第7話 ベラと咲桜の事情
そして翌日、学校にて。
「なぁ咲桜、テストいつやっけ?」
そんな声が、教室に響く。
昨日の一件により、咲桜とクラスの皆との距離はぐっと縮まった様である。
咲桜も、カラオケ中もそうだったが、家に帰ってからもずっと笑顔だった。すごく可愛かった。
しかし、問いかけた1人…背が小さく、しかし筋骨隆々とした目つきの悪い男子─長谷川真也は、何やら焦った顔をしている。
問いかけられた咲桜は、表情は一切変えず、知ってて当然とばかりに真也に答える。
「え、今日だけど…」
今日?てか、『テスト』ってなんだ?
と、俺が『テスト』なる物について考えを巡らせていると、不意に真也が頭を抱え─
「あー!勉強してねぇぇ!!!」
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咲桜によると、『テスト』とは試験の事のようだ。
日頃の勉学の励みにより、自分がどれだけの力を持っているのか、100満点で確かめるものだと言う。
「ん?そういえばテストっちイュタベラも受けるん?」
と、ふと思い出したように隣の俺に問いかける真也。
「何も聞いてないけど、多分俺も受けると思う」
そう返すと、真也は笑顔でガッツポーズ。
どうしたんだろうか。
そう視線を咲桜に移すと、咲桜は呆れたように溜息を吐きながら、真也に聞こえないように顔を寄せる。
「多分、ベラが勉強出来ないと思って仲間ができたって喜んでるんだと思う。まぁ、見込み違いだけど」
そう言い、真也を憐れむ目で見つめる咲桜。
その視線に気づいたのか、真也はこちらへ振り返り、
「なんだよその目は!イュタベラも勉強出来ないだろ!?」
そう縋るように問うてくる真也。なんだか可哀想になってきた。
そんな真也に、咲桜が無慈悲に言葉を紡ぐ。
「いや、ベラが勉強出来ないって思ってるなら間違いだよ。教科書丸暗記してて多分テスト全部満点」
その答えに、真也は再び頭を抱え、「助けて行飛〜」と行飛の席へ。
と、咲桜は何やら恥ずかしそうにこちらを見ている。なんだその可愛い仕草は。
「咲桜、どうした?」
そう問いかけると、咲桜は一瞬躊躇い、しかし観念したように口を開いた。
「私も勉強し忘れたな…って…」
…な、なるほど。
そういえば昨日、咲桜もカラオケの事で頭がいっぱいだったな。
…もしかして、教えてくれという事なのだろうか。
「あー、もしよかったら、教えようか?」
そう言うと、咲桜はパッと表情を明るくして、頷いた。可愛い。
「そ、それじゃあ、ここだけど…」
そう言って咲桜は俺に近づく。
その距離に胸の高鳴りを覚えながら、俺は鐘の音が鳴るまで、咲桜に勉強を教えていた。
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そしてテストは終わり、今はホームルームの時間である。
教科の違うテストが5つ程あり、余程堪えたのか、皆は疲弊しきっていた。
「テストお疲れさん。明日から普通に授業だから、気合い入れ直せよ」
矢野先生がそう言い、「じゃあまた明日」と席を立つ。
それに倣い、皆も教室の外へ。
正門を潜り、坂を下っていた。
今いるのは、俺、咲桜、紗良、そして真奈美の4人だ。
カラオケを通して、俺たち4人の仲はより深まった。
更に、家が同じ方面らしく、今こうして4人で下校する程には距離が縮まっている。
4人で談笑していると、ふと紗良が口を開いた。
「そういえば、咲桜とベラの家っちどこ?」
咲桜と俺を見て、そう問いかける紗良。
どこ、と言えば、俺は咲桜の家と答えるのが正解だ。
しかし、異性の家が自分の家とは、とても言えない。
兄妹でもなければ、恋人でもないのに同棲しているとは、変な誤解を生むことになるだろう。
「あ、ベラと私一緒に住んでる」
─と、そんな俺の思考を無視して、真実をそのまま口にしたのは、あろう事か咲桜であった。
「あ、ちょ、咲桜!?」
頭が混乱し、真実を口にした咲桜に「まじか…」と視線を送る。
しかし、当の本人は「え?」と真顔で首を傾げていた。その言葉を言うことの重大さに気づけ…!!
そう念じていると、 答えを聞き、言葉を失っていた紗良と真奈美が、同時に口を開いた。
「「あぁ、でもそれもそうか」」
「それもそうか」とは?え、知ってたの?
