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誰か異世界の常識を教えて!  作者: 三六九狐猫
第一章 不本意な始まり
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第3話 常識を知りたくて

 目の前には、見たことの無い灰色の建造物が林立していた。


 所々に木々もある。自然と人間の住居環境が混在している。長閑で良い場所だ。


 初めての異世界での街に感動していると、咲桜は構わず俺の手を引いて、街路を辿る。


 街路に馬車は通っておらず、代わりに何やら鉄の塊のような物が、轟音と共に走り去っていった。


「あれは、車と言います。人の乗り物です」


 つい『車』に目がいっていた俺に、咲桜はそう説明する。


 それから、歩く道中、咲桜に色々な物の名前を教えて貰った。



 車が走る道が交差している場所で、接触事故が起きないよう、車の移動方向に制限をかける『信号機』、空まで届きそうなほど高く建てられた『ビル』、空を飛ぶ『飛行機』や『ヘリコプター』などなど…。


 新しく目にする異世界の物に胸が高鳴る。と、不意に咲桜が立ち止まった。


「うぉっと、危ない」


「着きました。ここが私の家です」


 そう言い、咲桜は目の前の建物を指さす。建物は二階建てで、壁は白く塗られており、道中にも沢山目にした建物とそう変わらない形状をしていた。



 ん?家?今、咲桜は自分の家と言ったか?


「い、家…」


「どうしました?顔が赤いですよ?」


「あ、あぁ、すまない…」


 普通に接してくる咲桜に、俺は高鳴る心臓を必死に押さえ込んだ。


 …おそらく、これも俺が元いた世界とは違う常識なのだろう。


 カリステア国では、異性に自分の家を紹介するという行為は、『私と恋人になりましょう』という意味に値する。


 そんな事が頭を過ぎり、一瞬思考が止まった。が、咲桜の表情を見ると、日本では異性に家を教えるのは普通のことらしい。


 と、そんな事を考えていると、咲桜が家の中に入り、こちらを見ていた。


「…こっちですよ」


「あ、お、おぅ」


 手招きされ、言われるままに俺は家の中に入った。


「あ、靴は脱いでくださいね」


「え、そうなのか」


 ここでは、家の中で靴を脱ぐらしい。面倒くさい。


 そう心中で文句を垂れながら、咲桜の家の中に入った。

 ――――――――――――――――――――――


 靴を脱いで中を見渡すと、目の前には食事用だろうか、広いスペースが広がっていた。


 奥には木で作られた大きな机が1つあり、そこにこれまた木で作られた椅子が4脚並べられている。


「…広いな」


「そうですかね?異世界の家はもっと広そうですけど」


 そんなやり取りを交わし、咲桜が奥── 階段のある方へ歩いていく。


 自室は二階なのだろうか。


「転ばないように気を付けてください。段差が高いかも知れませんから」


「あぁ、心配ありがとう」


 1段目を踏み込む。躓いた。




 階段を登り切ると、細い廊下の壁に扉が2つ、左側と右側にあった。


 奥行はそれほどなく、小さな窓が申し訳程度に取り付けられている。


「こっちです」


 と、左側の扉を案内され、咲桜と共に中に入る。


 ─何ともまぁ、可愛らしい部屋だろうか。

 女の子の部屋というのは、皆こういうものなのだろうか。


 部屋の壁は驚くほど白く、一切の汚れを受け付けていない。


 また、武器は1つもなく、桃色のカーテンで窓が覆われており、部屋の奥の隅にあるベッドには誰をモチーフにしたのかは分からないが、人形が4、5体置かれていた。


 その隣には、小さいながらもきちんと役割を果たしているであろう机があった。何かの作業台だろうか。


 その机の隣に、今度は本棚が2つほど並べられている。1つは本がぎっしり詰まっており、もう1つは下の段に少しだけスペースがあった。


 しかし、もっと気になるのは、部屋に入ってすぐ右にある、大きな透明の『箱』のような物だ。


 中が見えるようになっており、そこには所狭しと…『フィギュア』と言ったか?が並んでいる。


 圧倒的な存在感。咲桜より少しばかり背丈のあるそれは、無性に気になった。


 咲桜は俺に、適当に座ってください、と一声かけると、その『箱』を扉のように外側に空け、先程買ったと言っていたフィギュアを空いているスペースに置く。


「凄い数だな。箱の中がフィギュアでいっぱいだ」


 と、作業が終わったのか、俺の目の前にあったベッドに座った咲桜。その、作業をしていた箱を見ながら、俺は感想を述べた。


「箱じゃなくて、ガラスケースです。フィギュアは、趣味で沢山集めてるんですよ」


「『ガラスケース』、だな。覚えたぞ」


 箱改め、ガラスケースから目を離し、咲桜と向かい合う。


 咲桜がベッドに座っているため、床に胡座をかいている俺は、咲桜を見上げる形になっていた。


 ところで、何故いきなりここに俺を連れてきたのだろうか。


「なんでここに俺を連れてきたんだ?」


「ここの事、色々と知ってもらおうと思いまして。ここなら勉強出来る本などが多少なりともありますし」


 …あぁ、なるほど。それは大助かりだ。ここの事を何も知らない俺にとっては好都合。


 だが…。


「えっと、それで、報酬はなんだ?実は今、俺は何も持ち合わせていないんだ」


 咲桜がここの事を教えてくれるのなら、こちらもそれ相応の対価が必要になるだろう。しかし、今の俺は珍しいものを何も持っていない。どうしよう。困ったな。


「報酬…?いりませんけど…」


「ん!?」


 しかし、当の咲桜本人は、キョトンとした顔で首を傾げる。


 …んな馬鹿な。こちらとしてはタダで情報を貰えるのは嬉しいが、流石に対価は必要だろう。


「本当にいいのか?なんかあるだろ、ほら…」


「いえ、何も持って無さそうですし、持ってても貰ったりしませんよ」


 ん?女神かな?


