第5話 芽吹中学校入学
坂を登り、門の前に立つと目の前には大きな建物が建っていた。
外壁は白く、見たところ3階建てで、屋上もある。
壁には沢山の窓が配置されており、外からでも少しは中の様子が伺えるようだ。
出入口前には教師が数名立っており、すれ違う生徒に挨拶をしている。
また、現在地の隣には小さな施設の様なものがあり、こちらは窓が閉まっているため、中の様子は確認できない。
─ここが、『学校』。
初めて見る建物に、少々緊張していると、隣から咲桜が脇を突いてきた。
その行動に驚き、少し後ろへ下がった俺に、咲桜はジト目で、
「そんなにジロジロ見てると不審者みたいに思われるよ。ただでさえ髪と目の色が珍しいんだから、騒ぎになる前に早く中行こ」
よく周りを見てみると、俺と咲桜の他に、大勢の人間が学校に向かっている。
その全員が、俺と咲桜─いや、俺の方をじっと見ている。
しかし、騒ぎになるような様子もなく、周りの人達は俺から視線を戻すと、学校へと歩を進める。
咲桜の考えは杞憂だったのだろう。
─と、思った矢先である。
「え〜!?誰あの男子、めっちゃカッコイイんやけど〜!!」
「それな〜!!髪色青で目の色赤って、もしかして外国人やっか?背高いし、あーしタイプかも〜!!」
と、遠くからでも聞こえる声で、はしゃいでいる声が2つ。五月蝿い。
段々と近づいてくる2人は、どちらも長い髪を後頭部で束ねているが、その髪は金色に輝いており、周りの黒髪の人達とは雰囲気が異なる。
1人は肌が透き通るように白く、もう1人は反対に健康的な褐色の肌をしていた。
また、彼女たちが来ている服(咲桜から『制服』と呼ぶことを教えて貰った)は、上着こそ薄い半袖であるものの、『スカート』の丈が極端に短く、スラリと長い素足が多めに露出されている。
と、そんな2人は俺の隣、咲桜の存在に気づくと、分かりやすく顔を顰めた。
「え〜?何であんな奴と一緒におるん?ありえんのやけど〜!!」
「あんな地味な子より、絶対あーしらの方がイケとるやん〜!!」
…と、隠す様子もなく咲桜を罵った。
ふつふつと怒りが込み上げ、一歩足を踏み出した瞬間、隣にいた咲桜が、俺の制服の裾を摘んだ。
「いいから、大丈夫。もう慣れたから」
そう言う咲桜は、怒りと悲しみと、その他の複雑な感情が入り混じったような表情をしていた。
─そんな顔、見てられない。
俺は「いや、行ってくる」と、裾を摘んだ咲桜の手を解くと、2人の方へ。
1人が俺が近づいている事に気付いたのか、「こっち来よるんやけど!」ともう片方に話し掛ける。
そして、2人の目の前に立つと、
「どうも、イュタベラ・カリステアと言います。よろしく」
と(まずは)一言。
すると2人も同じように、
「アタシは今井紗良で、こっちが─」
「あーしが時野真奈美っち言いまーす!」
と、自己紹介を返してきた。色白が紗良で、色黒が真奈美と言うらしい。
「よろしく」と2人が手を差し出してきた。それを俺は言葉だけで今一度「よろしく」と言うと、2人に1つ質問をした。
「ここの事がよく分からないんだけど、ここって人を虐めるのは常識なのかな?」
そう質問する俺に、2人は苦い顔。しかし、直ぐに笑顔を作ると、返答する。
「いや、虐めぢゃないけん?ただ、現実を見せてあげよるだけってゆ〜か〜」
「イュタベラくんにあの子は勿体無いき?あ、そんなことより放課後あーしらとカラオケ行かん?遊ぼ!!」
2人は咲桜の事など殆ど眼中に無いようだ。
─咲桜のことを、『そんなこと』だと?
