第98話 そして新年を迎える
こうして無事に初詣を終えた俺達は、外食を楽しんで帰宅した。
外食先でシャランスティが未だにミロットに『あーん』をしていたのには少し驚いたが、もっと驚いたのがそれを見たヘレナさんが兄さんにスプーンを向け、それに対抗した咲桜が俺にもしてきたのだ。
顔から火が出るかと思ったが、取り敢えずは乗った。いや、その場のノリでな?ま、まぁ、こんな体験はあまり無いだろうから、好奇心が勝ったのもあるが。
だから誰に言い訳してるんだ。
それにしても、十人で外出、更には外食をしたのは初めての経験だったな。
こんなに大人数で外出する機会は滅多にないから、実は終始わくわくしていた。
そんなことは誰にも言わずに、俺達は各々用意された部屋へ戻る。
俺と兄さん、ミロットは俺の部屋へ戻る。
すると二人は部屋について早々に、再び外出の準備をし始めた。
「あれ、もう帰るのか?」
日はまだ落ちておらず、逆に天高く昇っている。
転移魔法で帰還するのだから、まだ日本に居て良いだろうに。
そう思い、疑問を呈すると、ミロットが可愛らしい顔をこちらへ向け、
「お土産買うんだ〜!パパたちと一緒に行くんだよ!良いでしょ〜」
純粋無垢な、満面の笑みで嬉しそうに答える。
なんだ、そうだよな。まだ帰らないよな。
深く安堵しつつ、ミロットに近寄る。
その頭を撫でながら、オススメの店を教えてやった。
ミロットの、兄弟で一番明るい色をした青い髪はとても触り心地が良く、いつまでも触っていたくなる。
が、その感触もこれで最後。外出の準備が終わり、兄さんが部屋の扉に手をかける。
と、不意に兄さんが俺の方へ向き──
「ん?お前はここにいろよ?オレたち、買い物終わったら直行で帰るぞ」
「え──」
思わず持っていたバッグが手から滑り落ちる。
淡々と兄さんは言ったが、いきなり過ぎる。
本当に帰ってしまうのだろうか──。いや、兄さんはそんな嘘はつかない。じゃあ、本当に──
「そんな顔すんなよ。どうせ三ヶ月後にはこっちに来て貰うんだからな?仕事あるんだから、それまではこの生活を満喫しとけ」
寂しさに心を痛める俺の鼓膜を、兄さんの男らしい、よく通る低い声が震わせる。
やはり、兄さんは優しい。
俺の寂しさを払拭するように、柔らかく微笑んで言ってくれる。
その言葉に、救われる心が存在するのを感じる。
俺は日本に来る前、何も取り柄が無かった。
一応、国王の息子という立ち位置だが、俺の居場所は狭かった。
兄さんの様に格好良くもなければ、ミロットの様に可愛さもない。
特別頭が切れる訳でもなく、魔法や武術、剣術の才能は人並みだ。
そんな俺は当然、国政に携わった事は一度もなく、故に俺が国に貢献することは無かった。
そんな俺に、仕事がある。
カリステアの、父さんの国の、力になれる。
その事が、どれほど嬉しいか。
それほどに信頼されるようになったのも全部、日本に来て、咲桜たちと出会ったからだろう。
いや、元はと言えば、父さんが俺を日本へ転移させたから、か。
まさか、父さんはここまでの事を全部仕組んで──
って、考えすぎか。
「おい、独り言が多い。俺たちもう行くからな」
「お兄ちゃん、またね!」
ミロットが元気に腕を振り、兄さんが呆れたようにひらひらと手を振る。
あと四ヶ月で、カリステアに帰らなければならない。咲桜達と暫く会えなくなるのは悲しいが、ゲート作りの大役を担っているんだ。それが完成すれば、ずっと一緒にいられる。
いずれ来る未来に心をときめかせ、俺も扉の外へ。
玄関では、父さん、母さん、シャランスティ、ヘレナさんが既に支度を済ませ、待機していた。
健蔵さんと美桜子さん、咲桜も、見送りをする為に玄関に集まっている。
「それでは、健蔵さん、美桜子さん、そして咲桜ちゃん。世話になったね。特に咲桜ちゃん、僕たちのイュタベラをよろしく頼むよ」
「ふぇ、ひゃ、ひゃいっ!」
「どんな声出してんだ」
父さんがお礼を言って、玄関の扉を開ける。
冬の冷たい空気が室内に入り込み、少し身震いする。
「じゃあ、本当にありがとうございました。あと少しの間ですが、お願いします」
「はい。任されました」
すっかり仲良くなった健蔵さんと父さんが、互いに言葉を交わし合う。
そして、お土産を買いに──カリステアへ帰還する為に、外へ出る。
直前、兄さんだけがこちらへ振り返り、言う。
「言い忘れてたが、イュタベラ。お前、自分を卑下しすぎだ。お前は多分、カリステア家の誰よりも優秀だぞ」
それだけ言い残して、六人は去っていく。
たったの二日間だったが、久しぶりの家族との会話。非常に楽しめたと思う。
兄さんの言葉の真意を考えながら、元旦は無事に終わった。