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誰か異世界の常識を教えて!  作者: 三六九狐猫
第一章 不本意な始まり
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第4話 第一回高峰家家庭内裁判

 その後、食卓にて─。


 咲桜の両親が帰宅し、あらかた事情を話し終えた俺と咲桜は、目の前に出された『紅茶』を啜っていた。


「つまり、サクが森で虐められてたのを、異世界?から来た…えっと…イュタベラくん?が助けてくれたのね?」


 と、母が確認してきた為、その話を肯定した。


 すると母は、何やら拳に力を込め、目付きを鋭くすると─


「サク、虐めを受けてたのね…。学校燃やそうかしら」


「心配は嬉しいけど仕返しが割に合ってない!」


 母の怒りに、咲桜が全力で抗議。


 そして咲桜は「それに」と言葉を続けると、


「別に暴力受けてるわけじゃないし、多分悪ふざけだもん。─それに、これからは、えと、ベラが居てくれるし…」


 と、顔を赤らめながらそう母に言った。


 そんな娘の姿を隣で見守っていた父が「ん?咲桜?」と右手を挙げた。


「その、ベラくんでいいのかな?その子が居てくれるからいいって、どういう事?まさか同棲する訳じゃないだろうし」


 と、父は冗談めかして咲桜に問う。

 しかし咲桜は、下を向いたまま、父の方を見ようとしない。


 それはもう、父の冗談を肯定した様なものだった。


「……え?」


 唖然となる父。そりゃそうだ。知らない人がいきなり同棲するんだから。俺もビックリしてるもん。


「…いや、あのぉ〜、ね?分かるよ?虐めから助けて貰った恩人だもんね?うんうん。ときめくよね。でも流石に直ぐ恋人&同棲ってゆーのは、ちょっと早すぎるんじゃないかな?ね?そうだよね?ね?」


 と、父は早口に咲桜を説得する。


 しかし咲桜は、再び両親と向き合うと、


「いや、恋人じゃないし、同棲って言っても右も左も分からないベラにここの事教えてあげる上で効率がいいからそういうことにしたの!」


 こちらもまた、早口で両親に対抗する。


 こうなったら俺も、何か意見を言うべきだろうか…。

 そう思った矢先、先に口を開いたのは少し考え込んでいた母だった。


「まぁ、いいんじゃない?人助けはやって損はないから。それに、咲桜の初めての彼氏だし、同棲していればお互い色々と知る機会も増えるでしょ」


「ちょ、美桜子(みおこ)!?」


 母が咲桜の説得に納得するが、未だに反対し続けるのは父だ。今更だが、咲桜の母は「美桜子」と言うらしい。


 咲桜は「だから彼氏じゃないってばっ!」と改めて否定しつつ(俺はめちゃくちゃ傷ついてます)、母の説得は成功したと今度は父の方を見た。


「…サクラがそんな顔しても、父さんは認めんよ」



 咲桜はじっと、父を見つめている。



「…」



 父はじっと、咲桜を見つめている。



「…」




「…」




「…認めます、はい…」


 睨み合いの末、やがて父が根負けし、俺の同棲は決定となったようだ。


 嬉しいような、申し訳ないような、その他の複雑な感情が俺の中で渦巻く中、この度の家庭内裁判は幕を閉じた。



 ――――――――――――――――――――――

 話し合いが終わると、外はすっかり暗くなっていた。


 その後の話し合いで、俺は何やら『学校』という場所に行くことになったらしい。咲桜が言っていた場所だろうか。


 何やら手続きが必要らしいが、咲桜の両親が全てやってくれるとの事。ありがたや…。


 そうすると、咲桜の母は「それじゃあご飯作るわね」と席を立ち、父は「じゃあ父さんは手続きをしてくる」と奥の扉へ向かった。


「ねぇ、ベラ」


「ん?」


 2人きりになると、突然咲桜が話しかけてきた。


「さっきの話だけど…」


 俺にぎりぎり聞こえるような小さな声。


 さっきの話…?


 あぁ、俺の今後を巡っての家庭内裁判の話だろうか。


 実はあの後(父が根負けした後)、咲桜の母は「それじゃあ今日からイュタベラくんは高峰家の長男だから、気軽に接していいわよ」と言ってきた。


 それに対して俺は「あ、はい…」とあやふやに返答し、今後の距離感について考えていた。


 でもやはり、異世界から来たという俺の奇々怪々な発言を、怪しむことなく信じてくれた咲桜や咲桜の家族には、感謝しかない。


「んー、やっぱり、素直に嬉しいかな」


 と、声をかけてきた咲桜にそう返す。


 すると咲桜は何故か「あぅぅ…」と変な声を出しながら、顔を赤らめた。どうしたんだろうか?


