第6話 咲桜とクラス
─そこでは、沢山の人間が、多種多様な反応を見せていた。
「え、転校生男かよ〜!!」
「髪青いし目の色紅いし、外国人やん!!」
「カッコイイ〜!!ねぇ杏奈、後で話してみよ!!」
「おい行飛、後で声掛けよ。1人じゃ不安だ」
など、様々な反応を見せる室内。
その中には、咲桜を虐めていた3人や、先程会った紗良と真奈美の姿があった。
そして─
「はい、お前ら静かに。この人はイュタベラ・カリステアと言う。日本語は話せるから安心しろ。席は─そうだな、高峰の隣にしようか」
しん、と静まり返る室内。
しかし、視線は鋭く、咲桜の方を見ていた。
咲桜は視線に気付くと、現実から逃げるように下を向いた。
…咲桜は、嫌われているのだろうか?
…何故だろう…一体、何故…。
「どうした、イュタベラ。席に着け」
矢野先生にそう言われ、我に返った俺は、指定された席へと向かった。
「咲桜、ここでもよろしくな」
「…うん」
小声でそうやり取りし、少し先生が話して集団の活動(『ホームルーム』と言うらしい)が終わる。
それと同時に、何処からか鐘の音が聞こえた。
その音に驚きつつ、咲桜の方を見た。
隣にはもう、咲桜はいなかった。
――――――――――――――――――――――
咲桜を探そうと、俺は席を立つ─筈だったのだが。
「何処から来たん?イギリス?アメリカ?」
「兄弟とかおるん?」
「部活何入るん?陸上入らん?」
「今日放課後遊び行こ!」
鐘の音が鳴った直後、わらわらと俺の席の周りに人が集まり始める。
…俺は、怒涛の質問攻めに会い、行く手を阻まれていた。
これでは、咲桜を探しに行けないではないか。
「あ、ごめん。咲桜どこか分かる?」
─そう問いを投げた瞬間だ。
俺は、場の空気が凍りついたような錯覚を覚えた。
まるで、上級魔道士が氷の範囲攻撃をしたかのように、室内の空気が張り詰めている。
先程もそうだったが、咲桜はこのクラス全員から嫌われているのだろうか?
…そんなことは、無いはずだ。
「お前、高峰とどんな関係なん?」
ふと、そんな声が俺の耳に届いた。
「そうやん。なんで高峰探しよると?」
「高峰に付き纏ってもおもんないよ?」
「あいつ根暗やし、いっつも独りやし、『あの話』もガチで信じとるし、頭終わっとんよ」
と、その声が引き金だったように、俺の周りから次々と咲桜への悪口が聞こえ始める。
…これは流石に、頭にくる。
先程の門前で会った紗良と真奈美もそうだが、こいつらは咲桜の事を知らないからこんな事を口にできるのだろう。
自分が知らない人間の事を悪く言うとは…
…なんと、愚かなんだろう。
「てか、あいつ居ても居なくてもどうでも良くね?」
ふと、誰かがそう言った。
その瞬間、俺の中で何かがプツン、と切れた。
「お前ら、いい加減に─!!」
「あんたら、何言っとん?」
「咲桜、めっちゃいい子やん。どうでもいいとか、まぢ無いわ〜」
俺が激昴し、怒鳴るのを、2つの声が遮った。
聞いた事のある声。
─俺の前には、紗良と真奈美が立っていた。
――――――――――――――――――――――
「紗良も真奈美も何言いよん?」
「いい子って、そりゃないぞ?ははっ、虐めの発端のお前らがそんな事言うとか、めっちゃ笑える…ははははっ」
目の前に立つ紗良と真奈美。
今度はその2人が、咲桜の代わりに侮辱されている。
いくら先程咲桜を虐めていたとはいえ、これはこれで見逃せない。
と、席を立とうとする俺を、2人は後ろ手で制した。
「あたし、さっき正門で咲桜とイュタベラくん見かけたんよ?んで、あんたらみたいに咲桜の悪口言ったんよ」
「そしたらイュタベラくん、ガチ切れしちゃって、イュタベラにも咲桜にも、なんか申し訳なくなったっちゃんね」
俺と最初に会った時のことを、目の前の連中に話し始める咲桜と真奈美。
「それで、勢いでさっき真奈美と一緒に咲桜に謝ったんよ。そしたら咲桜、なんち言ったと思う?」
そう問いかけ、しかし回答を求めていないのか、少し息を吸うと、再び紗良が口を開く。
「『別に私の事はいいよ。でも、本当に申し訳ないと思ってるなら、ベラ誘ってカラオケ一緒に行こう』っち言ったんばい?」
