してみれば下りなのだろうが登山の経験など学校に通っていた頃まで遡る俺にしてみれば今現在どこまで進んでいるのかさっぱり分からない、終りが見えない道のりだ。


 実際のところ軽く息が上がっている程度でそこまで疲れてはいないのだが、気持ちがついてこない。体はドワーフだけど心は俺なのだ。最近走った記憶などまるでない。心臓に負担がかかる運動など随分前に入れた銭湯のサウナが最後なのだ。階段の上り下りは当然のように息が上がる。これ、ユマルの体力で本当に良かったな。現実の俺なら心臓発作を起こして死んでもおかしくはない。



「今どれくらいかな」


「平地まででも、あと1時間はかかるな。そろそろ休憩にしようか」


「はーい」「さんせー」



 良かった。声をあげてみるものだ。


 といってもへばっているのは俺だけのようだったが。



「イルたちもそうだろうが、ユマルは村を出るのも何年ぶりだろう? 特に今は山道だ。余計な世話だろうが、このクロイド峡谷を抜けるまでは休憩はこまめに入れていくよ」


「助かる」



 各自、てごろな石を見つけて腰を下ろす。



「お水飲みたい人ー」



 イルが呼びかけると、全員が手を挙げる。



「集まってー」



 アー君と湯父が荷物からコップを取り出してイルの近くに寄った。俺はコップを持っていなかったのでオーリエおばあちゃんの店で買ってきた湯巡りセットその1、木の桶を取り出した。25トーもしたが必要な買い物だった。銭湯などで見かける黄色い桶な訳はなく、旅館などで見かけるものだ。


 手ぬぐいをかけて眺めているだけで癒される。現、俺の部屋、もといフロマエの休憩所で癒されていたら風呂に入りに来た村人たちに怪訝な顔をされたがどうということはない。



「えっと、ユマルはそれでいいの?」


「ああ、これにくれ」


「うん……まあいいけどね」



 イルが水の第一魔法を発動。生まれた水球が弾ける前にみんなコップですくっていく。桶ですくった俺は豪快に飲む。一息ついてふと思った。



「魔法で生まれた水って飲んで大丈夫なのか?」


「それ言ったら温泉もユモリーン様の力で生まれたものだから大丈夫じゃない?」


「それもそうか」



 イルがお返事をくれた。やさしい。そういうものなのだろう。これがだめなら温泉につかるのもアウト判定になるので納得しておくことにした。


 俺は納得したのだがアーが新たなる疑問を思いついたようだ。



「普通の水も結局ユモリーンの力で生まれてるんだよな?」


「そうだよ」



 湯父が回答。様をつけろとか、いちいち細かいことは言わないようだ。



「じいさん、温泉と普通の水の違いって魔力が入ってるかどうかだったよな。じゃあ魔法で生まれた水って魔力があるから温泉なのか?」


「いいところに気がついたな」



 確かにそれはいいことを聞いてくれた。魔法で生まれた水には魔力が含まれるってのは昨日だかに聞いた覚えがある。


 魔物には、あるいは生物にも、魔力の限界量――最大MPみたいなものがあるらしいのでそれを超えると一時的に行動が止まるらしい。


 この夢世界に来た日、あの化け蜘蛛がイルの魔法でノーダメージなのに動きがいちいち止まったのはビックリしたからでなくそういう理屈のようだ。


 仮に水の魔法が温泉を生んでいるのなら、非常に興味深い。ただ、仮にそうだとしてもこれは個人的な考えでは人工温泉のような気がする。


 やはり温泉は地面から湧き出てくれなくては。いや、どうしてもそれしかないなら人工温泉でも入るは入るが。



「結論から言うと、魔力を含むという理由から温泉ではある。ただしそこに見えているクロイド川と一緒で効能はほぼない」



 やはり人工温泉。



「理由としては、今ここに生まれてきた温泉は、この場で無から創り出したものではなく、あくまでこの世界のどこかからこの場に呼び寄せたものに過ぎない。適当な水に使用者の魔力が混ざってしまった水でしかないのだ」


