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誰か異世界の常識を教えて!  作者: 三六九狐猫
第七章 修学旅行
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第66話 僅かな長い時間

 

 こうして、長いようで短かった京都巡りも最後、最終目的地の地主神社へとやってきた。


 ここでの目的は、レポートを書くのはもちろん、とある伝承を実行するためだ。


 その伝承というのが、この地主神社の大通りには、大きな石が二つ、間隔をあけて設置されている。その片方から目をつぶってもう片方の石へ向かい、無事にたどり着くことが出来れば、その者の恋が成就する、というものだ。


 どうやら、それをしている最中、周りの人々が野次を飛ばすらしい。


 例えば、「ちょっとズレてる、もう少し右」と的確にアドバイスをする者もいれば、逆に嘘のアドバイスをする者もいる、といった具合だ。


 そんな地主神社へと足を踏み入れた俺達は、大まかに敷地内を探索してレポートを書く。皆早々に書き終わると、レポートを全て書き終わった安堵感からか、いつも以上にはしゃぎながら再度敷地内を探索している。


 真也と梓はそれぞれ違う色のお守りを買うが、しかし二人の脳裏に浮かんでいる人物像は違う。


 真也は隣の少女を、梓は恐らく──いや絶対俺の弟、ミロットの事を思い浮かべている。


 それに対して、行飛は例の石の場所へ行き、他の観光客へ野次を飛ばしていた。


 俺はというと、咲桜と一緒にもう少し敷地を探索していた。



「ベラ、最初は建物はどうでもいいって言ってたけど、いざ来てみるとどんどんハマってるね」



 俺が建物の作りに夢中になっていると、不意に咲桜が笑いかける。


 今度はその微笑に見惚れながら、言葉を返す。



「なんだろうな、いざやってみると、面白い発見とかがあっていいんだよな。カリステアにも活かせそう、とか思ったり」


 そう言って辺りを見れば、真也と梓の姿はない。ここは行飛のいる場所より少し遠いため、恐らく真也たちは行飛の所だろう。


 あの石の場所で皆集まっている。「さ、行飛の所へ行こう」と、隣の咲桜へ呼びかけた、その時だった。



「──ベラ、もうすぐそっちに行っちゃうの?」



 その声は震えており、表情も悲壮感に満ちていた。今にも泣き出しそうな、しかし涙は見せず、俺に問いかける。


 周りの人々が放つ騒音が、この一瞬、世界から消えた。それほど、咲桜の言葉は俺の心を打ち、俺に咲桜以外の全ての音を遮断させた。



「──あぁ、そうだな。あと四ヶ月くらいか?」



 今は十二月。日本へ始めて来たのは五月。父さんとの約束は、日本へ来てから一年後の日に迎えに来る、というものだ。五月から一年後、つまり四月に迎えが来るだろう。カリステアと日本の時間軸は全く同じだ。


