男勝りな女騎士は、普通の女の子に憧れる ~自分より強い女なんて一緒にいるだけで怖い? 顔が良いだけで軟弱な男なんてこっちからお断りだ!~
騎士団の訓練場で、鋼同士がぶつかり合う音が響く。
鋭い斬撃を受け止め、時に舞うようにヒラリと躱し、華麗に踊りながら剣を合わせる。
「今日こそお前に勝つぞ! シエル!」
「ははっ! それはまだ無理だよフレン」
「何を!」
剣劇は激しく、そして鋭くなる。
互いに一歩も引かない戦いの終わりは、いつも呆気ない。
連撃の隙間をぬって打ち込んだ重い攻撃で、フレンは体勢をわずかに崩す。
「しまっ――」
「隙ありだ」
その隙を見逃さず剣を払い、無防備になった彼の喉元に切っ先を向ける。
弾き飛ばされた剣が回転しながら落下して、地面に突き刺さった。
悔しそうな顔をするフレンに、私はニヤっと笑いながら言う。
「今日も私の勝ちだね?」
「くっそ……また俺の負けかよ」
「毎回つめが甘いんだよフレンは。反射神経は凄いけど、野生動物みたいに暴れてるだけだもん。私に勝ちたいなら、もっと騎士団の訓練も真面目に取り組まないとね?」
「うるさいなぁ。あんなもん受けてたって強くなれるか」
不貞腐れながらフレンは剣を拾いに行く。
私も剣を鞘にしまって、背を向けた彼に言う。
「現に私は強いじゃないか」
「それはお前が特別なだけだろ? そもそも女で男より強い騎士なんてお前くらいだぞ」
「そんなことないよ。私は見ての通り、か弱い女の子だからね? 身長だって君より低いし、腕も足も君より細いよ?」
「……俺に勝った後でそれいうと嫌味にしか聞こえないな。まぁ確かに、最初は見た目で騙されたけど……」
フレンは私をじっと見ながら苦い顔をする。
たぶん、初めて戦った日のことを思い出しているのだろう。
私は窓ガラスに反射して、自分の姿が映っていることに気付く。
銀色のショートヘアで、少年のような見た目の自分が、白い騎士服を着ている。
身長も体重も、十六歳にしては低いし少ない方で、この見た目からは大人の男より力が強いなんて予想できないと思う。
「あ、そろそろ行かないと」
「は? 何かあったか?」
「忘れたの? 午後からはお茶会の護衛でしょ?」
「ああ……そうだった……」
「嫌そうな顔しないで。これも騎士として大事な仕事なんだから」
「はいはい。んじゃ行くか」
私とフレンは急いで訓練室を出た。
王城内にあるお茶会の会場へ入ると、参加者の方々を出迎える準備がされていた。
護衛の騎士も私たち以外に数名いて、二人ずつペアを組んで、会場を囲うように配置される。
私とフレンは、出入り口の内側で警備をする。
王城では定期的に、貴族たちを招いてお茶会が開かれていた。
貴族同士の交流や情報交換の場であり、参加者は貴族の中でも権力を持っている家柄の人たちばかりだ。
時には国外からの来賓も参加するから、警備も厳重になる。
「はぁーあ、退屈だな」
「気を抜いちゃダメだよ。何が起こるかわからないんだから」
「そう言って今まで何も起こらなかっただろ? というか、何べん見てもこういうパーティの雰囲気には慣れないな。眩しいし、落ち着かない」
「……それは私も同じかな」
「あれ? お前は貴族の生まれなんだし、騎士団入る前はよく参加してたんじゃないのか?」
「ううん。私は一度もなかったよ」
「へぇ~」
フレンはその後、何も聞いてこなかった。
聞かないほうが良さそうだと、彼なりに気を使ってくれたのだろうか。
彼の言う通り、私は貴族の家に生まれた令嬢だった。
騎士団の中には他にも、貴族生まれで騎士になった人はいる。
男ならそこまで違和感はない道だ。
だけど、元令嬢で騎士になったのは私くらいらしい。
普通は他に道がたくさんある。
私には……この道しかなかったけど。
煌びやかな会場で話す人たちは、豪華で綺麗な格好をしている。
男性は凛々しく、女性は美しく着飾って。
今の自分と見比べても、天地の差に感じてしまう。
羨ましいと少しは思うけど……
「私がドレスなんて着ても似合わないだろうなぁ」
「……そうでもないんじゃないか?」
「フレン?」
「案外似合うかもしれないぞ」
彼はまっすぐ前を見ながら、ぼそりと独り言をつぶやくようにそう言った。
普段から剣の勝負のことしか言わない彼がそんなことを言うなんて初めてで、私は驚いて言葉が出なかった。
すると、彼は続けて言う。
「まぁでも、俺はあんまりおすすめしないけどな?」
「え? な、なんで? やっぱり似合わないと思った?」
