第76話 クリスマス・イブ前日
そうして行飛と別れ、俺は自宅──じゃなかった。咲桜の家へと向かう。
いつもの帰り道を通り、今はもうすっかり見慣れた玄関を通る。
そうしてリビングに身を寄せれば、咲桜の母、美桜子さんが家事をしている。
明日はクリスマス。俺は咲桜に手作りの栞を送るつもりだ。
材料がこの家にある、ということは分かっているが、場所が分からない。
美桜子さんは掃除が好きで、よく物の場所が変わるため、「確かここにあったよな〜」は通用しない。
「あの、すみません。実は──」
「ん?どうしたの?」
食器棚を弄っている美桜子さんに、咲桜に栞を作りたいこと、その為に道具を貸してほしいことを話した。
話し終えると、美桜子さんは直ぐに道具を用意してくれた。美桜子さんだけは、家の物の配置は完璧に頭の中なのだ。
道具を渡され、自室へと続く階段を上がろうと踏み出した時、リビングの美桜子さんの笑い声が。
「ふふっ、やっぱり仲良しね。サクもイュタベラくんも」
小声でそう呟いた美桜子さん。
その言葉の真意を考えながら、自室の扉を開けた。
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作業が終わり、俺の手元には今、咲桜に渡す為の栞が二枚ある。
一枚は桜の花びらが、もう一枚はコスモスの花が、それぞれの厚紙に彩りを与えている。因みにコスモスは、行飛が行こうとしていた花屋で買ったものだ。
そして、二枚の栞、それに並び一枚、花の押されていない、栞でも無い折りたたまれた紙が一枚、用意されている。
その紙は栞として機能させるには、大きすぎる。
そう、これは──
「やっぱ捨てるかな、このラブレター的なやつ…」
そう、この紙には、要約すると『咲桜の事が好きだ、返事が欲しい』という内容が書かれている。
しかし、これを渡すのは何か違う気がするのだ。
一応咲桜には、クリスマス当日は何処かへ出かけようと提案する予定だ。
何故予定かといえば、今家に咲桜がいないからである。帰ってくれば、すぐにでも伝える予定だ。
そしてその出掛けた先で、この手紙とプレゼントを渡せば良いのでは?と一度は考え、こうして行動に移した訳だが。
「うーん、捨てるかぁ。後になって恥ずかしくなる、絶対」
折りたたんだ紙を、部屋の少し奥にあるゴミ箱へ投げ捨て──
「ただいま〜。ベラ、どうしたの?お母さんがベラが呼んでるって言ってたけど──」
捨てようとした時、部屋がノックされ、咲桜が部屋へ入ってくる。俺は咄嗟に手の中の栞をバッグに隠し、振り向く。
「あぁ、おかえり。いやぁ、せっかくだからクリスマス当日…明日だな。明日何処か行きたいなと思って」
バレないように口調を元に戻し、少し笑みを浮かべて話しかける。
それを聞き、咲桜は「あ、ちょっと待ってね」とスマホを取り出し、表面を指でなぞる。ほんの一瞬待ち、咲桜が顔をあげ、
「私も暇だから、遊びに行こっ!」
と、屈託のない笑顔で返答した。
心の中で、咲桜が承諾してくれたことに安堵し、時間を指定して咲桜は自室へと戻って行った。
「…はぁ、よかったぁ…」
思わずベッドに倒れ込み、声を漏らす。
そして、今日の疲労が溜まっていたのか、そのまますぐに寝てしまった。
その扉の向こう、廊下で立ち尽くす咲桜は一人、
「──後で梓ちゃん達に謝らないと…。でも、ベラから誘ってくれたっ…!」
そう呟き、頬を赤らめるのだった。