表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

まさみのホラー短編集

マンドラゴラの娘

作者: まさみ

挿絵(By みてみん)


3月2日 晴れ

お屋敷に庭師見習いの男の子が来た。名前はデューク。

自己紹介の時にガチガチに緊張しているのがおかしくて、うっかり吹き出しちゃった。


3月5日 曇り

休み時間、デュークに声をかけた。最初はしどろもどろだったけど、お喋りしてるうちに緊張が解けたのか、色んなことを話してくれたわ。

デュークは5人兄弟の一番上。

本当は学校に行きたいのに、家が貧しくて叶わないのですって。

私も同じ、学校に行きたいと再三お父様に掛け合っても許してもらえない。理由はよくわからない。

なんだかデュークが他人とは思えなくて、勉強を教えてあげると切り出していた。

デュークは恐縮していたけれど、結局知識欲が勝ったみたいで、「よろしくおねげぇします」と呟いた。


3月20日 晴れ

デュークは勉強熱心で物覚えもよかった。教材は地下室から持ってきた古新聞。

今日見ていたのは13年前の記事。お父様の写真が一面に掲載されてる。

「旦那様だ」

「今よりちょっと若いでしょ」

見出しを指して読み上げるように促す。

「えぇと……『アルベール・ロノン博士、新種の植物を発見。品種改良に成功か?』」

「よくできました」

「なんもなんも」

小さく拍手すれば頭をかいて照れる。

わざわざこの新聞を選んだのは、お父様の偉業を自慢したい気持ちがあったから。

デュークが不思議そうな顔をする。

「ここに書いてある新しい植物、お嬢さんは見たことあんべか」

「たぶん奥の温室にあるんじゃないかしら」

「立ち入り禁止の?」

私達が住む屋敷には、秘密の花園もとい秘密の温室がある。裏庭の一番奥、そこに入れるのはお父様だけ。

毒のある植物を育ててるから危険だって。

「世界には私達が想像もできないような植物があるの。虫を食べる花、閉じ込めて溶かす花、夜になると光る花……お父様は世界中から珍しい花を集めて、奥の温室で株を増やしているの。その子たちは温度や湿度、光の量にとっても敏感だから、ちゃんと管理してないとすぐ枯れちゃうんですって」

「子たちって、人間みたいだがや」

「兄弟みたいなものだもの」

お父様はよく言っていた、植物には人間の言葉がわかると。

音楽を聞かせると葉が瑞々しくなり、生命力を増すのが証拠。

私も日々体感している。

「デュークも奥の温室には行っちゃだめ、お父様にバレたら大変」

「でも……夜光る花は見てみたいべ……」

「気持ちはわかるわ。ロマンチックよね」

「お嬢さんにやる」

「えっ」

デュークは耳まで真っ赤。

なんだか気まずくて、古新聞をデュークに押し付けて腰を浮かす。

「あげるから予習しといて。わからない文章があったら聞いてね、代わりに読んであげる」

デュークは丁寧にお礼を言い、小さく折り畳んだ古新聞をコートの懐に入れた。


4月4日 晴れ

朝、お父様と散策。

「最近庭師の子と仲良くしているそうだね」

「デューク?とってもいい子よ」

「はしたないまねをしてはいけないよ、男の子とは節度をもって付き合いたまえ」

お父様と手を繋いで、デューク達が剪定した庭を歩く。

言い出すなら今しかない。

覚悟を決めて顔を上げる。

「私学校に行きたい」

お父様が立ち止まる。

「またか」

「学校へ行けば女の子のお友達もできるし、もっと沢山学べるわ」

「私の授業では不満かい?」

「そんなことはないけれど……」

お父様の過保護は少々度が過ぎている。

お母様が死んでから忘れ形見で生き写しの私に依存して、どこへ行くにも付いてくる。

馬車で出る時も必ず付き添うし、正直息苦しい。

「ミラ、こっちに来なさい」

後ろ手を組んでごねる私にお父様が向き直り、限りなく優しい声で招く。

言われるがまま近付けば、私の手を引いて四阿に引きずり込む。

「私はお前の為を思って言ってるんだ。外の世界は危険で怖い所だ、大人になるまで出したくない」

「もうおとなよ」

じれて叫べば、途端に怖い顔になる。

「証明してみなさい」

今さら引き下がれない。

勇を鼓してドロワーズを引きずり下ろし、スカートの裾をゆっくりたくし上げていく。

羞恥で顔が燃える。

お父様が侮蔑も露わに、私の下半身に凝視を注ぐ。

「……咲いてない」

下腹がジンと痺れる。

「お前にはまだ早いよ、ミラ」

お父様が片膝付き、涙ぐむ私を抱き寄せる。

肩から背中へ、背中からお尻へ、蔦が伸びるように手が這い回る。

ふと顔を上げると、四阿の屋根を支える柱の向こうにデュークがいた。

なんでそんな顔するの?


