第93話 未来設計会議
兄さんのその一言で、ミロットも申し訳無さそうに俯く。先程から隠していた事は、この事だったのか。
ミロットが「ごめんなさい…」と蚊の鳴くような声で謝る。兄さんも、「悪いな…」とバツの悪そうな顔をしている。
二人してこんな顔をしている所は初めて見た。正直、面白い。
「なにが面白いんだ。咲桜さんともうすぐ一緒にいられなくなるんだぞ?」
「だから心を読まないでって」
いつものやり取りを交わしつつ、しかし兄さんの顔は真剣そのものだ。
確かに、日本への滞在期間が短くなるのは悲しい。
しかし──
「じゃあ、理由を聞かせてくれ。なんで帰りが早まったんだ?」
どんな事象も、必ず原因がある。そして今日告げられた、帰る日が早まったという事実。
しかしそこには、必ず何かしらの理由があるはずだ。
そして、恐らくこれは父さんが兄さんに頼んで言ってもらったのだろう。
体育祭が終わり、俺が日本に残ると父さん達に伝えた日。父さんは、「ここでの生活を楽しめ」と言った。言ってくれた。
そして、今も順調に進んでいる、『ゲートの製造』。これらを繋げれば、理由は多分──
「ゲートが、もうすぐ完成するらしい。実装にはまだまだ時間はかかるが、完成には、イュタベラ。お前の、ここでの知識が必要、らしい。本当に、すまん」
やはり、そうだったのか。
ゲートが、完成するのか──
この日を、どれだけ待ちわびたことか。
ゲートの完成、それはつまり、日本とカリステアを、いつでも行き来できるという事だ。
それが可能になるのなら、帰る日が早まることなど──
「些細なことに他ならない」
咲桜と会えなくなる日々がもうすぐやってくる。
そう考えると、確かに寂しい気持ちはある。
だが、その日々を乗り越えた先に、咲桜達と再び暮らせる日々が、この楽しい生活が待っているのだとしたら、いくらでも早まってもらって構わない。
目先の不幸より、将来の幸福を俺は優先したい。
そして、それが叶った暁には──
「そのゲートの作業が終われば、ここと向こうをつなげて、いつでも、どちらにも行けるようになる。俺が帰って、咲桜と離れ離れになるとしても──」
兄さんとミロットは、黙って俺の意見に耳を傾ける。
一呼吸置くと、いつもは騒がしい二人に向かって、結論を出した。
「いずれゲートが実装された時、俺は咲桜に逢いに行く。そうしたら、俺は家に招待する」
言い切り、二人の反応を待つ。
結論を聞いた二人は驚き、顔を見合わせる。そして、二人の表情から負の感情は消え去り、そして笑いあった。
「そうか、もうそこまでいくか。ははっ、お前、変わったな」
「咲桜お姉ちゃんなら、いつでも来ていいもんね!」
笑い、そう言って兄さんは立てた片膝を叩き、ミロットは両手を胸の前で握る。
俺が日本へ来た時、咲桜にここを紹介してもらった。
カリステアでは、自分の家を異性に紹介することは、『私と恋人になりましょう』と言うのと同義だ。
告白は、もう終わっている。
だからこれは、『恋人になりましょう』ではない。
『私と結婚しましょう』
という意味だ。
俺は今十四歳。兄さんは十九歳。あと五年ほどで、俺も結婚を急がなければならない歳になる。
だが、もう俺の相手は決まっている。
だから──
「帰る日は、どれだけ早くなっても構わない。咲桜と共に暮らせる日々が、いずれ必ず叶うなら」
そう言って、俺は布団に再び潜り、部屋の電気を消す。
二人も、何も言わずに布団に就いた。
俺の想いは伝えた。それなら、この話は終わりにして良いだろう。
と、大事なことを忘れていた。
「兄さん、そういえば、どれくらい早くなるんだ?」
「三ヶ月後、日本で言うところの、四月一日だ」
「そんなに変わらないじゃないか」