表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界温泉狂旅日記  作者: 高岡トナミ
11/14

俺は白くてドロドロして酸っぱくて臭い温泉に入りたいんだ

「あのね、飲泉、温泉を飲むというのは入浴より3倍は効果が高いという話を知ってるかね」


「聞いたことは」



 俺は湯父に説教を受けていた。そんなに怒らなくても。



「いくら純粋な人間より、いや、他人より温泉に強いからと言ってそれで倒れたらいったい誰が面倒を見るのかね。アーやイルに示しがつくか?」


「すみません、我慢が出来なくて」


「気持ちは分かるがね」


「お爺ちゃん?」



 気持ちが分かってしまった爺さんに孫娘が厳しい視線を突き刺した。



「いや、うん、だがね。やっちゃいかんことはやっちゃいかんのだ。べろんべろんに酔っぱらった酩酊状態で風呂に入って倒れても、飲泉して倒れても、他人様に迷惑をかけたという事実は変わらんのだからね?」


「はい……」



 若者二人の前で説教されるのは恥ずかしいな。アーとイルはもう見なれてきたいつもの内緒話をしている。


 仕方ない、今後はばれないようにするとしよう。



「それで、気分が悪くなったりなどしていないのか?」


「まあ割と普通ですが」


「ええ……」



 呆れられてしまった。そういわれても特に調子はおかしくない。


 だいたい無色透明な単純温泉、もとい単純ユモリーン泉なんて、なんなら水を飲むのとさほど意識が変わらないぞ。


 唯一違いそうな成分の魔力も、飲みすぎるとおなかを壊したりするのだろうか。



「君自身もどこか大きなフロマエで見てもらった方がいいかもしれんな。温泉抗体でも持ってるんじゃないか」



 なんだ温泉抗体って。俺は24時間温泉ウェルカムなのに俺の体はそうじゃないのか。オノレユマル。


 いや、もしかすると温泉抗体とやらがあるから強い温泉でも問題ないのだろうか。それならナイスユマルに変わるけど。



「温泉抗体を持ってるとどうなるんです?」


「温泉好きには大惨事だぞ。文字通り、温泉への抵抗する力があることになるからどんなに信仰が強くとも精霊の力をお借りする魔法は使えん」



 それは悲しい。折角ファンタジーな夢の世界に来ているのに魔法が使えないとか幸せの半分くらい潰えてしまう。


 残りの半分、つまり温泉に全力を注がなくてはならない。



「おまけに、温泉自体には長く入れるかもしれんが、肝心の効能、つまり精霊様の祝福を受けられんと言うことになる」



 若干信者ナイズドされてしまって意味が良く分からんが効能が無くなるということだろうか。


 腰痛、頭痛、肩こりに効くとか、傷が治るとかそういう効果が無くなるのか。


 あれ、でも傷の治りはかなり早かったな。



「昨日、村のフロマエに入ったときに傷が治ってる感が凄かったので多分大丈夫だと」


「おや、そうか。なら単純に温泉に強いのか。羨ましいなあ」


「ユマルが温泉に強くても弱くてもいいんだけど、そろそろ帰ろうよお爺ちゃん」


「俺今日ずっと寝てるつもりだったから眠いわ」


「そうだな。一先ず調査は終わったし帰ろうか。アズライトスは帰っても寝ずに家の手伝いをしなさい」


「はいはい」



 アー君は本当にやる気のないというかやることがない若者だな。


 家業を持っている家なのだろうか。まあ商売をやって居なくても村の様子からすると農家か何かなのかな。


 俺はどうしよう。財布を見つけて、ツケを払わねば。その後がない。温泉に入りたい。そうだ。



**********



「四名泉って、遠いんですか?」


「うん?」



 村に入って、温泉に入りにいった疲れと汗を流すためヴァルス湯父と温泉に入っていた。


 同じ温泉好き同士、考えることは一緒だ。



「そうだな、このユナデュキアから一番近いのはギゲロロフだが、まあ1日2日ではないな」



 二日目にしてこの村か地方か、国なのかも分からないがようやく今いる地点が判明。


 俺はユマル。ユナデュキアに居る。どこだよ。


 村だとしたら随分優雅な雰囲気の名前だな。国ならそれっぽい、気もする。



「それは、歩いて?」


