第86話 幸せな二人
「げー、と…?」
闇夜、赤く目を腫らした咲桜。
俺の企みは、全て打ち明けた。
ミロットの話で、父さんが日本への交渉に成功した旨の話は聴いてある。
もう少し、と言っていたか。何年後だろうか。
そうだ、少なくともその数年間は、咲桜に会えない。
──咲桜との思い出、もっと作りたいな。
「そう、ゲート。『夢の中で、もう一度』でもあっただろ?あれだ。あれを作ることができる。いや、もう向こうでは型は完成してるだろうな」
あぁ、思えばそうだ。今年の修学旅行、予定より日にちが短かったんだったな。二泊三日が、一泊二日になったと文句を言う生徒がいた。
それは、日本のゲートを作る工事があったからだ。京都は日本の文化を学ぶ上で欠かせない場所だ。京都に作るのは最善だろう。
ミロットが京都に来たのも、恐らくは下見──いや、ミロットはただ遊びに来ただけだな。
ヒントはあった訳だ。
「ちょっ、と、話、追いつか…ない」
先程まで、ありったけの感情をぶつけた咲桜は、話についていけないようだ。未だ頬を濡らす涙を手で拭いながら、頭に『?』を浮かべる。
「えーと、簡単に言えば、数年後、カリステアと日本を自由に行き来できるようになる」
要約して説明。咲桜はその内容を咀嚼し、なんとか理解したようだ。
理解と同時、大きな黒い瞳を更に大きく見開き、口をパクパクと動かす。声は出ていない。
深呼吸して、落ち着く。吸って──吐いて──。
ようやく落ち着いたようだ。
こちらへ改めて向き直り、真剣な面差しで、口を開く。
「それって、ほんと?」
「あぁ、ほんとだ」
子供がねだるように、上目遣いにこちらを見る。
あぁ、嘘みたいな、本当の話だ。
「また、絶対に会える?」
「絶対だ。約束する」
ツリーの明かりに照らされたその瞳に、再び涙が溜まる。
約束は、必ず守るよ。
「また、一緒に、いてくれる?」
「俺からも頼むよ。一緒にいてくれ」
できれば一生、その隣に──
「──っ!ベラっ!」
陽の光が落ちた、漆黒に染る街。
冬の寒さがその身を凍えさせる中、ツリーの側の男女は身を寄せあい、互いの温もりを、想いの暖かさを、感じる。
俺は、腕の中に感じる確かな温もりを撫でながら、誓う。
「確かに、もう少しでお別れする時が来る。でも必ず、俺は咲桜の所に戻ってくるよ。約束だ」
そう言って、目前──彼女となったその子を、大事に、大事に抱きしめた。
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「もう遅いぞ。美桜子さんたちも心配してるだろうから、急ごう」
「うん、そうだね」
俺が言葉を発せば、先の涙は過去に置き去り、微笑んでそう応える。
あの場でひとしきり泣いた咲桜と、今は手を繋いで帰路に就いている。
夜も更け、目前の景色も分かりにくい。隣の咲桜の顔は、辛うじて見えるが。
と、そういえば、聞きたいことがあったんだ。
「咲桜、そういえば──」
「ふんふふ〜んっ、ん?どうしたの?」
陽気に鼻歌を口ずさむ。その歌聞いた事あるような…。あぁ、この前のアニメのオープニングだ。
「この栞、バラの花弁一枚って、どんな意味なんだ?」
そう、この栞を渡した時、同じ質問をしたのだが、分かりやすく咲桜にはぐらかされたのだ。
一度気になると、ずっと気になってしまう。
その問に対し、咲桜は(暗闇で分からなかったが多分)顔を少し赤らめ、恥ずかしそうに言う。
「あー、その、実は、バラって渡す本数で意味が変わるらしくて──流石にバラの花丸ごと栞には出来なかったから、花弁の枚数を本数に見立てたものでして──」
流暢に説明する。花には花言葉がある事は教えて貰ったが、本数でも変わるとは──初耳だ。
「で、一枚だから…一本の意味は?」
「──『一目惚れ』、です…」
「──!」
そりゃ驚いた。まさか、俺と同じ気持ちだったとは。
そういえば、以前俺も──
「俺もバラを渡したことがあったよな?確か、長崎の旅行のとき。一本渡した覚えがあるんだが、咲桜は意味を知ってたのか?」
「──はぃ」
「まじかぁ…」
俺は知らぬ間に、咲桜に想いを伝えていたようだ。
咲桜も顔を赤くしていたな。そりゃそうなるな。
「──えと、ベラは?」
「ん?」
過去を振り返り、自分の行いに今更ながら恥じる。
と、おずおずと尋ねる声が、隣から聞こえた。
「だ、だから、その…わ、私の事、いつから…?」
「あぁ、咲桜と一緒だぞ。ずっと好きだった。バラ一本買って渡そうか?」
「もうっ!これでも渡すのに勇気振り絞ったんだからね!」
軽く冗談を交えれば、いつもの二人に戻る。
が、その二人の関係性は、いつも通りではない。
その関係性は、今は──
「まぁ、お互い上手くいったからいいじゃないか。これからもよろしく頼むよ。俺の彼女さんっ」
「っ!そんな恥ずかしいことよく言えるね。私の彼氏さん」
笑い合い、その響きを噛み締めながら、玄関を開けた。
「「ただいま!」」