4月17日 雨

デュークが消えた。

庭師は沈黙、お父様は何も知らないと告げた。

私はまた一人。


5月10日 晴れ

デュークがいなくなって退屈。

お父様は相変わらず頑なで学校に行くのを許してくれず、本を読むかお花の世話をするしかやることがない。

庭師は私を避けるようになった。

他の使用人もそうだ。今まで何故気付かなかったのか不思議だけれど、屋敷内や庭で私をすれ違うとき、皆早足になるのだ。俯いて目を合わせないのも不自然。こっちから話しかけても「急いでいるので」とごまかされてお手上げ。

どうして皆、私を変な目で見るのかしら。

デュークに会いたい。

寂しい。

またお喋りがしたい。


6月7日 雨

お屋敷にお客さんがきた。一匹の黒猫。とっても元気な子で、使用人たちは大慌て。

お父様の書斎に迷い込みでもしたら大目玉、早く捕まえないと。

「待って、黒猫さん!」

黒猫は廊下の窓から飛び出し、お屋敷の裏へ回り込む。

誰も見てないのを確認後スカートをたくしあげ、お行儀悪く桟を跨ぐ。

「だめよ、そこはお父様が」

黒猫が前脚を上げ温室の扉を押すと、甲高く軋んで開いていく。

鍵を掛け忘れたの?

一瞬躊躇するものの、ほうっておけず中へ進む。

「わあ……」

感嘆のため息。

禁じられた温室の中には見たこともない植物が犇めいていた。

奥には豪奢な祭壇が組まれ、お母様の写真が立てかけられている。

私と同じ色の髪と瞳の美しい人。ミラはお母様に生き写しだよ、というのがお父様の口癖だった。

お母様は私を産んで命を落とした。

中央には一株の鉢植えがあり、苗が茂っている。

指を伸ばしかけ、慌てて引っ込める。

この温室に隔離されているのは毒草だと思い出したから……素手で触れたら肌がかぶれるかもしれない。

祭壇の背後には豊満な女神の絵が掛けられていた。

花冠を戴き、青い衣を守った美女を、屈強な男が後ろから捕まえている。

「ペルセポネだよ」

咄嗟に振り返れば、扉から注ぐ逆光を背にお父様が立っていた。酷薄な無表情。

「ギリシャ神話の女神さ。太陽神ゼウスと豊穣の女神デメテルの娘で、冥府の神ハデスにかどわかされる。ペルセポネはハデスと契りを交わすのを拒むものの、次第に彼の優しさと誠実さに絆されていく。デメテルの嘆願を入れたヘルメスが漸く助けにきた時、彼女は既に柘榴を食べてしまって手遅れだった」

「どうして……」

「冥府で育った物を食べたら地上に帰れない決まりなんだ」

納得できず黙り込めば、お父様が寛大に微笑む。

「女神ヘスティアが仲裁に入り、ペルセポネは一年の3分の1を地上で過ごせることになった。以来彼女は土から芽吹いて実りをもたらす、春の女神と言われてるんだ」

陶酔したような顔と声で話すお父様に、生まれて初めて恐怖を感じた。

「この子は?まだ咲いてないのね」

「お喋りはおしまいだよ、ミラ。どうしてここにいるんだい?」

「ごめんなさい、黒猫が迷い込んで……」

コトンと音がし、近くの棚の下から猫がひょっこり這い出す。

「早く出なさい」

お父様に命令され、黒猫を抱えて走り出す。

温室から出た後も、背中にじっとりと嫌な視線が付き纏っていた。

まるで監視するような……。

「痛ッ!?」

私の手をひっかいて着地、どこへともなく走り去る猫。

スカートの裾に点々と血が滴る。

飼うのは無理みたい。

ため息を吐いて視線を下ろし……裏庭の土が一か所、黒ずんでいるのに気付く。ごく最近掘り返されたみたいに。

近くの茂みには、以前デュークにあげた新聞の切れ端がひっかかっていた。


8月15日

お客様がきたの。今度こそ人間のお客様。

最初に電話をとったのは私、お父様は書斎にこもっていて聞こえなかったみたい。

「もしもし、ロノン博士のお宅ですか?」

若々しい男の人の声にドキリとした。

「ええ、そうですけど……どなたでしょうか」

「失礼、僕はガブリエル・オースティンと申します。ロノン博士と同じ植物学を研究してまして……といってもまだ新参の若造ですが。博士が13年前に発見した新種の植物の論文を書いてるんです、不躾で恐縮ですがお話を聞かせてくださいませんか」

