第44話 枕投げ大会
「よし、じゃあルール説明だ。枕は二つしかないから、ハンデとして美桜子と咲桜にやろう。イュタベラくんと僕は、まずは避ける事に専念。幸い部屋は広いから、初期位置は四隅だ。そこから踏み込んで投げるのはいいが、意図的に近づくのはなし。一度でも当たったらそこで終了、その場で待機。また、一人目が脱落したら、その枕は没収。投げられた枕を掴んだり、顔に当たったりしたら、セーフだ。これでOK?」
枕投げを企画した健蔵さんが、ルールを決める。部屋はスイートルームということもあって少し広く、自由に動ける程度にはスペースがあった。
その健蔵さんの説明を聞き、手を挙げたのは咲桜だ。
「そういえば、私からやり出してアレだけど、他の人に迷惑かからない?大丈夫?」
確かに、それは当然の疑問だ。部屋は少しは広いとは言え、壁などに防音材は無い。迷惑は掛けたくないが…。
「あー、それなら…」
「サク、それなら大丈夫よ。お父さん、貸切にしてるから。他のお客さん見てないでしょ?」
「え!?」
「ん!?」
その言葉に俺と咲桜は驚き、声を上げる。そういえば、温泉にも誰もいなかったし、他の客がいる気配もない。健蔵さん、どんだけお金奮発したんだ…。
「え、か、かしき…え!?」
「咲桜、落ち着け。貸切にした訳じゃなくて、たまたま貸切になっただけだよ。」
「あれ、でもお父さん予約の時に貸切にって…」
「美桜子?」
「はいはい、ごめんね、ふふっ」
これは、どちらを信じればいいんだ?もう健蔵さんが怖くなってきた…。
「と、とにかく!そこは心配しなくていいよ。もうこのことは考えないようにしよう。ね?」
「あ、はい…」
咲桜にそう言い聞かせ、咲桜も釈然としない様子でそれを承諾。
「それじゃあ、枕投げ始めるぞ。位置につこうか」
その言葉で、ルール通り四隅に散らばる。
そして、高峰家枕投げ大会の火蓋は切られた。
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「よし、それじゃあ開始!」
健蔵さんの掛け声により、枕投げが始まる。俺の両隣は右側に咲桜、左側に美桜子さん。向かいには健蔵さんが、同じく枕を持った二人を交互に警戒し、いつでも来い、と隙を見せない。
──初めに動いたのは咲桜だ。
「うりゃ!」
可愛らしい掛け声と共に、踏み込み、投げる。対象は──、
「早速俺かよ…さっきのこと根に持ってたりして…」
目の前に迫る枕を、両手で掴んでキャッチ。落ち込む咲桜に反撃を試みるが、美桜子さんを警戒するため、今は防戦に徹する。
動かない戦況にしびれを切らし、美桜子さんが健蔵さんに投げる。健蔵さんはそれを、あろうことか片手で──
「あ」
迫り来る枕を右手で受け、枕はそのまま自由落下。健蔵さんの足元へ。
「…カッコつけようと思って失敗したら、こうやって最高にダサいぞ。イュタベラくん、気をつけるんだ」
「いや、俺はそんな事しないけど…」
開始一分、健蔵さんアウト。
落ちた枕は没収され、残る枕は俺の手にある。さて、どちらを倒そうか。
咲桜──は、とられた枕を取り返そうと俺を警戒している。一方美桜子さんはといえば。
「やったー!当たった!私もしかして才能ある?」
完璧に油断している。これはチャンス。
「んっ!」
踏み込み、枕を美桜子さんに向かって投げる。これで残りは俺と咲桜の一騎打ち──
「イュタベラくん、甘いわね咲桜もイュタベラくん見すぎよ!いくら好きだからってそんなジロジロ見るんじゃありません!」
油断しているかに見えた美桜子さん。浮かれているその足元を狙ったのだが、美桜子さんは完璧な身のこなしで枕をヒールキック。上がった枕を掴み、流れるように咲桜へと枕を投じる。当然咲桜は俺を警戒していたため、迫る枕に反応出来ず…。
「あぃたっ!もう…って、お母さん!べ、別に好きだから見てたわけじゃ…」
呆気なく脱落。残るは俺と美桜子さんの一騎打ちだ。
枕はジャンケンの結果、美桜子さんの手に。警戒心を高め、動きを観察する。
「さて、イュタベラくん。歳上に花を持たせようか」
「あ、別にいいですよ。早く寝たいし」
「そこは対抗心燃やそ?」
正直、今ベッドに横になれば、三十秒以内に寝れる自信がある。あぁ、早く寝たい…。
「隙あり!」
眠い眼を擦っていると、その声と同時に枕を投げる音。それを反射で掴み、美桜子さんの方へ投げる。
「わ!イュタベラくん怖い…」
「え、え?何が起きたの?ベラ?お母さん?」
そのカウンターを美桜子さんは華麗にキャッチ。咲桜は何が起きたのかわからず、目を白黒させている。
「こうなったら…サク、そんなにイュタベラくん見つめないの!」
すると、枕を持った美桜子さんは、いきなり咲桜へと話題を向ける。さっきもなんか言ってたな…。
「いや、お母さんだから!見つめてないから!てかなんで今そんな話…」
「イュタベラくん好きだからってそんなに見ないの!イュタベラくん照れちゃうよ?」
「なっ!?」
「へっ!?べ、別にベラが好きって…その…あの…」
咲桜が俺の事が好き?いや、流石にそれは…。もしそうだったなら嬉しいが、残念ながらこの世の中にはそんな上手い話があるはずが…
──ドスッ
「へ?」
「あ…」
鈍い音。足元を見ると、純白の枕。まさか…
「ほら、そんなにサクが見つめるから、イュタベラくん照れちゃったじゃない」
──これが狙いか…。俺を動揺させ、その隙に枕を投げる、と。その為に咲桜を使って…いやはや、美桜子さんは頭が切れるな。こりゃ一本取られた。
「え、お母さんその為だけにそんなこと…その…私が…」
「あ、イュタベラくん、作戦とはいえ、私が言ったことは本当だからね」
「お母さん!ちがう、違うから!ベラ、お母さん嘘つき!信じちゃダメ!」
「えぇ〜。お似合いなのに」
おっと、親子喧嘩始まるか?母と子の喧嘩の火蓋が、今切って落とされ──
「はいはい、その辺にしとこ。それで美桜子。誰と寝る?そろそろ僕も眠くなっちゃった」
直前、健蔵さんが仲裁に入る。枕投げ大会は終わったので、あとは寝るだけだ。俺も寝たい。
「そうね、早く寝ましょ。咲桜も、いつまでもくよくよしてるとその内取られるわよ?」
「むぅ…」
咲桜の方は納得していないが、今は仕方ない。早く寝よう。そろそろ限界だ。
「じゃあ…」
「僕?咲桜?それともイュタベラくん?」
「咲桜とイュタベラくん一緒に寝ましょう」
「え!?」
「ん!?」
あんな話をした後で?咲桜と?一つのベッドで?いや確かに何もしないけども。しないけどもそれはどうなのだろうか?
「敗者に口出しは出来ません!みんなおやすみ!」
そして部屋が暗転。健蔵さんと美桜子さんは入口側のベッドへ。
「えっと…咲桜…?寝るか?」
「し、仕方ないし…ね?うん…」
お互い暗い部屋で顔を赤らめながら、ベッドに入った。