「どうした?」


 そう咲桜に聞くと、咲桜は「何でもない、馬鹿」と罵ってきた。なんで?


 と、不意に奥の扉が開いたかと思うと、中から父が出てきた。


 手続きをするといいながら手ぶらの父に、


「手続きするんじゃ無かったんですか?」


 と問いかける。


 すると父は、「敬語じゃなくていいよ」と俺に片目を瞑り、ポケットから何やら手のひらサイズの物体を取り出した。


「これは『携帯電話』と言ってね、遠くにいる人でも会話ができるんだよ。これで学校側と連絡をとって、手続きを済ませたんだ」


 『携帯電話』か。そんな便利な物がこの世界にはあるのか。


 というか、仕事が早すぎる。どこかの仕事を全て自分の息子に押し付ける国王とは大違いだ。


 と、全員が揃ったところで、何やら食欲をそそる香りが部屋中に漂ってきた。


 「そろそろ完成するわよ〜」


 そう母が言うと、父が俺の向かいの席に座り、咲桜が席を立って、器を棚から取り出す。


 最後に母が皿に料理を盛り付け、完成だ。


「今日はカレーよ〜。イュタベラくんの口に合うといいんだけど…」


 と、『カレー』を皿に盛りながら、母が俺に視線を向ける。


 見た目は、赤みがかった茶色い液体の様なものが、元いた世界のライスの様なものの上に被せる形になっている。


 …美味そう。


「それじゃ、食べましょう」


 母がそう言うと、父と咲桜、母が何故か合掌をし始めた。


「「「いただきます」」」


 …ん????


 いただ…ん?どゆこと?


 3人が何を言っているのか分からず、取り敢えず咲桜たちに見習い合掌。意味が分からない。


「あ、イュタベラくんのとこ、いただきますとかしなかった?」


 と、困惑する俺に、母が問いかける。


 俺は素直に「はい」と頷くと、母は「これはね」と説明を始めた。


「『いただきます』って言うのは、色んな食材や作ってくれた人への感謝を表してるの。このカレーを作るのには、沢山の人の苦労が必要なの。だから、そんな人達や、私たちの栄養になってくれる食材には、感謝して食べなきゃ失礼でしょ?だから、食べる前は『いただきます』、食べ終わった後は『ごちそうさま』よ。これ、常識だから覚えておいてね」


 『常識』か…。


 なるほど、説明して貰うと、先程3人がしていた事に納得がいく。寧ろ元の世界では感謝してなかった事が恥ずかしいくらい、最もな理由だった。


 そう反省すると、母が「それじゃあもう1回」と、合掌する。


 俺もそれに、 見習い、手を合わせた。


「「「「いただきます」」」」



 ――――――――――――――――――――――

 夕飯を食べ終わった俺は、風呂に入り、俺は咲桜の部屋に来ていた。


 何も、やましい事ではなく、ここの事を教えてもらう為だ。


 部屋に入ると、咲桜は手に少し大きな、しかし薄い本を持ち、ベッドに座っていた。


「こ、こここ、こっちおいで」


 と、風呂に入ったばかりだからか、少し赤い顔で、どもりながら俺を目の前の椅子へ促す。


 指示通り椅子に座ると、彼女は手に持っていた本を広げた。


「ベラ、この文字は読める?」


 と、咲桜が本の中身を指さしながら問いかける。


 これは…。


 うん、良かった。元いた世界と同じ文字だ。


「うん、読めるよ。ありがとう」


 と、お礼を言うと、咲桜は「どういたしまして」と一言。


 そして、本を再び閉じると、「この本はね」と説明を始めた。


「これは『教科書』って言って、私たち『学生』の…あ、学生って言うのは学校に行く人の事ね。その学生が、文学を学ぶために作られた本なの。これは社会に関する本ね。『1年生』の教科書だけど、ベラにはピッタリだと思うから。少し読んでみて」