「違う。ドレスなんて動きずらそうな服着てたら、本気のお前と戦えないだろ?」
彼はそう言って、私のほうを振りむく。
いつも通りの表情で、当たり前のことを言うように。
それが面白くて、私は思わず笑ってしまう。
「ふふっ、君はいっつも剣のことばかりだね」
「当たり前だろ? 俺はお前に勝つためだけに騎士団へ入ったんだ。それ以外はどうでもいいんだよ」
「うん。君らしいよ」
真っすぐで、自分のやりたいことが見えている。
それなのに私は……今の自分に迷ってばかりいた。
会場の雰囲気にあてられながら、ありもしない未来を思い浮かべる。
いつか、私も普通の女の子みたいに着飾って……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「シエル! 今日も一本頼むぜ」
「いいよ。また私の勝ちだと思うけど」
「今日こそ勝ってやるよ! 負けても泣くなよ?」
「そっちこそ」
いつも通り、訓練の合間にフレンと手合わせをする。
彼が騎士団に入隊して二年。
毎日の日課みたいになっているけど、私にとっても良い訓練になっている。
「準備はいいか?」
「うん、いつでも――」
始めようとした時、不意に視線が釘付けになった。
訓練室の入り口から、一人の男性が顔を出す。
綺麗な顔立ち、綺麗な服、どこか神々しさすら感じる立ち振る舞い。
私だけじゃなくて、一緒の訓練室にいた騎士たちも、彼の存在に気付く。
一番遅れて、フレンも入り口に視線を向けた。
「やぁみんな、訓練中に失礼するよ」
「おはようございます! 殿下!」
騎士たちは流れるように頭を下げる。
私とフレンも、少し遅れて頭を下げた。
彼はこの国の王子、アウグスト殿下。
普段からよく騎士団の稽古の様子を覗きに来たり、時々一緒に参加したりもする。
人当たりもよく、誰に対しても礼儀正しい。
加えて顔も良いから、王城で働いている女性たちの注目の的だ。
そんな彼が――
「シエル。今日も頑張っているかい?」
「は、はい!」
私みたいな女にも、優しく声をかけて下さる。
誰にでも分け隔てなく接して下さる殿下は、まさに理想の王子そのものだと思った。
「君が護衛にいてくれると、僕も安心していられるんだ。これからも頼むよ」
「はい」
「うん。他の皆も、彼女を見習って訓練に励むように」
「……はっ!」
一瞬、間があっての返事だった。
殿下は小さくため息をこぼし、訓練室を出て行こうとする。
その途中で私にこそッと言う。
「シエル、後で話がある」
「は、はい」
そう言って、彼は訓練室を後にした。
すると、訓練室のあちこちから嫌な視線が私に向けられた。
「ちっ、またあいつかよ」
「いいよぁ~ 殿下に気に入られて」
「女だから色目使ってんじゃねぇのか?」
心無い声が聞こえてくる。
聞こえてないと思っているのか、言いたい放題だ。
言い返さない私も悪いけど、反論した所で余計にひどくなるとわかっているから、聞こえないふりをする。
「うっるせぇーなー。文句あるなら直接言えよ」
「フレン……」
そうしていると、いつもフレンが代わりに怒ってくれる。
「こいつに敵わないからってコソコソ言いやがって。それでも騎士かよ」
「な、なんだよ。お前だって勝ったことないだろ」
「そうだな。でもお前らよりは強いぞ? なんなら全員でかかってくるか?」
「っ……チッ」
盛大に舌打ちをして、他の騎士たちは部屋を出ていく。
他にも訓練室はあるから、そっちへ行ったのだろう。
「腰抜けばっかりだな」
「ありがと、フレン」
「は? 別にお前のために言ったんかねぇよ。俺が気に入らなかっただけだ」
「それでも……ありがとう」
この城で、私の味方をしてくれるのはフレンと殿下くらいだ。
他の人から向けられる視線は、いつも怖くて冷たい。
私が女だから。
女の癖に騎士をしていて、男よりも強いから。
反対に女性からは哀れまれるし、どこもかしこも敵だからけだ。
「そういや、あの王子何か言ってたか?」
「え? あー何か後で話があるって言われたよ」
「ふぅーん……」
何だか不機嫌そうに言うフレン。
よくよく思い出してみると、殿下を見ている時も同じような顔をしていた。
「前から思ってたけど、フレンって殿下のこと苦手なの?」
「別に」
「本当? いつも殿下がいらっしゃった後は不機嫌になるし」
「そうでもねぇよ」
「今も不機嫌ででしょ?」
「……嫌いとかじゃない。ただ……何となく気に入らない」
それを嫌いって言うんじゃないのかな?