「途中、トーワイマから馬車を使っても5日ほどは見たほうがいい。山道ばかりになるからね」


「トーワイマは大きな街なのかな」


「そりゃあこのエチュ領を治めている城下町だから大きいとも」



 ここはエチュ領のユナデュキア。エチュで一番大きな街がトーワイマか。少し地理の情報がマシになってきた。


 ユナデュキアからギゲロロフまでは5日程か。何キロメートルの道のりになるんだろうか。


 そもそもこの夢世界でもキロとかメートルの単位は健在なのか? お金の単位がトーとかだからかなり怪しいぞ。



「歩くなら一日にどれくらい進めそうかな」


「そうだな、私がイルやアー程の頃なら40、いや50ケーは進めたと思うが、今では30ケーメータも歩ければいいところだろうね。君も、久しぶりの旅ならそれくらいにしておきなさいよ」



 多分これキロがケーでメートルがメータだな。間違いない。俺ならそうする。俺の夢なので間違いない。


 トーは何処から来たんだろう。


 ふう、と息をついて湯父が立ち上がる。一旦湯船のふちに腰かけ、俺を見た。



「四名泉に行くのかね?」


「出来たら」



 俺がそう答えると、うんうんと湯父がうなづく。特に止める気はないようだ。



「巡礼の旅は良いものだ。見知らぬ食事や文化。その土地の人々と出会い、学び、そして良き湯につかって精霊様より力を得る」


「湯父も若い頃は随分してたんでしょう」


「去年も行ってきたよ」



 なんか全然過酷なイメージとかはなさそうだな。そりゃそうか。だってやってることも言ってることも、ただの温泉旅行だし。



「本当は、ギゲロロフよりグンマーサックに行く方が近いんだが、道のりが危険すぎてな。東の国との境の不帰の岸壁でまず死にかけるし、そこを越えられれば少し楽だが、グンマーサック直前で死の山を踏破することになる。私でも一人旅は厳しいね」



 名前が物騒すぎる上に、強キャラジジイですら苦戦する道のりなのかよ。過酷すぎるだろう。誰だよただの温泉旅行とか言ったやつは。


 しかしグンマーサック、もとい草津か。草津と言えば硫黄の香り漂う白濁した温泉。江戸時代から続く温泉番付で東の横綱に数えらえる日本の温泉の筆頭格。


 もしこの夢の世界の草津温泉が現実のそれとそう変わらないのなら、是非とも行きたいものだ。行けないかな。



「俺でも行けますかね?」


「ゲゲロギフから経由すれば大丈夫だと思うよ。他のルートもあるが、ゲゲロギフのあるミノー領からエスノノ領を抜けてグンマーサックのルートならば、四名泉ついでにエスヴァ温泉などにも寄りながら行けるから」



 そうだな。この夢世界には四名泉だけでなく数限りないくらい温泉があるようだし、俺も車も電車もない旅など初めてだ。


 安全なルートを通るに越したことはないだろう。



「しかし、ユマルが旅立つとなるとあの子たちが心配だな。なんとか森の泉までの行き来は出来そうではあるが」


「確かに」



 やる気になった今日の勢いなら、泉の水を持ち帰る程度の役目は二人だけでもこなせそうな気はする。


 ただ、波もどきや、巨大蜘蛛相手となると良くない未来しか思い浮かばない。


 ヴァルス湯父なら森の一部ごと破壊してそうだが。と、俺が余計なことを考えている間に湯父はちゃんと考えていたようだ。



「クロイドに行くということで、あの子たちに冒険の経験を積ませるというのはどう思う?」



 名案なのだろう。そして俺には彼らを指導する立場として意見を求められているのだろう。


 実際の俺は経験皆無なのだ。クロイドがどこかも分からんし彼らの正確な実力も測れていないのだ。



「それがいいと思う」



 これでいいのだ。もうこの答えしか思い浮かばない。きっと何とかなると思う。


 ついでに俺もその初心者コースらしい小冒険で経験値を貯めてレベルアップしておきたい。


 俺は温泉に入りたいんだ。温泉に入る前にクモやスライム程度に負けるわけにはいかない。



「そうだろう。クロイドなら半日も歩ければ着くし、大事をとって1泊。そこからフロマエに紹介されたという形をとってトーワイマに向かう。クロイドからならトーワイマまでもう一日。あの子らも都会に行くなら嫌ともいうまいしね、うーむ」