「13年前に……」

新聞の記述が脳裏を過ぎる。

この人なら何か知ってるかもしれないと直感が働き、受話器を握り直す。

「わかりました、お待ちしています」

電話の向こうで空白が生じる。

「取り次ぎを願えるなら幸いですが……あなたはお手伝いさんで?」

「ロノンの娘です」

「娘……?いや、そんなはずは」

送話口から動揺が伝わり、不審げに聞き返す。

「どういうことですか」

「なんでもありません、忘れてください」

勝手に承諾して、お父様には怒られた。でも大丈夫、お父様は私に甘いの。手を上げるなんて絶対ない。

ガブリエルさんを招いたのは、誠実な声と口調が信頼できそうだと判断したから。

お屋敷のバルコニーに立った彼を一目見た時、心臓が強く鳴った。


9月20日

ガブリエルさんはお屋敷に通い詰めた。

いけないとわかっていても我慢できず、こっそり会話を盗み聞き。

耳を付けた扉の向こうで、お父様とガブリエルさんは毎回喧嘩をしていた。

「いくら粘っても無駄だよ、有益な話はできない。悪いが他をあたってくれ」

「僕は13年前の真相を知りたいだけなんです」

「手柄を急いてでっちあげの発表を」

「当時は自信満々だったじゃないですか」

「君はまだ子供だったろ」

「図書館で当時の新聞を読みましたよ、植物学界を震撼させた発表だったそうじゃないですか。例のアレが実在するなんて……皆おとぎ話だと思ってたのに。株分けには成功したんですか?裏庭に温室がありますよね、まさかあそこに」

「こそこそ嗅ぎ回るのはよしたまえ」

例のアレって何?

ガブリエルさんはそれが欲しいの?

