第84話 この想いを、誰よりも愛しい君に
咲桜へ
まず最初に、俺は手紙を書くのが初めてだ。だから、少し文章がおかしな所があるかもしれない。でも、まぁ出来れば、最後まで読んで欲しい。
なんか、こうして改めて文を書くというのは、中々照れくさいな。何を書いたらいいのか、分からなくなる。
思えば、こうして部屋で手紙を書いていられるのも、全部咲桜のおかげだな。あの日、咲桜と会えたから、今がある。つくづく、俺は咲桜なしでは日本にいられなかったと実感させられる。俺一人では、何も出来ないからな。
とまぁ、前置きを長くするとそろそろ紙面が足りなくなるから、本題に入るぞ。
本題というのは、あれだ、文化祭での事だ。
あの時はうっかり、その、言ってしまった。その事について、謝ろうと思う。ごめん。
でも、これだけは記しておく。俺の咲桜への気持ちは、今も変わらない。
だから、これを渡された今、俺に言って欲しい。あの日の答えを。
イュタベラ・カリステア
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「ベラ、これ…」
「──はぁ」
止めても無駄だと悟った俺は、咲桜が読み終わるのを待った。
捨てる予定だった俺のこの手紙は、間違えてバッグに入れてしまっていたようだ。捨てようとした時、部屋に咲桜が入ってきて、慌てて栞をバッグに入れたが、その時に一緒に入った、ということか。
本当は、渡すはずのない──渡すとしても、博多の、あのクリスマスツリーを見ながら渡したかったのに。人生、上手くいかないな。ははは…。
そう心中で自虐していると、読み終えた咲桜が手紙を指さし、俺を見つめる。
「あぁ、その、俺が書いた、ものだ。少し頑張ってみたんだが、捨てようと思っていた」
「──。」
押し黙る咲桜。一度読んだ、俺の拙い文に、再び目を通す。
文量も少ないため、すぐに二回目を読み終えると、再び俺の方を向いた。
「ラブレター…なのかな…??」
「やめてくれ。そう改めて言われると恥ずかしい。ほんと、上手くいかないな」
割と真剣な顔でラブレターか聞かれると、顔が熱くなる。だからそんなに真面目な顔でこっちを見ないでくれ。今は穴があれば入りたいくらいだ。
そんな羞恥心と戦っていると、咲桜は三度手紙に目を通す。そんなに読んでも変わらないと思うが──。
三度目を読み終えた咲桜は、書面と俺の顔を交互に見ている。そして、顎に右手を添え、俯き、何かを考える素振りを見せる。
数秒、時が止まる。
時が動き出せば、顔を上げた咲桜と目が合う。未だかつて無い緊張感を覚えながら、咲桜の言葉を待つ。
「文化祭のとき、びっくりしたんだよ?いきなりあんなこと言うから」
いつものように、微笑む咲桜。この笑顔も、あと少しで終わる。いつもの日常を崩す、悪魔の言葉で。
「クラスの人、みんなが私たち付き合ってるって思ってたから、それに感化されたのかなって思ってたけど──これを読む限り、違うんだね。一目惚れってやつかな?ふふっ」
手紙をひらひらと揺らし、今度は唇から、息が漏れる。これが、嘲笑というものだろうか。
そうだとも。俺は咲桜に一目惚れしていたんだと思う。そして、咲桜と暮らすうちに、咲桜の事を知っていくうちに、咲桜の事がもっと、好きになって──
俺は、何も喋らない。口を開かない。咲桜の言うこと全て、受け止める。
それで、俺がどんなに惨めな思いをしようとも。
「いやぁ、まさか、ベラが私のこと好きなんてねぇ。笑っちゃうよ。ほんとに──ふふっふっ」
咲桜の乾いた笑い声が、この広場に響く。虚しく、木霊する。
俺は目を閉じ、次の言葉を待つ。
「ほんと──笑っちゃう…ふふっ…ふっ……っ……っ」
咲桜の乾いた声が、唐突に途切れる。
目を開けて、暗い闇の中を見れば──咲桜が、泣いている。大粒の雫が、滴り落ちる。
何故だ?目にゴミが…なんて事では、絶対にない。でも泣く要素なんてどこにも──
「咲桜、どうし──」
「──っ…ずるいっ……ずるいよぉ……」
思わず声をかけようとしたが、咲桜の声に、小さく、しかし良く通る声に、遮られる。
咲桜の感情が、溢れ出す。
「わ、私だって──わた、私も…ベラのこと、好きで…ずっとずっと、好きで…一目惚れだったのにっ…!」
「──へっ?」
──なに?
なんだと?
咲桜は今、なんと言っただろうか?
聞き間違いじゃないならば、咲桜は、俺の事が──
「でも!」
大きく、俺の耳を劈く、咲桜の悲痛な叫び。
「ベラは、…ベラ、は…後ちょっとで!向こうに行っちゃうじゃん!だから!諦めようと、してたのに…!!なのに!こんな、ずるい、手紙!手紙が…手紙なんて!こんなの見ちゃったら!文化祭で!あの時!ベラにあんなこと言われたら!諦められなくなっちゃうじゃん!」
右手に強く握りしめた、涙で濡れた紙を、胸にぎゅっと抱きしめる。
向こう、カリステアの事だ。そうだ。あと少しで、俺はカリステアに戻る。
元々、そういう約束だ。
日本の文化をカリステアに持ち帰り、更なるカリステアの発展を目指す為に。
今はその使命は、俺にはない。だが、ここに残ったのは、俺の意思。咲桜とまだ、共に居たいという、俺の意思。
その俺の意思が、俺があと少しでカリステアに戻るという、俺と父さんとの約束によって、逆に咲桜の心に、負担を掛けているとすれば。
「ずるい…ベラなんて…っ…」
「咲桜」
「ベラと会わなきゃ、…こんな事…こんな…思いしなくて…済んだのに…」
「咲桜!」
その、咲桜の不安も、後悔も、何もかも全部、俺が払拭してやる。それが、惚れた人にできる、俺が、咲桜にできる、精一杯の、今までのお礼。いつも世話になった、咲桜へのお返し。
俺の声に、咲桜が顔を上げる。闇の中でも分かる、赤く腫らした黒い瞳。大きく、愛くるしい、瞳。
その目に、教えてやる。俺がずっと、父さんと企んでいたことを。
「俺は、咲桜が好きだ。咲桜も、俺が、好き。そうだな?」
「そう、だ、けど──でも!ベラは帰っちゃう!もう二度と、会えなくなっちゃうかもしれない!そんなの、やだよぉ…」
「安心しろ!そんな不安も!心配も!いらない!」
確認は取れた。相思相愛というやつだ。やはり人生、何が起きるのか分からないな。
じゃあ、打ち明けるとしようか。平凡な俺が考えついた、非常識な考えを。
「俺は、カリステア国は!日本にゲートを繋ぎ、カリステアと日本を融合させる!」