第74話 兄は、弟の為に
バッグの中にある、この桜の花弁。
兄さんの指示によって、咲桜に上げる栞の材料を入手した訳だが、一体──
「兄さん、なんで分かったの?未来予知なんて出来ないよね?」
兄が使える物は、あくまでも読心術だ。決して未来予知などではない。なら、何故…。
「あぁ、その通り。俺の専門は読心術だ。だから、読心術を使った」
「…どういうこと?」
読心術は、その名の通り心を読む術だ。それ以上でもそれ以下でもない。
よって、おかしいのだ。兄さんが、数秒後に起きる事象を読むのは。
心中、そのような懐疑の念を抱いていると、見かねた兄さんは「あのな」と説明を始める。
「そこまで分かってるんだったら、考えてみろ。読心術といっても、誰が人の心しか読めないなんて決めたんだ?」
「あっ…」
その一言で、全てが分かった。それと同時に、俺は兄さんに対して多少なりとも恐怖を覚えた。
要は、先程の兄さんの未来予知。そのカラクリは、花もしくは空気の心を読んだ、ということだ。
自然に心という概念があるのかは定かではないが、このバッグの中を見る限り、多少なりとも心は読めるようだ。
人間が自然の中に生息している以上、自然の影響を受けるが、この兄さんの読心術があれば、どうなるだろうか。
自然は、人間の生活を豊かにする。その反面、大災害をもたらす事もある。
兄さんの読心術が、いや、兄さんの心が、正常であるなら良い。
その能力は、大災害をいち早く察知し、被害を最小限に抑えることが出来るようになるだろう。
しかし、仮にだ。カリステアに、悪意を持った者が現れたら、どうなるだろう?
カリステアで、兄さんの読心術を知らないものはいない。
その噂が広まり、もし、悪意を持った、尚且つ『洗脳』できる者が現れれば──。
「イュタベラ、そういうとこだぞ」
「むぐっ!?」
想像がそこまでに至った途端、兄さんの両手が俺の頬を挟む。しかし力が強い。潰れる…
そして兄さんは手を離し、その両手を腰に当てる。これは、説教をする時の合図だ。
「お前は想像力が豊か過ぎる。妄想癖はいい加減にしろ。そうやって根も葉もない事考えたって仕方ないだろう。もう少し考えないようにすることを考えろ。難しく考えるのは体に毒だ」
「兄さん、それは難しすぎるんじゃ…?」
「知らん」
「無責任な」
考えないようにすることを考える、か。
確かに、俺自身自覚はある。
いつも根拠の無い想像、いや、妄想をしては、一人で悩んで立ち止まっている。
それが原因で、臆病になっているのだ。
常に現状維持を望み、変化の先にある自分への不利益に恐怖する。
ショッピングモールでも、兄さんに言われた。
勇気を出せ、と。
まずはやってみろ、と。
兄さんは確かに、見た目は良いが実は金遣いが荒かったり、実は虫が苦手だったり、食わず嫌いだったり──
「おい、それは関係ないだろ」
でも、俺は知ってる。
兄さんの助言は、必ず俺達にとって利益をもたらしてくれる。
それを知っているからだろうか?
少し、この臆病という病を治そうと思えたのは。
これを治す為の、最初の勇気。
この瞬間だけかもしれないが、勇気を出す勇気が、少し湧いてきた気がする。
そして、俺が、その勇気を振り絞って、すべき事は──
「咲桜からの、返事──」
咲桜は、俺が日本に来てからずっと、俺の面倒を見てくれたのだ。
この世界の常識を、無知だった俺を、『誰か、この世界の常識を教えてくれ!』と、絶えず叫ぶ俺の心を、咲桜という存在一人だけで、救ってくれた。
──こんなの、好きになるに決まってるだろ?
この恋が叶わなくてもいい。いや、叶わない事は分かっている。
でも、俺はこれ以上、咲桜に迷惑をかけたくない。
ならば、この曖昧な距離感を、取り除かなければ。
「なるほどな。まぁ頑張れよ。俺の弟な訳だから、顔はいい。自信持て」
「だから、心読むのやめてって」
にやり、と効果音がしそうな程の笑みを浮かべる兄さん。
俺の隣で空気と化す行飛は置いといて、兄さんの隣のヘレナさんも、柔らかい笑みを浮かべている。
「──よし、まずは栞を作ってからだ」
拳を握りしめ、自分に言い聞かせるように、そう言った。
「まぁ、今回は俺の助言だったんだが、ヘレナさんは正真正銘少し先の未来が見えるから、宜しくな」
「最後にぶっ込んでくるのやめて?」