「ってことはこれってイル温泉ってことか……なんか飲みたくなくなるな」


「なんでえ!? 失礼でしょ!」


「イルだって俺から作られたアズライトス温泉とか出されたら飲みたくなくなるだろ! それと一緒だよ!」


「うーん……確かに」


「すぐ納得されてもなんかムカつくな」



 アーとイルのしょうもない言い争いがあったが俺は別の意味で飲みづらくなった。


 かわいい女の子から作られた温泉かあ。妙な想像をしてしまう。まずいな。いかんでしょ。



「アズライトス。それを言うなら私達はね、母なる、つまり女性の精霊とされるユモリーン様が作ったユモリーン泉につかったり飲んだりしているのだからいちいち気にしてもしょうがないぞ」


「なんかちげーんだよな。目の前にユモリーン様がいるわけじゃないんだから」


「うーむ」「確かに」



 正鵠を射られた感じがあった。アーの一言に思わず頷いてしまう湯父と俺。



「なんでそこで一理あるなみたいな顔するのおじいちゃんもユマルも!? もうお水あげないからね!」


「「ごめんなさい」」



 たとえ俺の夢の中でもかわいい女の子に男は弱いのだ。いや、俺の夢だから弱いのだろうか。


 ユモリン水でもイル水でもありがたく飲まなければいけない。人口とはいえ温泉なんだから当然の話だったな。



「でもこの理屈だったらユモリーン様はともかくさ、他の3人――柱? 様の温泉って別の意味であんまりのみたくねーよな」


「確かにそれはそうかもしれないけど罰当たりでしょ! はい、もうこのお話は終わり。おしまい!」



 エッドス親分の背中からすると火山様、もといクァザ様がいかつい鬼さん。鬼さんから出てきた水か。確かにな。ティソウ様ってどんなんだっけ。扇風機様はもうなんか水が出てるとかよく分からん。扇風機ならぬ冷風扇様なのかオイルなのかな? 不良品だろ。



「私クッキー焼いてきたんだけど、みんな食べる?」


「さんきゅー」



 アーは返事と同時に手を出している。イルは一枚アーにあげて、こちらを向いた。



「ユマルは? おじいちゃんは?」


「ありがとう」「もらおうか」



 女の子の手料理、いや手作りお菓子か。まだ元気だったころの新人女性社員にもらったことがあったな。思い出そうとしても病んでしまった顔しか思い出せない。


 イルが厳しい冒険者稼業でそうならないことを切に願おう。いや、ヴァルスおじいちゃんがいる内は大丈夫かな。


 うちの会社を土台ごと崩したりできそうだしな。上司と社長と、あと社長の車ごと粉みじんになるまで乱れ撃ちにしてくれねーかな。



「いただきます」



 すこししっとりとした感じのクッキーで口の中がぱっさぱさになることはなかった。いや普通においしいな。チョコレート味だ。


 甘みの他にほろ苦さもあり、香ばしいナッツなのか別の木の実かわからないが、アクセントも効いている。もう食べてしまった。


 もっと食べたい、と思ったらいきなりヴァルス湯父が立ち上がった。



「魔物が近寄ってきたぞ。構えて」



 アーがいやそうな顔をしてしぶしぶ立ち上がり、イルが「もう」と杖を掴んだ。


 がさがさと草むらを走り回る音。はっはっ、と、獣の息遣いも聞こえ始めた。まずい。虫じゃないぞこれ。



「ヤマオオカミだ」



 湯父が小さくつぶやき、犬のような生き物が1頭、10mほど離れた距離から出て、少しづつ近づいてくる。いや、顔が怖い。ハスキーと柴犬を足して割ったような印象に見えたがよく見ると顔が怖い。


 特に目がやばい。薬中のような開ききってどこを見ているのかいまいちわからんような眼をしている。口は牙が並び若干笑っているように見えてピエロを思い出すような不気味さがある。