──許せん。
「君たち、咲桜の何を知ってるの?」
つい、そんな言葉が口をついてでた。
その質問に、2人は再び苦い顔をする。
「現実見せただけ、とか言ってたけど、実際、咲桜は可愛くて性格もいいよ。少なくとも、俺に対しては凄く優しく接してくれてるし、俺も助かってる。そんな咲桜を知らないお前らの方が可哀想だ。だから─」
そこで言葉を切ると、1度深呼吸。そして、言葉を続ける。
「今後咲桜を馬鹿にしたら、絶対に俺が許さない」
そう言い残し、俺は咲桜の元へ。
紗良と真奈美は呆然と立ち尽くしていたが、そんなことには気にも留めず、咲桜の手を引いて歩き出す。
と、俯いた咲桜が口を開いた。
「ベラ、その…」
歩きながら俺を見上げると、再び口を開いた。
「その……ありがとう…」
顔を赤らめ、小さな声でそう呟く咲桜。
その感謝を受け、俺たちは学校の玄関へ辿り着いた。
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下駄箱で靴を脱いでいると、1度『職員室』という場所へ行くようにと、玄関に立っていた教師に指示された。
そこで咲桜と別れ、俺は今職員室に居る。
「イュタベラくんだね。私は君のクラスの担任を務めている、矢野貴史だ。矢野先生と呼んでくれ。教科は社会を教えている。よろしく」
と、自己紹介するのは、黒い服に布(『ネクタイ』と言うらしい)を首から下げた─『スーツ』姿が良く似合う、色白の体格の良い男性だった。
目付きが鋭いが、話す声はどこか聞き手を包み込むような優しい声音をしている。
矢野と名乗った教師は、俺の目の前の『ソファ』で寛ぎながら、この後の流れについて説明をした。
「この後は、私と一緒に、私の受け持っている2年3組に来てもらう。君はクラス前の廊下で待機して、私が『入れ』と言うから、それを合図に中に入ってくれ。騒がしい連中だが、大目に見てやって欲しい。」
と、簡潔にそう説明すると、矢野先生は立ち上がり、「それじゃあ行こうか」と職員室の出口へ向かう。
それに倣って、俺も出口へ向かった。
「あぁ、それと」
と、出口前に立った矢野先生が、ふと俺の方へ振り返った。
いきなりの行動に驚きつつ、「どうしました?」と俺は首を傾げる。
「君が独りになると行けないから、高峰さんと同じクラスにしたんだが、良かっただろうか?」
と、苦笑しながら矢野先生が問いかける。
それに対し、俺は「ありがとうございます」と短く、努めて冷静に答えた。
─その俺の表情が、嬉色一色に染まっていたことには、俺自身気づいていなかったが。
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その後、教室にて─。
俺は指示通り、扉の前で指示を待っていた。
──まさか、俺が学校に行くことになるとはな。
無理矢理異世界召喚されて、知らない森にいて、そこで虐められていた咲桜を助け、その咲桜に衣食住、そして知識を貰った。
正直、ここまで優しい人間が居るとは思わなかった。
俺がいた世界では、皆要望を叶えるにはそれに相当する対価を用意していた。
金や物品、もっと大きな依頼だと、地位や名誉を用意している者もいた。
要望や依頼を叶える側も、それなりの対価を期待していた。
─でも、咲桜は違った。
対価を必要とせず、何も無かった俺に、無償で『常識』を教えると言ってくれた。
常識とは、その世界を生き抜く上基本となる知識であり、最も重要な知識とも言える。
それを出会って直ぐの、素性も知らない俺に教えてくれた咲桜には、本当に感謝しかない。
しかし、俺もまだこの世界の常識を正確に理解した訳では無い。
だから、今後とも咲桜に、この世界について教えてもらいたい。
──できれば、ずっと─。
と、物思いに耽っていると、
「─じゃあ、ホームルームはこれくらいにして、お前らが楽しみにしている転校生の紹介をする。入れ」
合図があり、俺は慌ててドアに向かって立つ。
─この先には、どんな世界が広がっているのだろうか。
異世界から来た俺の事を、認めてくれる人は居るだろうか。
ガラガラ…
様々な思いを、これから起こるであろう出来事への期待を原動力に、ドアを開ける力を込めた─。