 と、説明を終えると、俺に本を渡してくる。


 それを受け取り、中身を見る。


 なるほど、これは分かりやすい。


 重要な言葉は太字で書かれており、イラストや写真などもある為、とても見やすかった。


 それをパラパラと捲り、大体の内容を理解すると、それを咲桜に手渡した。


「ありがとう、とても勉強になったよ」


 と、感謝を述べるが、咲桜は渡された教科書を受け取らず、俺の方へ押し戻した。


「あ、これはもう私は使わないから、ベラが持ってていいよ。部屋も反対だし。その内容理解するまで持ってて」


 と、咲桜が俺にそう言った。


 …内容を理解するまで…か。


「咲桜、これもう理解したんだが」


 この本は元の世界の魔法学の本より断然分かりやすいし、俺は少し記憶力がいい方なんだ。これくらいは直ぐに理解出来る。


 と、俺の言葉に咲桜は「え?」と驚くと、


「いや、嘘でしょ?」


 そう言ってきた。嘘じゃないのに。


「いや、ほんとに理解したんだって」



「うっそだぁ」



「いやいやほんとだって」



「冗談やめてよぉ」


 …頑なに否定している。


 そんなにおかしな事なのだろうか。


 と、咲桜は「じゃあ」と右手を自分の少し膨らんだ胸元まで挙げると、


「今からその中から問題を出すから、答えて」


 と、指を3本立ててそう言った。3問出すのだろう。


 俺は「分かったよ」とそれに賛同し、教科書を目の前の咲桜に手渡した。


 パラパラと咲桜がページを捲り、適当な所で手が止まる。


「ここにしよう。問題!」


 咲桜は「ちゃーらんっ」と謎の声を上げ、問題を読み始める。


「日本の政治は『行政』、『司法』、『立法』の3つに分かれていますが、この事を何と言うでしょうか」


「三権分立」


 咲桜の問題に即答すると、咲桜は少し驚きながら「せ、正解…」と声を出した。


 しかし、咲桜はまだまだここからだよ〜とまたもやページを捲り、適当な所で手を止めた。


「日本は主に○○帯の○○気候である。○○に入るのは何でしょうか」


「温帯の温暖湿潤気候」


「…正解」


 咲桜は、今度は残念そうに答える。


「何聞かれても、多分答えられるぞ」


 最後の問題の前に、俺がそう言うと、咲桜は「このぉ!」とやる気を爆発させた。煽ったつもりは無いのだが。


「これで最後!ペリーが来航したのは何年でしょうか!」


「1853年に1度来航して、1年後の1854年に再び来航し、日米和親条約を結んだ」


「なんでそんなに完璧なの…」


 がくっ、と肩を落とす咲桜。すまんな、記憶力はいいんだよ。


 その後、「違う教科書なら」と、『国語』や『数学』、『理科』、『英語』などの本を渡され、読む度に問題を出されたが、結果は言うまでもないだろう。


「ねぇ、ベラって天才?まだ私も習ってないとこ理解してるし…。私より頭いいじゃん…」


 と、若干泣きそうになりながら俺にそう問いかける。


 教科書の事は理解したが、しかし、日本の『常識』はまだまだ分からないことばかりだ。


 ─そういえば、『常識』の教科書は無いのだろうか。


「咲桜、『常識』の教科書は無いのか?」


 俺が問うと、咲桜は無いよ…と力なく答え、その後何か閃いたように「あ」と声を漏らした。


「問題!」


「まだやるのか?」


「問題!」


「いや、やるよやるよ、やりますから問題言ってください」


 半ば強引な咲桜に、俺は仕方なく乗ってやる。

 どんな問題が来ても多分答えられるが。


「今日は何月何日でしょうか!」


「5月12日だろ?さっき教えてくれたじゃないか」


「あ、そうだった…」


 「てへ」と舌を出す。可愛いな。


「それじゃあ、問題!」


「今の『元号』は何でしょうか!」





 …え?



 ……いや、え?

 そんなこと教科書載ってたっけ?


「えっと、まず、元号って何…」


「質問は受け付けません!」


「卑怯だぞ!」


 流石にノーヒント過ぎる…。元号ってなんだよ…。


 ……仕方ない。


「分からない…」


 俺は諦めることを選択。恐らく一生考えても答えは分からないだろう。


 と、諦めた俺を嬉しそうに見つめる咲桜。


 少し前屈みになっており、咲桜の体には少し大きいパジャマから胸元が少し見える。


 刺激が強すぎる、と、思わず目を逸らした俺に、咲桜は「分からないかー、そうかそうかー」と嬉しそうな声。分かるかそんなもの。


「正解は『令和』でしたー。これ、『常識』だよ?」


 と、満足そうな声。


 再び咲桜を見ると、満面の笑みを浮かべていた。


「でも、ほんとに教科書の事は覚えたんだ…。学校行かなくても良くない…?」


「いや、流石に行かないとだろ」


 そんな言葉で今夜の授業を締めくくり、俺は自室へと戻った。



 ─その3日後、俺は初めて『学校』という所に足を運んだ。

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