「まじウケるよね〜」
そうして、互いに笑いかける咲桜と真奈美。
―俺が職員室に言っている間に、そんな事があったとは。
紗良も真奈美も、根は良い人だったのだろうか。
「やけん、咲桜の事悪く言ったら、あたしと─」
「あーしも許さんけん、覚悟せなよ?」
腕を組み、連中を睨みつける紗良と、指の骨を鳴らし、威嚇する真奈美。
その姿はどこか頼もしかった。
すると、咲桜の悪口を言っていた連中は静かになり、紗良と真奈美から目を逸らす。
─と、その時だ。
「ベラ、矢野先生が職員室まで来るようにって言ってたよ…って、ベラすごい人気だね。でもなんか雰囲気悪いような…」
そこで、運が良いのか悪いのか、咲桜が室内に戻って来た。
連中は思わず咲桜の方を見ると、体を一斉に咲桜の方へ向ける。
その様子に咲桜はビクッと肩を震わせ、ドアに手を掛けると、
「あ、えっと、それじゃあまた…」
「「「ごめん!!!!」」」
「ふぇっ!?」
教室から出ようとする咲桜に対し、連中は一斉に頭を下げ、先の非礼を侘びる。
その姿に、何のことか分からず、素っ頓狂な声を上げる咲桜。
そんな咲桜に、歩み寄る姿が2つ。
「咲桜、こいつら虐めよったの謝りよんよ。どする?」
「あーし柔道やりよるけ、薙ぎ倒せるけど?」
「いきなり物騒です…」
咲桜に歩み寄る紗良と真奈美。咲桜は突然の皆からの謝罪に困惑し、完全に脳がパンクしていた。煙が見えそうだ。
と、不意に紗良は、思考が追いつかない咲桜の肩に手を置いた。咲桜の肩が50センチほど浮いた。
「で、どうする?許す?許さん?」
「咲桜が決めり」
いきなり許すだの許さないだの言っている2人に、咲桜はようやく状況を理解したようだ。
咲桜は連中に体を向けると、言葉を発する。─事はせず、何故か咲桜も頭を下げた。
「わ、私も、ごめんなさい…。根暗でボッチで話し掛けづらくて重度のオタクでクラスで浮いててごめんなさい…」
「おい待て、俺は何の事だか全くわからんが、咲桜はもう少し自分を良く評価していいと思うぞ」
自分の非を並べ立てる咲桜に、思わず突っ込んでしまった。
しかし咲桜は俺の言葉は気にもとめず、「でも」と言葉を続ける。
「もし、私を許してくれるなら、お願いがあります…。」
と、咲桜は顔を上げ、同じく顔を上げた連中に笑顔を向けた。
「私も皆と、タメ口で話していいですか…?」
そう言って咲桜は、連中の返答を待つ。
─10数秒秒経った時だ。
「ぷふっ」
誰かが吹き出したのだ。
それが伝染するように、周りの人も吹き出し、笑っている。
室内が笑いの渦に呑まれる中、咲桜はポカン、と立ち尽くし、チラッと俺の方を見る。いや、俺も何が何やら…。
「あはは、ふぅ…いや、ごめん、紗良と真奈美の気持ちが少しわかったわ。高峰さん面白いな」
そう言ったのは、連中の中でも特別背が高い、細身の男だった。
その男は、このクラスのリーダー的存在なのか、咲桜に1歩近づき、向かい合う。
「紗良と真奈美から聞いたけど、カラオケ行くんやろ?僕らも行っていい?」
「なぁ、皆も行きたくね?」と、男は振り返り皆に問いかける。
「行飛がいいんやったら俺もいい」
と、続いて声を発したのは、行飛と呼ばれた男とは対照的に背が小さく、しかし筋骨隆々とした男だ。
その2つの言葉に、皆一斉に賛同するように頷いた。
「あ…えと…それじゃあ…ありがとうございます…。それと、タメ口の件は…」
「ありがとうございますじゃなくて、『ありがとう』やろ?タメ口でなら、これ『常識』やん」
咲桜が先の問の答えを聞くと、行飛はその言葉を訂正する。
その言葉は、もう先の問いを肯定していた。
それに対し咲桜は、おずおずと再び頭を下げる。
うん、やっぱり平和が1番!!
─と、この問題、『クラス単位での咲桜の虐め』は、あっさりと解消した。
「それじゃ、放課後イュタベラくんの歓迎会として、カラオケで盛り上がろ〜!!!」
─そうして、放課後は俺の歓迎会をして、楽しい思い出を作った。
この世界の曲を知らなくて、何も歌えず赤っ恥を書いたのは秘密だ。