と思ったけど、フレンは剣を抜いて構えだしたから、私も聞くタイミングを失った。
それからいつも通り戦って、また私が勝って。
夕方くらいに一人、殿下の元を訪れた。
「来てくれたね? シエル」
「はい。それで話というのは?」
「明後日、隣国の来賓を招いてパーティが開かれることは知っているかな?」
「はい。存じております」
かなり大きな規模で開かれるから、騎士団の護衛も多く配置される。
私とフレンは非番だから、その日は参加しないけど。
「そのパーティーに、君も参加してほしいのだ」
「え……私が、ですか?」
「ああ」
突然の申し出に、私は戸惑った。
「今回のパーティーはとても重要でね。僕も参加する予定でいる」
「殿下もですか?」
「ああ。そこでぜひ、君にも一緒にいてほしいんだ」
「私に……」
パーティーへ参加してほしいと、殿下はおっしゃった。
その日は非番だし、言い回し的にも護衛としてではないと思う。
純粋に参加してほしいと。
「わ、私なんかが参加しても……よろしいのでしょうか?」
「何を言う? 君だから良いんだよ。君にいてほしいんだ」
「殿下……」
殿下はハッキリとそうおっしゃった。
真っすぐに私のことを見つめて、真剣な表情で。
こんなにも真摯にお願いされて、断れるはずもない。
「わかりました」
私はそう答えて、翌日――
「どうしよう……」
後になって、後悔していた。
その場の勢いもあって了承したけど、私がパーティーになんて参加してもいいのだろうか?
場違いじゃないのかなとか、笑われないのかと考えてしまう。
「おいシエル、いつまでそうしてるんだよ」
「だ、だって……」
「そんなに嫌なら断ればよかっただろ?」
「い、嫌じゃないんだけど……私なんかが参加したって……」
もじもじしながらしゃがみ込む。
そんな私を見て、フレンはイライラしながら言う。
「あーもう! うじうじするな! お前らしくもない」
「私らしくって?」
「もっと堂々としてればいいんだよ。俺と戦ってる時みたいにさ」
「それは……」
「第一パーティーなんて護衛で何度も参加してるだろ? いつも通り、護衛だと思っていけばいいじゃん」
「で、でもドレスとか着るんだよ? 似合わなくて笑われるかも」
「そんなもん着てみないとわからないだろ」
「じゃ……じゃあ……似合ってるか、見てくれる?」
「……は?」
フレンから初めて聞くような声が出た。
見上げると、何を言ってるんだと言いたげな表情をしている。
「お、お前……何言ってるんだ?」
「だ、だって不安だし、他に見てくれそうな人……いないし」
「……ったく、調子狂うな。わかったよ」
「本当?」
「ああ。いつまでもそんな感じでいられると、こっちが集中できねぇ」
と言いながら、フレンは嫌そうな顔をしていた。
それでも協力してくれる所に、彼なりの優しさを感じる。
訓練が終わってから、私は自分の部屋に戻った。
部屋の外でフレンが待ってくれている。
私はクローゼットを開けて、一番奥に隠れているドレスを手に取る。
「着る機会なんて……ないと思ってのになぁ」
もしものために用意しておいたドレスを見ながら、私は思いに耽る。
機会はないと思いながら、どこか期待していた自分もいて、複雑な気分だ。
「っと、早く着替えないと」
フレンを待たせていることを思い出して、慌てて着替え始める。
ドレスを着るなんて久しぶりだし、一人で着替えるのは大変だった。
普通は召使にお願いする所だけど、私にはいないから自分でするしかない。
頑張って何とか着替え終えて、鏡で身なりとを整える。
「よ、よし……」
緊張する。
まだパーティーでもないけど、誰かに見せることに。
私は大きく深呼吸をして、扉を開ける。
「お、お待たせ」
「おう。随分かかって……」
何か言いかけて、フレンは言葉を詰まらせた。
そのままじっと私を見ている。
「ど、どうかな?」
「……い、良いんじゃねぇの?」
「い、良いって?」
「……似合ってると思うぞ」
彼はそう言いながら、そっぽを向いていた。
廊下の光は弱々しくて、顔がはっきり見えないくらいだけど。
間違いなく、彼の頬はほんのり赤くなっていて、照れているのがわかった。
似合っているというのも、本心で言ってくれると気がして、私も顔が赤くなる。
「ありがと。自信ついたよ」
「お、おう」
彼に褒めてもらえて、少し勇気をもらえた。
そして、パーティー当日を迎える。
私は着替え終わって、会場に急いだ。
剣を装備してないと少し不安だけど、今回は護衛としてじゃない。
一人の女性として参加する。
こんな日が来ることをどこかで期待していて、胸の奥がドクドクとうるさい。
殿下に見せたら、何て言ってくれるかな?
