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誰か異世界の常識を教えて!  作者: 三六九狐猫
第八章 想いを形に
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第83話 勇気を心に閉じ込めて

疲れが出ていたのか、帰りの電車の席に座った俺は、すぐに寝てしまった。



 ──はぁ、せっかくの絶好の機会を逃してしまった。


 電車に乗り遅れるのは避けたかったが、それでも、咲桜に言えなかったあの二文字が、未だ呪いのように脳内を巡っている。


 覚悟は決めた、はずなのに…。


 やはり、俺は臆病だ。


 勇気など、もう霧散した。


 また、次の機会に──と、少しでも先延ばしにしようとする自分が腹立たしい。


 俺は、俺が嫌いだ──




 どれほどの間、不貞寝して居たのだろうか。



「ベラ、着いたよ。起きて」



 肩を優しく叩かれ、透き通るような綺麗な声が鼓膜を揺らす。


 寝ぼけながらその目を開けば、目の前には愛しい存在が、いつものように微笑み、手を伸ばしている。


 あぁ、着いたのか。


 今日が、終わってしまうのか。



「あぁ、おはよ──あれっ…?」



 咲桜に差し出された温かな手を握り、立ち上がる──が、足が棒になったように硬直し、前のめりに。



「わわっ、危ないよ?ほら、手繋いであげるから、家まで歩くよ」



「あぁ、すまない」



 笑顔の絶えない咲桜。その姿が、今は俺の心を苦しめる。


 臆病な上に、情けない。


 それは、カリステアにいた時もそうだった。


 魔法の練習をしていたのも、剣の練習を隠れてしていたのも、兄さんやミロットに負けないよう、自分という存在のアイデンティティを奪われないように、少しでも秀でようとしていただけだ。


 しかし、日本へ来たミロットも、兄さんも、とっくに俺の手の届かないところまで上に行ってしまった。


 そんな俺に、存在価値があるのか?


 と、いつもよりネガティヴ思考が酷くなりながら、咲桜に手を引かれて帰路に着いた。



「──あれ、この道、帰ってるんじゃないのか?」



 しかし、闇夜の中目を凝らせば、街灯の位置が出発時と違う。つまりは、家に帰る道ではない。



「あ〜、ちょっとね──うん、ちょっと付き合って」



「あ──あ、あぁ、分かった」



『付き合って』というフレーズにドキッとしたが、その言葉の真意は、俺が思っているものとは違う。


 とはいえど、今は外も暗いし、何より家で健蔵さんと美桜子さんが待っている。それは咲桜も知っているはずだが──




「着いたよ、ここに来たかったんだ〜」



「なるほどな…博多駅の物には劣るが、中々に良い景色だ」



 数分程度歩き、辿り着いたのは誰もいない広場。


 広場の敷地の外回りは、最近塗装し直したばかりなのか、色の綺麗な滑り台、ブランコ、シーソーなど様々な遊具が並んでいる。


 そして、敷地の中央。そこに佇むのは、これまた大きなクリスマスツリー。


 大きさは博多駅の物より少し小さく、しかし、イルミネーションはエメラルド色に輝いていて、こちらもとても綺麗だ。


 咲桜はこれを見せたかったのか──。



「今って丁度夕飯時だし、ここって普段もそんなに人は来ないから、穴場なんだ。せっかくクリスマスに出掛けるんだったら、ここにも寄りたいなって思ってたんだ」



「そうか──いい所知ってたな」



 近くのベンチに隣同士座り、この風景を堪能する。


 皆は思っている事だろう。『ここで告白しろ』と。


 だが、言っただろう?俺は臆病で、情けない奴だ。できる訳が無かったんだ。



「──あのね、ベラ」



 不意に、咲桜が俺の名を呼んだ。


 しかし、その声色は普段の明るいものではなく、どことなく緊張しているようなもので。



「ん?どうした?」



 いつも通り、そう聞き返す。普段通りの対応を心がける。そうでないと、今にも俺の心は、自己嫌悪で壊れてしまいそうだ。



「あの──ごめんね」



「なんか今日謝ってばかりじゃないか?」



 本日二度目の、咲桜からの謝罪。何の事かは分からない。


 しかし、咲桜は確かに申し訳なさそうに俯き、膝の上に置いた手を握りしめる。



「クリスマスのこと、嘘ついて、ごめん。行飛くんに聞いたのは知ってるけど、それでも──」



 あぁ、そういえば、クリスマスのことは行飛から聞いたな。


 あれ、だとしたら何故、咲桜は嘘を──


 そう考えた直後、咲桜は手元のバッグから、何かを取り出す。



「ベラ、えと、その、手出して」



「ん?」



 言われるまま、俺は右手を差し出す。


 目を瞑ってと咲桜が言うので、目はギュッと閉じた。


 その直後、右手に、先程も感じていた咲桜の手の温もりと、取り出した何かの感触が。



「く、クリスマスプレゼント…です。気に入ってくれると嬉しい、です」



「──」



「もう目開けていいから!」



 顔を赤くして怒る咲桜。言われるままに目を開ければ、その手には、一枚の『栞』が。


 薔薇の花弁が一枚だけ押されたその栞は、どこか既視感があり──



「ば、バラの花──にしたの。気に入ってくれると嬉しい」



「バラ──」



 家族旅行の時に薔薇を買ったのを思い出した。懐かしいな。



「これ、一枚だけ押してるのは意味があるのか?」



「──っ!な、ななな、ないよ!全く、全然!」


 分かりやすく動揺する咲桜。


 そう言う咲桜の右手は、強く握られている。これは嘘をつく時の癖だ。



「まぁ、いいか。それと、なんでクリスマスの事俺に黙ってたんだ?」



「そ、それは──」



 そうだ、ずっと気になっていた。何故咲桜は、クリスマスという行事のことを隠していたのか。


 その事を聞くと、咲桜はバツの悪そうな顔をして、目を伏せながら、言った。


「いきなりプレゼントして、喜ばせたかった、だけだもん。いつもお世話になってるから、その感謝も込めて」



 拗ねた口調で、そう言う咲桜。世話になっているのはこちらの方なのだが──。


 と、忘れていた。俺もプレゼントを用意していたんだった。



「咲桜、実は──」



 そう言いながら、バッグを漁る。


 闇に呑まれた街に、紙が擦れる音が聞こえ、目的の物に触れる。


 これを上げるくらいなら、どうということはないんだがな。



「これ、俺も用意してたんだ。受け取ってくれ」



「え、これ──桜の栞?よく手に入ったね、桜の花」



 手にするなり、まじまじと栞を眺める咲桜。まぁ、手に入った経緯は後ほど話そうか。



「ありがとう、嬉しいよ、ベラ!」



 あぁ、この笑顔が見れるだけで、俺の心は満たされる。



「こちらこそ、ありがとう。お互い自作の栞を作るって、ちょっと面白いな」



「心が通じあってるみたいだね。──ん?」



 お互いに笑いあって、この場を去ろうとした、その時。


 咲桜が俺の足元を見つめる。



「それ、何?何か落ちてるよ」



「ん?座る時は何も無かったはず──」



 何だろう、この紙に見覚えがある。これは、何だっただろうか。えっと──



「ベラ、ちょっと見せて」



「ん?あぁ、別に良いけど」



 胸につっかえた既視感を抱えつつ、それを咲桜へ渡す。





 は、思い出した。


 これは、確か──



「あ、待て!開けるな!」



「ん?えっと──咲桜へ…?」



 あれは、昨日書いたラブレターだ!

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