それをあげたら振り向いてくれるかしら。


9月12日 晴れ

ガブリエルさんはとっても素敵な人。

お父様と違って私を子ども扱いせず、レディとして接してくれる。

今日はマカロンをいただいたの、有名なお店の品ですって。

君の喜ぶ顔が見たくて朝から並んだんだ、と笑いながら話してくれた。

中庭にテーブルを出して、一緒にお茶をする。

「お父さんはなかなか手ごわいね」

「ごめんなさい、せっかく来てくれたのに」

「おかげ様で水入らずのティータイムを楽しめる」

紅茶を啜るガブリエルさんに、おもいきって聞いてみる。

「お父様が13年前に発見した、新種の植物ってどんなの?」

「聞いてないのかい」

ガブリエルさんが意外そうに目を見張る。綺麗な青い瞳に見詰められ、気恥ずかしげに俯く。

数呼吸のち、ソーサーにカップをおいらガブリエルさんが口を開く。

「マンドラゴラだよ」

「引っこ抜くと凄い声で鳴くっていうあの」

「聞いた人は死ぬらしいね」

絶句する私の脳裏を、禁じられた温室で見たペルセポネの絵画が過ぎる。

「ガブリエルさんはそんな話信じてるんですか」

「半々かな、絶対ないとは言いきれない。少なくともマンドラゴラのルーツになった植物はあるはずなんだ、根が胎児の形を模していたり」

「断末魔を上げたり」

「笑わないでくれよ、植物にはまだまだ謎が多いんだ。虫を閉じ込めて溶かす花があるなら、抜かれる時に変な音をだす草があってもおかしくないだろ」

二階の廊下の窓から、お父様が冷たい目でこちらを見下ろしていた。


10月13日 晴れ

裏庭で拾った新聞の切れ端を均し、虫眼鏡で活字を拡大する。

13年前の新聞にて、お父様はマンドラゴラを発見した旨の声明を出していた。

だけど実物の披露は見送り、ほどなく教授職を辞して前線から退いている。

妻の死が引退の理由とされたけど、名声欲に駆られた捏造ではと記事は疑いを投げかけていた。


10月25日 晴れ

お茶を飲んでいる時、ガブリエルさんがテーブルの下でそっと手を握ってきた。

大きく骨ばった男の人の手。すべすべした肌。

キュッと握り返すと、温かいものが心に流れこんできた。

がさがさに乾いたお父様の手とは大違い。

私達はずっと手を繋いでいた。お父様には見えない場所で。


11月2日 曇り

今日もまたガブリエルさんは門前払い。お父様は書斎にこもっている。

帰りがけのガブリエルさんに呼び止められ、四阿へ行く。

足を揃えてもじもじしていたら、ガブリエルさんが距離を詰め、私の手を握り締めてきた。

お互い見詰め合い、どちらからともなくキスをする。

この時間が永遠に続けばいいのに。


11月13日 雨

早く彼に会いたい。

待ち遠しい。


11月20 曇り

頼み事をされたの。裏の温室の鍵を手に入れてほしいって。猫の一件を話したのはまずかったかしら。

「一目でいいから見たいんだ」

「ばれたらお父様が……」

「君に迷惑はかけないと約束する」

「でも」

躊躇する私に、熱をこめて食い下がる。

「マンドラゴラの実在を証明できれば、僕の名前が植物史に刻まれる。大変な栄誉だよ」

「持ち出すの?」

「ほんの少しの間ね。すぐ返す」

まだ迷っていると、力強く肩を掴まれた。ガブリエルさんが真剣な顔で覗き込む。

「知ってるかい、ミラ。中世魔女と呼ばれた人々は、民間療法に通じた優秀な薬師でもあったんだった。彼女たちは薬草の知識を用い、様々な特効薬を開発した。マンドラゴラもその材料だったんじゃないかな、だから魔女と結び付けて語られるんだ。マンドラゴラが手に入れば、病に苦しむ多くの人々の助けになるんだよ。不治の病も治せるかもしれない」

初耳だ。どの本にも書いてない。でも彼は植物学者、私よりずっと詳しいはず。

ガブリエルが私に嘘を吐くわけないんだから。

「マンドラゴラの根を煎じて飲めば不老不死が得られるとも言われてるんだ」

彼に協力すれば大勢の人を救える。

博士が秘匿していた研究を娘の婚約者が受け継いで世に出すのは正しいこと。

自分が後継者として立てば、事後承諾で結婚を押し切れる。

彼は懇々と説き、私は熱に茹だった。

「論文が仕上がれば教授に手が届く。その暁には正式に求婚したい」

「本当?」

「本当だとも、近い将来家族になるなら隠し事はなしだろ」

私は頷いた。

デュークのことだけはどうしても言えなかった。

お父様が人殺しかもしれないなんて、そんな恐ろしいこと言えるわけがない。


12月1日 晴れ

早く彼と一緒になりたい。

純潔は教会で誓いを立てるまで守るわ。お父様が言ってたもの、それがレディの嗜みだって。


12月24日 晴れ

お父様が用足しに離れた隙に書斎に忍び込み、机の一番上の抽斗を開ける。

温室の鍵を手に入れた。

決行は明日。

緊張してなかなか眠れない。

そのせいか嫌な夢を見た。途切れ途切れの悪夢。夢の中の私はペルセポネで、必死にハデスから逃げていた。

大地の亀裂から這い出そうとしたら、憤激の形相で迫るハデスに掴まれ、再び冥府に引きずりこまれた。


12月25日 晴れ

昨日盗んだ鍵を持って、二人で温室へ行く。

彼は部屋で待ってろって言ったけれど、恋人を一人で行かせられない。デュークの二の舞は嫌。

暗闇に包まれた裏庭の温室。ガラス戸を開けて忍び込む。

「すごいな、ちょっとした植物園だ」

「この奥よ」

ガブリエルを行き止まりに案内する。通路を抜けると、最奥の祭壇が見えてくる。壁にはペルセポネの絵画が掛かっていた。

「これがマンドラゴラか?」

疑念と喜びを均等に孕んだ歓声を上げ、ガブリエルが鉢植えを抱く。大事に扱って、と注意しようとしたら……

ガブリエルが膝から崩れ落ちた。

何が起こったかわからない。跪く時も鉢植えを抱えてたから、割れ砕けるのは防げた。背後にナイフを構えたお父様が立っていた。幻滅の表情。

「ガブリエル!?嘘、いや、なんで……酷いわお父様、早くお医者様を呼んで」

「コイツと契ったのか、ミラ」

ガブリエルに泣いて取り縋る私を掴み、お父様が力ずくで引き上げる。

「ああ……純潔は守れたな」

裾をはだけた足の間から、醜い瘤だらけの根が伸びる。蔦のようにのたうって、枝分かれしていく。

瀕死のガブリエルが極限まで目を剥く。

お父様が鼻で笑い、ガブリエルを見下す。

「ミラはマンドラゴラの娘だ」

どういうこと?