 俺が返答すると、咲桜は俯き、黙り込む。なるべく明るく振舞ったのがいけなかったのか、先程以上に表情は暗い。


 と、数十秒後、再び咲桜は顔を上げた。その表情は未だ負の感情を貼り付けている。



「──あのね、ベラ」



 重い口を開け、俺の鼓膜に咲桜の声が鳴り響く。いつもの透き通るような、いつまでも聞いていたい声ではなく、掠れた、弱々しい、今にも耳を塞ぎたくなるような、そんな声。



「な、なんだ?」



 思わず一歩後ずさり、その言葉の先を促す。



「あの日のこと、覚えてる?」



 そう言うと、咲桜は笑顔に──いや、偽物の笑顔を貼り付け、再び俺に問いかけた。


 ()()()。それはどの日なのか、どのことなのか、普通なら分からないだろう。


 だが、今の俺は、なぜだか分からないが、咲桜の問わんとしている事が、瞬時に理解出来た。


 恐らく、咲桜が言っているのは、あの、文化祭の日。





 ──俺が、咲桜に告白した日。


 いや、あれは告白とは言えない。俺はまだ、咲桜に大事な言葉を──()()()()()を言っていない。


 だからといって、あの日の、告白まがいな発言を撤回することは出来ない。


 俺が咲桜の事を好き──友達としてではなく、一人の女性として、好きな事は事実であり、これは、例え神であっても覆すことをはないし、あってはならない。


 咲桜が言っているのは、その、俺の不器用な、告白もどき。その返事だ。


 俺はあの日、口を滑らせたあの文化祭の日、俺は言った。「返事は、まだ待ってくれ」と。「時間を空けて、俺が聞きたくなった時に言ってくれ」と。


 相変わらず、俺は愚図だ。自分勝手に告白しておいて、その上返事をするタイミングまでも自分で決めて。


 咲桜もあの日は、勢いに押されてはい、はい、と首を縦に振るばかりだった。


 しかし、咲桜もそこまで、優しくない。いや、違う。咲桜は優しい。訂正しよう。咲桜は、甘くない。


 俺は、咲桜と一緒にいる時間が好きだった。恐らくは咲桜も、俺の事を友達として好いてくれているとは思う。


 しかし、その関係が色恋沙汰へ発展するとなれば、話は別だ。


 日本の漫画でも、よくあった、あのセリフ。



「あなたのことは、友達として好きなの」



 その言葉が、脳から離れない。離してくれない。


 そう、俺は最低最悪の愚図だ。だから、咲桜のこの質問にどう答えるか、そんなのは決まっていて──



「覚えてる、が、返事の事なら、まだ待ってくれ。心の整理がついてないんだ。あの日言ったことは紛れもない事実だが、俺もあんな事を言ってしまうとは思わなかった。俺に魅力などないと分かっているのに」


「だから、」と、冷たく凍える空気を吸い込み、続ける。



「もう少し、待ってくれ。頼む」



 あぁ、本当に俺は、男としても人間としても最低だ。






「──あのね」



 下げた頭の上で、咲桜の声が響く。その声は先程とは違い、真っ直ぐ、語りかけるような声だった。



「ベラは、自分に魅力はないって言ってるけど──」



 頭上から、咲桜の声が降ってくる。その声が、少し近くなっている気がした。



「魅力がない人の周りに、こんなに人って集まるかな?」



「──?」



 一瞬、その言葉の意味を理解できなかった。しかし、数秒考え、はっとした。


 これは、俺を慰めてくれているのだと。咲桜から、幾度となく貰った、優しさだと。


 なんで、こんな愚図に、咲桜は、暖かい言葉を──俺が、自分を卑下しつつ、それでも心の中で一番聞きたかったその言葉を、どうして躊躇いなく言えるのだろう。



「自分に魅力がないって思うのは、当たり前だよ?だって、自分の目で自分って見えないでしょ?」



 咲桜の言葉は暖かく、心に深く浸透する。また、咲桜の声が近くなった気がした。



「大事なのは、周りがどう思ってるか、って私は思うよ。自分だけで考えちゃうと、どうしても嫌な方向にいっちゃうから。」



「私もそうだよ」と、そう言った咲桜の声は、頭上からは聞こえなかった。


 代わりに降ってきたのは、温かくて、暖かくて、柔らかいもの。


 これは──手だ。咲桜が、俺の頭を撫でている。


 その温度に、物理的にも、精神的にも冷えきった思考を融かされ、心が開放されていく。



「私も偉そうなこと言える立場じゃないけど、一人で考え込むのはやめた方がいいよ。」



 そして顔を上げると、咲桜は人差し指を突き立て、ドヤ顔で、



「これ、『常識』だから」



 久しぶりに聞いた、その言葉。


 思えば最初、咲桜の家に泊まる切っ掛けとなったのが、この『常識』だった。異世界の常識を知る。それが当初の第一の目的で、咲桜は善意で協力してくれた。


 多分、あの時から咲桜の事が好きになっていたんだろうな、と思い出に浸りつつ、俺は一言、



「約束、ちゃんと覚えてるんだな」



 そう言って、この場の空気を変える。いつも俺たちの間で流れる、楽しく明るい空気に。


 そうしてお互いがいつも通りに戻ると、咲桜は最後に、



「返事もまだ待つからね。あ、でも、あっちに帰るまでには聞いてね?」



 と、そう締めくくり、同時に迎えに来た行飛ら三人のと共に、例の石へ向かった。

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