第94話 人生で一番か二番目くらいに嫌いなやつ
翌日──
「んあぁ〜!イュタベラ、お前毎日こんな良いとこで寝てたのか?軽く嫉妬するぞ?」
開口一番文句を垂れる、熟睡した様子の兄さん。一方ミロットはまだ寝ている。
寝顔の可愛いミロットを優しく起こしつつ、扉を開ける。
いつも通り、咲桜──と、シャランスティ、ヘレナさんと合流。計六人で朝ごはんだ。
下へ降りると、親グループが何やら忙しそうに外出の準備をしている。
俺たちに気づくと、作業の手を止めこちらを向く。
そういえば、いつもの朝ごはんのいい香りがしない。
「あ、起きてきたわね。出掛けるから早く準備して」
早口で、ハキハキとした声で指示を出す美桜子さん。
言われるがまま、各々外出の準備をしに再び二階へ戻る。
「イュタベラ、どこに行くか聞いてないのか?」
「何も。てか、俺たち準備要らなくないか?」
「そうだね!戻ってパパたちの手伝いしよ!」
階段を上る足を止め、下へと進んだ。
その後聞いたのだが、日本には『初詣』というものがあるらしい。
年の初めに寺や神社へと足を運び、一年の感謝や新年の無事と平安を願うものだそうだ。
これは、日本人のほぼ全員が参加するものらしく、皆神社や寺も有名どころにしか行かないため、遅れて車を出すと渋滞の波に呑まれるらしい。
そのため、朝ご飯は道中で買い、お昼は初詣が終わってから行くのだそうだ。
その説明を受け、期待に胸を膨らませながら咲桜達女性陣の支度の完了を待つ。
数分後、上からパタパタと足音が聞こえ、手提げカバンを持った咲桜達が降りてきた。
それを合図に、玄関の扉が開かれる。
「混まないうちに、早く行きましょ!」
──と、言ったは良いものの、だ。
「まさか、この時間でもこんなに混雑してるとはなぁ〜」
車を二台走らせている現状だが、前方に美桜子さんが運転する女性陣車両、こちら後方は、健蔵さんが運転する男性陣車両があり、その前後には夥しい数の車が、大蛇のように道路に並ぶ。
信号はまだ先のはずなのだが、かれこれ十数分、いや、数十分程車が動いていない。
こんなに渋滞しているのは初めての体験だ。
幸いこちらは健蔵さんが話題を振ってくれているため、車内でも飽きない。あちらは分からないが。
「お兄ちゃん、お兄様、これっていつまで続くのかな?なんだか楽しいね!」
「「そ、そう…だな…?」」
珍しく俺と兄さんの返答が被り、ミロットが窓から景色を見渡す。
周りは、日本人であれば何のことも無い、ただの飲食店やスーパーなどが並んでいるだけだが、異世界人にとって──特に、好奇心旺盛な子供にとっては、見るもの全てが新しく、面白いのだろう。
その気持ちに共感はできる。が、流石に飽きてきた。
「どうしましょうか、健蔵さん。話題も思いつかないです」
俺が言うと、健蔵さんが「うーん」と唸りながら、未だ進まない車の前方を見つめ──
「じゃあ、あっちの人達と電話しようか。あっちも暇してるだろうし」
と、ポケットからスマートフォンを取り出し、電話をかける。
前の車内で、微かに人影が揺れるのが見えた。直後、スマートフォンから聞こえる美桜子さんの声。
「もしかして、話題なくなった?こっちも無くなっちゃってて、今かけようと思ってたの」
そう言って、今度は十人で、電話越しに談笑した。
──渋滞が動いたのは、数十分後の事だった。