第73話 材料集め
さて、手作りとなると、材料を揃えなければ。
咲桜には花の栞を贈ることにした。咲桜は本が好きだし、花も好きだからな。咲桜も、花の栞は流石に気に入ってくれると思う。
その為の材料に、ダンボール、キッチンペーパー、ティッシュペーパー、リボン、穴あけなど、思いの外材料は多かったが、どれも家で見たことがある。勿論、咲桜の家で。
よって、今手に入れるべきは、栞の材料として使う花だ。
しかし問題なのは、今の時期。
植物は本来、暖かい時期に咲くものだ。しかし今は、冬。とてもとても寒い。あぁ、寒い。至る所に花弁のついていない木がある。
つまりは、栞に良さそうな花を探そうにも、まず花自体が見つからない。
ショッピングモールを出たはいいが、花を見つける旅が始まりそうだ。
「花か…流石に花は作れないなぁ」
「冬やけんなぁ…。今はないやろ。あるとしても枯れとるよ。ん?作る?え?」
兄さんの発言に行飛が引っかかっているが、関係なし。
と、そこへ──
「花なら、先程ありましたよ?」
細く白い手が挙がった。ヘレナさんだ。
「ワイガーさんと散歩しているとき、見ましたよ。紅一点といった様子で、向こうのどの花よりも美しくて珍しかったので、覚えていたんです。」
にっこりと微笑み、「確かあちらの方でした」と通りの方を指さすヘレナさん。これは良い事を聞いた。早速行ってみよう。
「え、作るっち何?花っち作るもんなん?」
行飛の事は置いといて、出発!
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「確か、この辺りだったはずですけど…あっ」
来たのは普通の、いや、日本では普通の道路。その傍らに咲くのは、一輪の──
「これは…桜?」
「え、まじであるやん。この時期に桜とか見たこと無かったわ」
天に向かって伸びる枝には何も無い物の、歩道に突き出す枝には、確かに桃色の花弁がその姿を保っている。これは奇跡的なのだが。
「よくこんな小さな花覚えてたな、ヘレナ。んじゃ、この花を栞に──」
「あれ、ちょっと待って。桜っち、花とったら犯罪になるんやなかったっけ?ちょっと調べるわ」
兄さんが花弁に手を伸ばすが、行飛が待ったをかける。そして、スマホで検索をし始め──
「あ、あったあった。やっぱり、ここっち他人の家やん?他人ん家の桜とったら犯罪っちよ。やっぱ花やったら花屋行こうや」
スマホの検索画面を俺たちに見せ、それに対し兄とヘレナさんは「なんだこの板」といった表情でスマホを眺める。
花屋に行くか…。そう思った時だ。
兄が、ワイガーの声が、俺たちの動きを止めた。
「待て。イュタベラ、ちょっと前。」
「え、どうしたの?」
「いいから早く」
兄さんのそのよく通る声は俺の鼓膜を震わせ、訳が分からずともそれが最前の行動であることを思い知らせてくれる。
兄さんに言われた位置に着くと、「そこで、そのバッグを開けて、口を広げて数秒待て」との指示を受け、言われた通りに。バッグのチャックを開け、口を上向きにして何かを待つ。
行飛は何が何やら分からない様子で、しかしこの行動を咎める様子は無い。ただじっと、待つだけだ。
そして、数秒後。
一陣の風が吹いた。
大きな音を立て、風は吹き去っていく。
そして、風が止んだ直後、兄がしたり顔で言った。
「この枝を折る事が犯罪になるんだったら、自然とこの花が落ちるのを待てばいい。そう思わないか?」
俺のバッグには、先程の桜の花弁が入っていた。