「じいさん、俺ヤマオオカミ倒したことないんだけど」



 すこし焦ったようにアーが小さく声に出した。



「後ろに気をつけなさいね、ヤマオオカミはおとりの一匹が獲物を群れに追い込む狩りをするので恐れず立ち向かうように。あと、村も近いからできるだけ全滅させるつもりで」


「おじいちゃん、ユマル、手伝ってくれるよね?」


「さすがに大変そうだから、少しだけね」



 湯父はそういっているが、俺は少しだけも手伝いたくないんだが。そもそも手伝える気がしない。虫はいいんだ。気持ち悪いから。


 今出てきた狼は普通に怖いが、犬や猫、小鳥たちのようなペットはかわいいのだ。昔、爺さんちで犬も飼っていたのだ。虫以外の生き物は殺したことなど当然ない。


 ちょっと胸のあたりが重く、締め付けられるような感じがしてきた。


 緊張している。


 おとりらしき一匹をちらりと見る。顔が怖い。遊んで遊んで、なんて感じではなく餌だ餌だ、という雰囲気がある。可哀そうより恐ろしい気持ちが少し大きくなった。これが生存本能とかいう奴だろうか。


 夢のくせに相変わらずリアルな感覚だな畜生。



「ユマル、私と君で群れ側だ」



 嘘だろう。おじいちゃん、それだとアーとイルで一匹だけ。計算するまでもなくあとは全部俺達では。


 俺はなんともなしに、大きく息を吸い、大きく息を吐いた。その瞬間。イルが第一の魔法を唱える。



≪ユモリーン・ファス・セレクト!≫



 水の魔法が当たる前に、ヤマオオカミは既に走り出していたためまったく当たらない。二人の方を見ていられたのはそこまでで、俺たち側にも2、3匹どころではない、10匹以上も居るような群れが次々に飛び出してきた。



≪ユモリーン・ファス・イクスフォン・セレクト≫



 昨日見た、強化された第一魔法だ。巨大な水球を躱そうとしたヤマオオカミの群れだったが、半分以上も躱しきれず直撃していく。


 俺は戸惑った。片っ端から押し流されるどころか、まともに喰らったヤマオオカミ数体なんて消えてしまった。は? 何頭いたっけ。4頭くらい死んだのか? 今ので?


 「WuaOO!」


 ワオン、ウォォン、そんなような声で飛び掛かってくる生き残りのヤマオオカミの声。戸惑っている場合ではなかった。


 既に俺から1m程まで近寄っていたヤマオオカミはもう飛び掛かる態勢だ。


 まだ殺すとも殺さないとも覚悟など決まっていなかったが、やはり生存本能なのか俺は斧を構えてしまっていた。


 いや、できれば殺したくはないんだ。だって一応狼も犬だし。


 俺がそんなことを考えていることも気にせずヤマオオカミは普通に襲ってきた。右腕は斧を持っていたので左腕を咄嗟に前に出すと噛まれた。痛い。



「ユマル!?」



 湯父がびっくりした声で叫んでいるが、かわいそうはかわいそうなので殺してしまうような行動はとれなかったのだ。


 ただ痛みはかなり激烈な感じがあった。同時に、謎の余裕もあった。夢だからなのか、痛みはともかく思考に現実味がない。などと思ってもいたが瞬間的なものでじわじわと痛みが強くなってきた。


 ひどく冷たいような、熱いような、何か体の中に入ってはいけないものが抜群の存在感を発揮しだしている。


 思わず斧を握っている手でヤマオオカミの頭を殴り飛ばしてしまっていた。キャン、と悲鳴を上げて飛んで行ったが死んではいないようだ。


 動物虐待してしまった。動物虐待ではあるが斧で攻撃するとか、わりとグロチョゲな感じになってしまうよりはマシではなかろうか。マシだろう。そうであってくれ。あれ!