フレンみたいに……褒めてくれるかな?
そんな期待をして、私は会場へ向かった。
煌びやかな装飾が施され、凛々しい男性と美しい女性が集う中。
私も、その一員として顔を出す。
注目されていることに気付きながら、私は殿下を探す。
「殿下!」
「シエル?」
殿下を見つけて、私は駆け寄る。
期待と不安が脈を打ち、緊張で身体が少し震える。
だけど、気づいてしまった。
殿下から一言を貰う前に、その表情でわかってしまった。
自分の……勘違いに。
「どうして、ドレスを着ているんだい?」
「え……」
殿下は私を見た途端、頭に疑問符を浮かべているような顔をなさった。
珍しいものでも見るように、首を傾げた。
そうして口に出された言葉で、自分が勘違いをしていたと自覚する。
「僕が君に参加してほしいと言ったのは、護衛としてだったんだが……どうやら勘違いをさせてしまったようだね?」
「あ、あの……」
「この会場には、多くの来賓がいらっしゃっている。皆様をお守りするためにも、君の騎士としての力が必要なんだ。申し訳ないけど、着替えて来てもらえるかい?」
一瞬で顔が熱くなる。
鏡を見なくても、顔が真っ赤になったのだとわかって、私は勢いよく頭を下げる。
「も、申し訳ございません! すぐに着替えてきます!」
恥ずかしい。
視線を感じる程、恥ずかしさが増す。
冷静に考えればわかることだった。
勘違いをしてしまった自分が間抜けで、馬鹿みたいだ。
私は急いで自室に戻って、騎士服に着替えた。
ドレスは床に脱ぎ捨て、会場に戻る。
瞳は涙で潤んでいたけど、それを拭って会場まで走った。
扉の前にたどり着いてもまだ涙目だったから、落ち着かせるために立ち止まり、深呼吸をする。
すると、小さく中から声が聞こえてきた。
「まったく驚きましたな~ まさかドレスなど着てくるとは」
「ええ、僕も予想していませんでしたよ。誘い方が間違っていたようですね」
「いやいや、殿下の所為ではありません。勘違いをするほうがおかしい。彼女にドレスなど似合いません」
殿下の声と、一緒に話しているのは王国の貴族だろう。
私は扉に手をかけて、ピタリと止まる。
「あまり言ってあげないでください。彼女も一応、女性ですよ?」
「おや? もしや殿下……その気があるのですか?」
「はははっ、まさか」
殿下の笑い声が聞こえる。
いつも微笑みかけてくれる時と、話し方が違う。
壁越しで、顔は見えなくともわかる。
「自分より強い女性なんて、近くにいるだけで怖いですよ。彼女はあくまで騎士としては優秀ですからね。女性として見たことなんて一度もありません」
私のことを、笑っている。
「当然ですな」
「騎士でもなければ、この城にいるほうが不自然だ」
他の人たちも、殿下に同調して笑っている。
「……そうか」
ようやく理解した。
殿下が私をどう見ていたのか。
ずっと……表情の裏ではあざ笑っていたんだ。
私みたいに、男勝りで色気のない女なんて、殿下が相手をするはずもない。
「もう……どうでもいいや」
私は扉から手を離し、背を向けて帰った。
騎士としての務めなんて、どうだっていいと思えてしまったから。
私は部屋に戻って、ベッドに転がり込んだ。
悲しくても涙すら出ない。
その日、会場に賊が侵入し、殿下が怪我を負ったことを知ったのは、翌日になってからだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
憂鬱な気分で目覚めた。
仕事をする気にもなれないけど、じっと閉じこもっているわけにもいかない。
私は重たい身体を動かして、服を着替える。
そして、部屋を出た所で――
「捕らえろ!」
「え、なっ……」
扉の前で待っていた騎士たちに身体を押さえつけられ、拘束されてしまった。
「な、何をするんですか!」
「騎士シエル! お前には国家反逆罪の嫌疑がかけられている」
「こ……え?」
「よって今から、今から陛下の元へ連行する。無駄な抵抗はするな」
国家反逆罪?
