第81話 この思いをあなたに
ゲームセンターを出た俺たちは、昼食をとるため、この寒い歩道を歩いていた。
ゲームセンターは初めて行ったが、とても楽しかった。
が、しかし──
「あ〜、咲桜?そろそろ機嫌治そ?な?」
「ふん、知らないもんっ」
ぷい、と顔を背ける咲桜。
そんな態度も画になる咲桜だが、こうなった原因は明白。
そう、それは、つい先程、ゲームセンターでの事──
――――――――――――――――――――――
『おめでとう!景品を受け取ってね!』
目の前の機械から流れる、少女の音声。そうして足元を見下ろせば、たった一回の挑戦で手に入ったフィギュアが、透明な板の奥に転がっている。
板を押しのけ、フィギュアを取り、景品を入れるための袋を貰って、その中に入れる。
「──いや、流石に上手すぎる。一回で取るってのは中々ないんじゃないか?」
俺はゲームセンターに来たのは初めてで、このクレーンゲームも勿論初挑戦だったのだが、それにしては上手かったのではないだろうか?
それとも、この台がとても易しく作られているのか…
いずれにせよ、これで咲桜にプレゼントすることができる。そう思い、左を見れば──
「〜〜っ!」
未だ取れず、半泣きになっている咲桜がそこにいる。
何回目かは分からないが、もう少しで取れそうな所まで景品が移動している。が、それまで。それ以降はずっと動いてないようだ。
──余計かもしれないが、手伝ってあげよう。
「咲桜、ちょっとそれ、させて貰えないか?」
「うぅ〜…ベラこれやるの初めてでしょ?私がやった方が…って、それ──」
咲桜の潤んだ瞳が見つめる先は、俺の右手、フィギュアの入ったビニール袋だ。
中が透けているため、どのフィギュアか分かったのだろう。潤んだ目を見開き、驚いた表情を見せる。
「あぁ、さっき取れたんだ。これみたいに一回で取れるとは思わないが、ちょっと手伝わせてくれ」
そう言って、咲桜の返事も待たずに硬貨を入れる。
「あ──」
咲桜が声を漏らすが、今は無視。咲桜の仇は取らせてもらう。
「あと少しだが──」
この台は、並行に配置された二本の棒の上にフィギュアが乗せられており、それをずらして棒の間に落とす、というものだ。
フィギュアは斜めに大きく傾いており、あと少しずらせば落ちるだろう。
だが、それが難しいのだ。少しでも奥にクレーンを動かしてしまえば、奥の棒に腕が当たり、取れない。
逆に手前で止めてしまえば、箱の表面に腕が当たり、取れない。
棒にギリギリ乗っている、箱の角。それを丁度狙わなくては。
「ふーっ、よし、いこう」
深く深呼吸して、集中力を上げる。
そして、横へ進むボタンに手を置き、もう一度深呼吸。
押す。クレーンが右へ動く。
離す。クレーンが止まる。良い位置だと思う。
次、奥へ進むボタンに手を置く。
押す。クレーンが奥へ移動する。
離す。クレーンが一度止まる。
腕が開き、クレーンが下へ移動を始めた。
「いけそう…」
思わず声が漏れる。咲桜は無言で見守っており、その視線に体が強ばる。
軽快な音と共に、クレーンはフィギュアへ向かってその腕を伸ばす。
──狙い通り、箱の角へ腕が滑り込んだ。
限界まで下がったクレーンはその腕でフィギュアを抱きしめ、再び上へ。
「おお…!」
角を持ち上げられた箱は、そのままクレーンの腕に従って左へ傾く。
そして、腕からその角が滑り落ち──
『ガタンッ』
大きな音と共に、フィギュアは落ちた。
「やったぞ、咲桜!」
嬉しさのあまり、大声を上げて咲桜へ振り返る。
が、しかし──
「…むぅ」
そこには、不満気な顔をした咲桜が立っていた。
――――――――――――――――――――――
というわけだ。
咲桜がやっても取れなくて、クレーンゲームを初めてする俺が一発で取ったんだから、プライドが傷ついたのだろう。
こういうとき、どうすればいいのだろうか?
──う〜ん、少し考えたが、分からない。
俺がされて嬉しいと思うことをすれば良いのだろうか?
俺のプライドが傷ついたら──う〜ん、別にどうでもいいな。うん。
じゃあ、咲桜にされて嬉しい事──
「──。」
思い浮かんだが、実行するのははばかられた。
なんせここは、一般人が多数出歩く普通の歩道である。
流石に──
いや、そうか。俺が咲桜にされて嬉しいと思うのは、俺が咲桜の事が好きだから。
とすれば、俺が咲桜にされて嬉しいことを、逆に咲桜にする、という理論は間違っている。
思考を一旦リセット。どうにか、この微妙な空気を打破しなければ。
とりあえず、何か話題を──
「なぁ、さく──」
「ベラ、ごめんね。」
振ろうとした、その瞬間。俺の声を遮ったのは、唐突な咲桜の謝罪だった。
しかし、意味がわからない。何故咲桜が謝ったのか?
「いや、ごめんって、なんで──」
「だって!ベラは博多初めてだし、私は結構行ってるから、リードしてあげなきゃ、楽しませなきゃって思ってたのに、ベラに助けられてばかりで──」
そう言う咲桜は、相変わらず顔を下に向け、目を合わせようとしない。
思えば、咲桜は今日、妙に緊張していた気がする。
本屋に行った時も、アクリルキーホルダーを見せた時も、不満そうな、不安そうな、そういった表情をしていた。
先程のゲームセンターでの事も、もし、プライドが傷ついた、という理由ではなく、俺を楽しませることが出来なかった、という理由で不満を漏らしていたのだとしたら──。
「だから、その、迷惑かけて、ごめ──」
「いや、謝るのは俺の方だ」
それは、どれほど嬉しい事か。
「ふぇ…」
「ごめん、咲桜がそんなことを思ってくれていたと、気づいてあげれなかった。俺は、ずっと楽しいよ。咲桜とゲームセンターで遊んだことも、咲桜と博多へ来たことも──咲桜と、こうしてデートしてること自体、俺には勿体ないくらい幸せで、楽しい」
「──っ」
感情に任せ、言いたい事を全部言ってしまったが、これで良い。
これらは全て、本心なのだから。
「あ…ぇ…」
咲桜がこちらに向き直り、目が合った。
その目には大粒の涙を浮かべ、頬は赤く染まっていて──。
「だから、ありがとう。午後もリードしてくれよ?」
と、冗談交じりに、なるべく笑顔でそう言った。
するとつられて咲桜も微笑む。
そうして、目に浮かぶ涙を手で拭い、言った。
「うん、デート成功させるねっ」
──あ、デートと言ってしまっていた。