私はお父様とお母様の娘で、お母様は私を産んで死んで……

「おか、しいとおもった。関係者に聞いた……あなたの奥方は、不妊だった……」

ガブリエルが血を吐く。

「養子でもとったのかと……」

「アレはここで死んだよ。自分より植物を愛した夫を恨み、私が持ちこんだマンドラゴラの苗の前で手首を切った」

お父様が瞠目し、断言。

「そして、ミラができた」

「何……」

「挿し木だよ。苗が血を吸って、根は胎児から赤ん坊へと成長した。民間伝承にも書かれていない、マンドラゴラの驚くべき性質さ。私はそれを育てた。妻に生き写しの妻の分身を、我が娘として」

「株分けに成功したのか」

「いかにも」

お父様が哀しげに微笑み、私の下半身に熱っぽい眼差しを注ぐ。

「研究にかまけて蔑ろにしたせいで妻は死んだ。だからやり直そうとしたんだ」

「マンドラゴラの声で死ななかったのか」

「耳に蝋で栓をしていた」

あっさりと種明かし、続ける。

「とても優しく美しい自慢の妻だが、愚鈍なのが玉に瑕でね。二人目には淑女の教育を施し、もっと好みに寄せようと思った。見た目は普通と変わらないが一か所根が生えていて……生殖の仕方が人間と異なるから、観察記録を付けていたんだ」


私はお母様の身代わり。

お父様が無表情に振り向き、私の肩を痛いほど掴む。


「ミラ、君は子供を欲しがっていたね。今度こそ理想の子供を作ろうじゃないか。大丈夫、いくら搾りとってもかまわない」


お父様の目が底知れぬ狂気に濡れ輝く。


「私は君の苗床だ」


ミラはお母様の名前。

お父様はお母様を愛していたから、忘れ形見の娘に同じ名前を付けたと聞かされていたのに。


他の女の子も、こうだと思い込んでいた。


「デュークもお父様が?」

「花咲く前に枯らされては困る」

ヒステリックに叫ぶ、押し倒される、お父様がスカートをひん剥いて太腿をまさぐりだす。いやよ嫌、誰か助けて―……

ガブリエル!


「バケモノめ」


床で目を合わせた最愛の人が、生理的嫌悪と恐怖を剥き出して呟く。

私の中で何かが壊れた。


揉み合った拍子に床を滑ったナイフを掴み、体重を乗せて腹を抉る。

お父様が傾ぎ、肘が祭壇に衝突。お母様の写真立てが床で割れ砕け、勢い良くガラス片が飛び散る。

欲望に我を忘れた男は、目を見開いたまま後ろに倒れて行った。

「はあっ、はあっ、はあっ……」

足の間から根が伸びる。

私は誰?お母様?ミラ?どれでもない、マンドラゴラの娘。お父様は私を娶る為に育てた。ペルセポネとハデス。頭がぐるぐるする、気持ちが悪い。


私は人の形をした植物。

小娘を模したマンドラゴラ。

人間のように考えて動くけど、人間ではない。


ガブリエルは出世の為に私を利用した。

本気で好きだったのに、愛していたのに、お嫁さんにしてくれるって約束したのに……。


「そうだわ」


マンドラゴラの株は、まだ残ってるじゃない。

即死した男の横を素通り、出血多量で朦朧とする彼の傍らに跪き、手首にナイフを当てる。


「苦しまないですむわ」

「や、めろ。さっきのは嘘だ、ちょっと混乱して……君がどんな姿だって受け入れる、永遠の愛を誓うよ!」

「二人目は上手くやるから」

手首にあてた刃を一気に引く。ガブリエルが事切れ、動脈から盛大に血がしぶく。

両手に抱いた鉢植えに鮮血を受け、地面に染みていくのを見届ける

ペルセポネの絵もお母様の写真も等しく返り血に濡れ、とっても綺麗だった。


9月17日 晴れ


花ひらく。

引っこ抜く。

産声。


おかえりなさいガブリエル、今度は裏切らないでね。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] マンドラゴラの絶叫が産声ってサイコー そしてやっぱり人間ではないんだなぁと 面白いお話でした。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