私が……どうして?
疑問が脳裏に浮かぶまま、私は騎士たちにつられる。
その道中にすれ違った人たちの会話から、パーティーが襲撃され、殿下が怪我を負ったことを知る。
王座の間へ連れていかれた私は、陛下の前で膝をつく。
見上げた陛下の表情は、明らかに怒っておられた。
「騎士シエル、お前は昨夜、自らの任務を放棄したな?」
「そ、それは一体――」
「貴様には会場の警備を任せていたはずだ! アウグストから直接命令されたにもかかわらず、無断で欠席し、その結果アウグストは怪我を負った……これは明らかな反逆行為だ。よもや、最初から見捨てるつもりだったのか?」
「そ、そんなことは!」
「ならばなぜ命令を無視した?」
「それは……」
理由なんて言えない。
言えるわけがない。
だって、言った所で何の言い訳にもならないから。
私は黙るしかなかった。
そんな私に呆れたように、陛下は大きくため息をこぼす。
「はぁ、もう良い。貴様は反逆罪として処刑する」
「しょ、処刑?」
「そうだ。連れていけ」
「はっ!」
「ま、待ってください! 私は――っ……」
意識が薄れていく。
首元にチクっと何かが刺さった。
おそらく毒でも入れられたのだろう。
身体がしびれて、そのまま何も感じなくなる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
薄れゆく意識の中で、私は夢を見た。
幼い頃の夢。
私は、生まれた時から他と違っていた。
生後僅かで歩けるようにあり、自分より大きな石も持ち上げられる。
常人を超える力を持って生まれた私を、両親は気味悪がった。
私は長女として生まれたけど、すぐに妹が生まれたことで、本宅から別荘に移された。
悪魔に憑かれた忌み子と言われ、小さな部屋に閉じ込められて育った。
私は幼くして、自分で生きる道を選ばなくてはならなかった。
そうして選んだのが、騎士になること。
強い力を持っていたから、私にはぴったりだった。
両親は何も言わない。
むしろ早々に家を出てくれて、嬉しそうな顔すらしていたと思う。
思えば最初から、私は普通の女の子とはかけ離れていた。
だからこそ夢に見た。
綺麗な服を着て、優しい誰かと恋をする。
そんな当たり前を――
だけど……
「ぅ……ここは?」
ジャランと音がした。
手足が鉄の鎖でつながれている。
石レンガで囲まれた薄暗い部屋に、私は捕らわれていた。
ここは……処刑場だ。
私は本当に、いわれなき罪で殺されるんだ。
毒の所為か抵抗する力もない。
そうでなくても、今までに起こったことを思い返して、何もかもどうでもよくなる。
誰かが近づいてくる音がした。
所見を担当する人だろうか。
手には切れ味の良さそうな剣が握られている。
私はもうすぐ死ぬ。
不思議と怖くはなかった。
むしろ、やっと終われるような気すらしていて……
「これで……良かったんだ」
そう呟いとき、誰かが大声で否定する。
「良いわけあるかああああああああああああああああ」
爆発音に、鉄を砕く音が混じる。
剣を持っていた男も慌てだす。
音は徐々に近づいてきて、私の前へとやってくる。
「退けよ!」
「ごっ……」
「フ、フレン?」
「おう。助けに来たぞ、シエル」
現れたのはフレンだった。
右手に剣を握り、左手には私の剣をもっている。
服は泥と返り血で汚れていて、呼吸も荒い。
「な、何で?」
「は?」
「何で助けに来たんだよ!」
「死んでほしくないからに決まってるだろ!」
フレンは叫ぶ。
そのまま私を繋いでいる鎖を断ち切って、乱暴に抱きかかえる。
「しっかり掴まってろよ」
「う、うん」
訳も分からず、頭は混乱していた。
それでも私は、フレンの身体にぎゅっと抱き着く。
力強い彼の声に惹かれて、身体が勝手に従っていたのかもしれない。
そうして私たちは、この国を出た。
反逆者として追われる身となって――
この日、私の人生は大きく変わった。
敵だからけの場所で、信じられるものは剣くらいしかなかったけど……
私のために危険を冒してくれる一人がいて、どうしようもなく嬉しさがこみ上げた。