「トーワイマにも温泉はある?」


「そりゃもちろん。いくつかあるが、褐色のぬめっとした温泉でね。なかなか良いぞ!」


「よし、トーワイマに行こう!」



 温泉と聞いてはもはや賛同するしかない。褐色か。モール泉だろうか。この世界だと何温泉になるんだろう。


 最初ユモリーン泉とか聞いたときは意味が不明過ぎたが、ちょっと楽しみになってきた。



「あれ、でもこのフロマエはいいんですか?」


「私がこの村に戻る前から手伝いをしてもらっているお手伝いさんがいるからね。2,3日。いや……一週間くらいは大丈夫だとも。口うるさい常連もいることだし」



 3日と1週間の間に少し間があったな。一体何の計算をしたのだ、などと無粋な考えだ。聞かなくても分かる。


 この爺さん小旅行ついでに湯めぐりをする気だ。色々な温泉に入りたいものな。分かるとも。



「そうと決まれば準備をしないとだな!」



 そう言って立ち上がったヴァルス湯父は、湯船に戻って腰を下ろし肩までつかった。


 入浴の終わりには体をよく温めてから出るものなのだ。そして、できるだけ温泉を体にまとった状態でタオルは最小限に使い、自然な乾燥を心掛けたい。


 せっかく頂いた温泉成分が体から落ちてしまう。俺は桶で吹き出し口から少し源泉を失敬し、上がり湯とする。


 やはり源泉かけ流し。源泉を浴びて風呂は始まり、源泉を浴びて風呂を終える。贅沢だ。


 吹き出し口にたたずむ女性精霊の像が目に入ったのでお祈りしておこう。


 ありがとうユモリン様。温泉は最高だぜ!



**********



 いい加減この格好を何とかしなくてはならない。


 健康ランドの上下にタオルを首に掛け、右手にむき出しの斧を装備しているのが今のユマルこと俺である。


 現代日本でなら間違いなくポリスメンの出番だし、俺もポリスメンに電話すると思う。夢でよかった。


 というわけで、イヤイヤながらユマルの巣に戻ってきたのだった。金は命より重いのである。


 湯父には財布を取りに行ってくると言って自然にフロマエから一時脱出できた。ヨシ!


 そういうワケでなんとか財布を持って帰らなければ俺の体に湯父のウォーターカッターが撃ち込まれる可能性があるのだが、困ったことに鍵が開かない。


 というかこいつ、宝箱に鍵をかけているのは当たり前だと思うがそのカギはどこにあるんだ。


 もしかすると昨日まで服という役目をこなしていたあのゴミに隠しポケットでもあったのだろうか。


 ユマルめ。こんなセキュリティだけしっかりしてるんじゃないよ全く。


 どうしよう、最悪宝箱にマキワリ・ダイナミックしてみるべきだろうか。


 おそらく寝床と思われる物体、申し訳程度の机、苔の繁殖セットと化しつつある絨毯と金属製のごつい宝箱しかないワンルーム。


 正直宝箱は明らかに違和感だし、無くなっても構わないだろ。



「オラッ!」


 

 ゴンとかなり鈍い音。右手首に謎のしびれ。痛めたかも。いや硬っ。なんだこの硬さは?


 全力ではないにしろ宝箱になんのダメージも見られないんだが? 金属同士をぶつけるとこんなに衝撃があるのに?