いつ知ったのだろうか。もしかして俺が態々咲桜と帰宅時間をずらしていたのが仇になったのだろうか。
「え、それもそうかって、なんで知ったふうなこと言ってるの!?知ってたの!?」
俺は堪らずそう聞き返す。
すると2人は、お互いに視線を交わし、再び同時に口を開いた。
「「え、だって2人、付き合っとるやろ?」」
…。
……。
………やっぱりか。
予想はしていたが、やはりそういう結論に辿り着くよな…。
と、若干呆れながら、俺は咲桜の方を見た。
「……」
しかし、咲桜は下を向き、俺と目を合わせようとしない。
はて、どうしたのだろうか。
俺が顔を覗き込もうとすると、俺から顔を背けている。
その仕草を可愛いな、と思いながら見ていると、
「あ、あたしら家着いた。んじゃ、また明日〜」
紗良と真奈美の家に着いていたようだ。
2人は家が隣で、幼馴染なのだという。
手を振る2人に手を振り返し、咲桜の家へと歩を進める。
未だ咲桜は俺に顔を合わせようとしない。
本当にどうしたのだろうか。
よく見れば、少し顔が赤いように見える。
まさか体調でも崩したのだろうか?
「咲桜、大丈夫か?顔が赤いが、体調はどうだ?」
そう問いかけると、こちらを見ないまま、咲桜が返答する。
「…バカ」
突然の罵倒。泣くぞ。
その後も俺と顔を合わせないまま、高峯家に着いた。
家に入ると、咲桜は手を洗い、そそくさと自室へ入っていった。
その動きが気になりつつも、俺も自室へ入った。
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自室は咲桜の部屋ほど華美では無く、どちらかと言えば質素だ。
部屋の最奥の角にはベッドがあり、その隣に本棚がある。
本棚には本が沢山入っており、これは元々咲桜の部屋にあったものだ。
咲桜曰く、「本を読めば日本の常識も自然と身につくでしょ」との事により、こちらへ来てからは本を読むのが日課になっている。
俺はいつも通り、ベッドに寝転がりながら本を読み始める。
─しかし、集中が咲桜の事へ向いており、本の内容が全く入ってこない。
咲桜は本当に大丈夫だろうか。体はどこも悪くないだろうか。苦しんではいないだろうか。
心配はどんどん募っていき、俺は自室を出て、向かいの部屋の扉をノックする。
奥から「んー」と小さな返事があり、俺は「入るよ」と一声かけてから扉を開いた。
「咲桜、体調はどうだ?」
咲桜の部屋に入った俺は、布団に突っ伏している咲桜にそう問いかけた。やはり顔を合わせてくれない。
その問いに咲桜は「大丈夫〜」とくぐもった返答をすると、体をもぞもぞと動かした。
「ほ、本当に大丈夫か?何かの病気に…」
「だーじょーぶ」
若干食い気味で話す咲桜。本当に大丈夫なのだろうか。
もしかすると、病気ではない別の原因があるのかもしれない。
「何かあったのか?」
そう再び問いかけると、咲桜は無言でまたもぞもぞと体をくねらせる。可愛いな、おい。
未だ無言を貫く咲桜。これは絶対に何かあったな。
「何があった?よかったら教えてくれないか?」
俺は、少し体を咲桜の方へ傾けながら、再び問う。
「何かあったなら、俺に相談して欲しい」
そう付け加え、返答を待つ。
すると咲桜は、ベッドに座り込むと、膝に枕を置いた。
その上にまだ赤くなっている顔を乗せ、上目遣いにこちらを見つめる。
…一々可愛いな。
すると咲桜は、枕に顔を填め、言葉を発した。
「…ベラってさ、カッコイイよね」
…ん?
いきなりどうしたんだろうか?
「俺よりは兄の方が断然顔は良いし、弟の方が可愛いぞ」
いきなりの質問に戸惑いつつ、そう返答する。
すると咲桜は続けて、
「…ベラって、好きな人とかいるの…?」
…ん!?
いきなりなんなんだ!?
す、好きな人…?
いや、いない…ことも無いというか…。
「ま、まぁ、今はいないかなぁ〜なんて…あはは」
「…そっか」
俺の返答に、咲桜は何故か安堵したような声を漏らし、こちらを向いた。
「何でもないよ。色々考えてただけ」
「ん?そうなのか?」
そうにっこりと微笑み、咲桜は「ちょっと寝るね」と布団を被った。
恐らく何でもなくは無いだろうが、これ以上詮索するのは得策ではない気がした。
その翌日、咲桜はいつも通り俺に接してきた。
咲桜のその様子を不思議に思いながら、ここでの生活での時は過ぎていった─。