 なんだグロチョゲって意味が分からん。うわ、すごい牙の跡ですごい傷が残っている。こんなの見たことはない。噛まれてはいないのに冷たくて大きなものが腕にねじ込まれているような感覚が消えない。汗が出てきた。冷たい汗だ。どうしよう。治るのかこれ。血がすごい勢いで出ている。グロチョゲなのは俺の腕だ。ばんそうこうでは無理そうだ。心臓の音が酷く大きく聞こえる。


 視界が狭くなっていた。息を鋭く二回ほどついて、殴ってしまったヤマオオカミを見ると立ち上がってはいたがすぐに襲ってくるつもりはないようで、心なしかヤバい目も動物本来が持っているようなつぶらな瞳気味になっていた。相変わらず顔は怖い。


 その周囲に、俺の腕よりもっとグロチョゲなのがいくつか残っていた。湯父の魔法に体の半身を、あるいは一部だけ持っていかれたヤマオオカミたちの残骸だ。


 あまり見たくはないが肉とか骨とか内臓とかそういう感じのが巻き散っている。


 俺が見ているのに気付いたのか、生き残ったヤマオオカミはワオン、と鳴いて身をひるがえした。


 それ以外にまだ生き残っていたものたちも、同じ方向に走り去る。が、湯父の呪文が聞こえて水球が2つほど飛ぶ。草むらごと抉りながらヤマオオカミの鳴き声も、走る音も聞こえなくなった。俺が殴ってしまったヤマオオカミはどうなっただろうか。



「大丈夫か、ユマル」



 湯父が声をかけてくれたがあまり大丈夫ではないような気がする。アーとイルも駆け寄ってきて、「うわ」とか「痛そう」とか言っている。


 幸い、二人にけがはなさそうだ。



「この通りだ」



 腕を見せるように差し出しながら言った。


 自分で言っていてなんなんだが、どの通りなんだろうか。相変わらず心臓はやかましいし、流れる汗も、腕の血も止まっていない。腕の感覚のほとんどは痛みだ。



「ひえ……ユマル、よく平気そうな顔でいられるね」



 イルは腕に目をやらないように俺の顔を見ている。俺は平気そうな顔をしているらしい。実はポーカーフェイスの達人だったのだろうか。顔面が引きつって動いていないの間違いじゃないだろうか。アーは引きつった顔で「うげえ」と呻いている。この野郎。


 俺の夢のくせになんでこんな目に合うんだろう。やっぱり悪夢系の夢なんだろうか。痛い。



「ユマル、もしかしてわざとやったのか? イル、とにかく回復魔法の練習と思って治せるだけ治してみなさい」


「ええ……うん、はい……」



 ちょっと嫌そうだ。気持ちはわかる。俺も好きこのんでトラウマもののリアルすぎるブラクラや、他人の血がどくどくと流れる腕を見たくはない。


 おなじみになってきた水の第一魔法をイルが唱えた。これ回復魔法にもなるのか? 便利すぎない?



「出来るだけ保たせるから、そこに腕を浸けて」


「分かった」



 そういえば、痛いと思ったが自分でも叫んだりはしていないことに気づいた。このあたりが平気そうに見える所以だろうか。確かにな。最近仕事仕事で感情を出す機会が無かったからか、痛がることすら忘れてしまっていたのかもしれない。困ったな。かといって今更叫んだりもしないが。


 若者二人の前だ、大人として情けない姿は見せられないよ。ふふ。


 クソ痛いが謎の余裕を脳内で発揮しつつ汗を流しながら腕を水につけると、一瞬染みたが不思議とすぐ楽になった。痛みが無くなったわけではないが、鈍感になっていく感じだ。温泉に入っている時のような満たされた気分が起こってくる。腐っても即席でも温泉は温泉ということか。


 血が水の中で溶け出し、傷を受けた部分に泡のようなものが集まってきている。完治は難しいかもしれないがやはりすごいものだな。



「やはり温泉は素晴らしい」



 おもわず呟いてしまった。アーとイルはまた始まったという顔を「「またはじまった」」二人揃って口に出している。まあいいか。



「イルの魔法も随分上達したな。これほど効果が出るとは思わなかった。第一の魔法しか使えていないとはいえ、さすが私の孫」



 おじいちゃんがなんか言っている。まあいいか。

実際には温泉が流れているとはいっても川の色にまで影響することは非常に少ないと思われます。

ただし、温泉を流している川の底には湯の花などが固着して様々に色づくことは多いです。

温泉地に言った際には是非小川や用水を覗いてみてください。

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