 もう嫌になった。いったん横になろう。



 とは思ったがなにせ人生の大半を風呂に入らず過ごしてきたと思われる歩く汚物だった男が使っていたと思われるベッドらしきもの。


 気持ちとしてはベッドに飛び込みたいのだが、ダニならまだしも意味不明な虫とかが湧いてそうで嫌なのだ。


 かといってキノコが侵略を開始している絨毯も横になるのには抵抗がありすぎる。改めてこいつヤベーな。



 ひとまず確認の為ベッドと思われるものに近づいておそるおそる臭いを嗅いでみると、思ってたほど酷い感じはしない。


 多少かび臭いのだが、それ以外の異臭は感じない。まさか、たまに洗濯や日干しなどしていたのだろうか。先に風呂に入れ。


 若干腰が引けながらも触ってみると一応のクッション性を感じた。いや、なんかベッドと言うよりはビーズクッションっぽい感覚。中身は何なのだろうか。


 とりあえずお金が見つかったら多少寝づらくてもちゃんと綺麗なベッドを買いたい。


 やりたいことがまた一つ増えたが、それはそれとしてひとまず座ってみることにした。まあ、座れた。


 気持ち体重を預けて腰かけるのと仰向けになるのの中間くらいで止まり、一休憩する。



「ユマルかあ」



 ユマルというドワーフなのか、なんなのか良く分からない冒険者兼ホームレスになって二日。


 念願の温泉に入れているのはいいが、これは一体どういう状況なのだろうか。


 最初は夢だと思ってるし今も夢の可能性も割と感じているが、普通なら目覚めてしまうシチュエーションで目覚めないのは理解が及ばない。


 夢以外の可能性となるとまあ現実的ではないし、あるとしたら異世界と言うかVR的なやつに閉じ込められたパターン。


 だがしかし、残念ながら俺の住む現代日本にはそんな高性能で近未来なバーチャルマシンはないのだ。


 そもそも俺は仕事場にいたし、10万20万もするような生活に不要な高級家電を買える経済的な余裕もないのだ。


 やっぱ死んでるのか。あるいは死にそうなのか。この夢は温泉に入りたい一心で精神に異常をきたした俺が創ったファンタジーな温泉世界なのか。


 全てが分からん。俺は考えたくないんだ。温泉に入って仕事とか将来とかそういう難しいことから解放されたい限界サラリーマンなんだ。



 なんとなく視線をそらした先に何かあった。ビーズクッションと壁の間に挟まっているカギだ。おのれユマル。


 結果オーライ。自分に言い聞かせることでイラつきを抑えながら宝箱の鍵穴に差し込むと開いた。


 中はなんだかごちゃついていたが、一番上に革袋があったので開いてみると金貨やら銀貨やらが適当に詰まっていた。


 一番多いのは10円ぽい銅素材のもの。金貨は当然のように少ない。3枚しかない。


 実際の貨幣価値は分からないんだが、これが全財産とすると悲しいかな、夢の俺の経済状況も現実の俺と変わりがない雰囲気を感じる。



 後の物は手を付ける気がせず、財布だけ取り出して宝箱を閉じた。



 いつかもっと気持ちに余裕ができた時に見てみよう。なんか服とかも入ってた気がするが全く着たくない。臭そう。


 気持ちに余裕ができた時には宝箱の中身とかどうでもよくなって断捨離しそうな気もする。なんならこのワンルームごと捨てたい。


 代わりにあのフロマエで暮らしたい。朝起きて温泉、昼に飯を食べて温泉、夜も寝る前に温泉。


 なけなしの金だがこのお金でTシャツと長袖、ジーンズくらい買えないだろうか。あとリュックもいるな。


 そうだ、俺の湯めぐり用セット一式も。先に銭湯の代金か。いくらだっけ。そもそもこの村服屋とかあるのか。


 ちょっとふらふらしてみようか。今の俺なら昨日村に帰って来た時のような塩対応はされないだろう。


 そうだったらいいな。そうなってくれ。


 風呂に入り、素人仕事だが髪と髭もきって身なりを整え……整ってなかった。


 服を買いに行くための服装ではない。せめて斧だけおいていこう。流石にこれを持ったまま話しかけるのは事案だ。



 どこかで金も稼いでいかなくてはならない。



 風呂に入るだけならお金は要らないのがこの国の神文化みたいだが、金がなければ最低限の生活が送れそうにない。


 温泉旅行と言ったら美味しい食事は欠かせないのだ。普段生活している部屋とはかけ離れた立派な部屋がある旅館に泊まりたいのだ。


 実際旅行会社のアンケートでは温泉旅行に求めるものを比率で表すと、肝心の温泉自体は2割も行かないことが多い。


 俺自身は1番に温泉を求めたいが、何を最優先とするかの話であって2番3番は美味しいお食事や立派な旅館だ。


 まさかひっくるめて無料な神を超えた神文化は存在しないだろう。あったら逆に怖すぎる。玉手箱とか帰りに持たされるんじゃないか。



 バイトとかねーかな。ねーか。


 おらこんな村ちょっと嫌だ。トーワイマに行くんだ。


 トーワイマに出たならお金を稼ぎながら、温泉旅行をするんだ。

日本三名泉や温泉番付の他にも、日本(旧)百名湯や日本(新)百名湯。

他にも三大薬泉など温泉にはいろんなコレクション要素があります。

皆さんも身近な温泉に入ってコンプリートを目指しましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