第82話 不治の臆病、勇気の残滓
楽しい日々というのは、時間が過ぎるのが早い。
これは、どの世界でも同じなのだろう。
昼食をとり、その後も様々な店を巡った。気づけばはるか上空、つい先程まで明るかった空には分厚い雲が漂い、世界が暗く、遠く彼方では既に漆黒の闇に染まり始めている。
今日という日が、幕を閉じようとしている。
その前に、咲桜に伝えなければ──ずっと、先延ばしにしてきた、告白を。今まで一度も言えなかった、「好き」を。
そう、思っていた。
隣の咲桜の顔がやっと見える程度の世界の中、俺と咲桜は、最後の目的地を決めるため、話し合う。
「いや〜、遊んだねぇ。時間的にあと一つくらいは店行けそうだよっ!ベラ、どこ行く?」
「ん〜、そうだなぁ。俺は特に──じゃないな。一つ行きたいところがある」
咲桜の提案に、いつものように答えようとするが、咲桜のジト目で一考。そして、行きたい場所──いや、行くべき場所が脳裏に浮かぶ。
そう、まだ俺は告白をすることが出来ていない。
やはり、俺はまだ臆病なのだろうか?この病は、治らないのか?
いや、違う。
ミロットが、兄さんが、応援している事を、知っている。
こんなにも恵まれた環境に身を置いて、未だに臆病を克服できない?そんなこと、ありえない。
胸にまだ残り続けている、小さな勇気。これを今日、解き放たねば。
「え、どこどこ?雑貨屋?」
そのために、行くべき場所は──
「──博多駅だ」
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「わぁ、綺麗…」
「これは、凄いな…」
博多駅向かった俺たちは、目の前の光景に感嘆の声を漏らす。
ここへ来た理由は、早く帰るためじゃない。
事前に調べておいた情報だが、この時期では毎年、この博多駅でクリスマスツリーが点灯しているらしい。
画像を見ただけでもその優美さは理解していたつもりだったが、実際見ると、圧巻の一言。
白を基調としたそのツリーは、所々淡く、青く光っており、冬を感じさせてくれる。
高さは俺の身長の数倍程度。頂点を見上げれば、純白の大きな雪の結晶が、この駅を見下ろしている。
闇夜を照らすその明かりをただただ、見つめる。
ふと、隣の咲桜を見た。
ツリーを見つめる咲桜は、その笑顔が明かりに照らされ、さらに美しさが際立っている。
思わず見惚れていると、咲桜が口を開く。
「そういえば、着いた時にあったね、これ。ベラ、よく覚えてたね〜」
こちらを振り向き、微笑む咲桜。「記憶力は良いからな」と返し、近くのベンチを発見。咲桜を誘導し、隣同士座る。
この雰囲気。漫画で学んだ通りだ。
俺は今日、この雰囲気に乗じて、告白する。
告白とは、雰囲気が大事らしい。漫画で読んだ時は疑っていたが、実際に身を置いてみれば分かる。この場でなら、告白出来る気がする。
歩き回って疲れていた足を休めながら、イルミネーションに飾り付けられたこの場所を眺める。
少しの間、俺たちは無言でイルミネーションを見つめる。
そして──
「──そろそろか…?」
「ん?ごめん、聞こえなかった。どうしたの?」
「んん、いや、なんでもないっ」
あれ、今なぜ俺ははぐらかしたのだろうか?今の流れでプレゼントを渡して、そのまま告白すれば──
心の準備をしよう。一旦落ち着くんだ。
深呼吸、深呼吸、深呼吸──。
よし、落ち着いた。
覚悟も決めた。
思えば、誰かに恋をするのは生まれて初めてだな。
まさか、異世界の人に恋をするとは。
まぁ、この恋は実らないだろうが。
せいぜい、咲桜の俺への評価は、『手のかかる弟(または兄)』程度。恋愛感情なんて微塵もないだろう。
でも、俺は──
「なぁ、咲桜」
「ん?どしたの?」
異様に乾く唇を湿らせ、もう一度深呼吸し、愛しい名を呼ぶ。
そして──
「俺は、咲桜の事が──」
「あ、やばい!ベラ、あとちょっとで電車来くるよ!急ご!」
「え?あ、あぁ…」
覚悟は決めた。が、これは想定外だ。
でも同時に、安堵している自分がいる事が、腹立たしい。
俺は、いつまでも臆病なままなのだろうか。