「それに、先程あいつらを追っ払ってくれましたし、そんなの求めるのは流石に…」


 申し訳ないですと、咲桜が俯きながら理由を並べ立てる。

 天使かな?


「いや、あれくらい虫を追い払う程度だったし、対価として見合ってないんじゃ…」


「いえ、本当に大丈夫です」


 即答する咲桜。本気でいらないらしい。


 対価を求めないとは、これもカリステア国との常識の違いなのか?


 と、咲桜が急に「あ」と声を発した。びっくりした。


「あの…対価…では無いと思いますが…」


「ん、なんだ?俺に出来るならなんでも言ってくれ」


 今思いついたのか、咲桜は恥ずかしそうにそう俺に問いかけた。


 どんなことを言われるんだろう、と興味半分、何を言われるんだろう、と怖さ半分で続く言葉を待っていると、再び咲桜が口を開いた。


「え、と…話す時、敬語じゃなくて、もっとラフに接してもいいですか?」


 …ん?


「それと、あとはなんだ?」


「え?いえ、それだけです」


「聞き間違えたか?耳は良い方なんだが」


「本当にそれだけで十分です!」


 顔を赤くして怒る咲桜に、俺は驚愕。それだけでいいとは。


 もっとなんかこう、無理難題を言われるかと思っていたのだが。


「それだけなら別にいいよ。こちらとしてももっとラフに接してくれると有難い。同年代っぽいし。」


 14歳くらいでしょ?と俺が聞くと、こくりと頷いた。同い年だ。


 目に見えて嬉しがる咲桜に、思わず顔が綻んでしまう。可愛らしい笑顔だ。


 と、本来の目的を忘れるところだった。ここについて、教えてもらわなければ。


「そ、それで、ここについてなんだが…」


「あ、忘れてまし…忘れてた。まずは何について教えて欲しい?」



 …急に距離が縮まった。ドキッとした。


「そうだな…」


 何から、と言われるとつい悩んでしまうのはどの世界でも常識なのだろうか?


 ここはどこなのかは教えてもらったし、さっきの『学校』とやらについて教えてもらうか?いやでも、さっきの感じだと『学校』にあまり良い印象は咲桜にはないっぽいし…。


 そして少し考え、俺は咲桜に尋ねた。


「そうだな、まずはここの『常識』を教えて欲しい」

「…漠然としすぎてどこから教えたらいいのか…」


 苦笑する咲桜。

 流石に大まか過ぎたか。


 でも実際、ここの常識を知っておかないと、いらない誤解が生まれる。主に俺に。


 それに、物事を学ぶには何事も基礎からだ。ここの常識を知れば、自然とここがどういう場所で、どのような文化が栄えているのか分かってくるはずだ。多分。



「…それじゃあ、なにか質問があったらその都度私に聞く、というのは?」


 少しの沈黙の後、不意に咲桜が口を開いた。


 なるほど、その手があったか。


 知識が必要な時に、必要な時知識を学ぶ。実に効率がいい。

 無闇矢鱈に質問攻めするのではなく、要所要所で咲桜を頼ることで、少しでも咲桜の負担を減らせるだろう。



 ……ん?何かがおかしいぞ?


「その都度って、どういう事だ?まさか俺がずっと咲桜のそばに居るわけじゃないだろうし」


 まさか、そんなに居る訳にはいかない。少し知識を蓄えたら、自立しなければ。


「え、逆に居ないの?」


 そんなふうに考える俺とは裏腹に、咲桜はさも俺がそばに居るのが当然であるかのように返答した。


「いや、流石にそんなに迷惑はかけられない。」


 と、俺が言うと、咲桜はベッドに深く座り直し、少し足をぶらぶらさせながらこう応えた。


「別に、迷惑とか思ってないよ?それに、1人でここでの生活どうにか出来ると思ってるの?」


「いや、それは…」


 確かにそうだ。どこの世界でも、生活するには金が必要だ。今の俺に、ここでの金を稼ぐ手段はほぼ皆無と言ってもいいだろう。


 まぁ、少し、ほんの少しは何とかなるだろとは思っているが。森に入って、サバイバル。うん、無理だな。


「いや、でも、う〜ん…」


 まだ、迷う。


 こんなに世話になって良いのだろうか?というか、咲桜は人が良すぎないか?


 でも、こちらとしては願ったり叶ったりだ。

 いやでも、流石にこれ以上迷惑は…。


「そういう時は、素直に甘えるの。これ『常識』だから」


「じょう、しき…」


 『その都度』がもう来た。流石に早すぎる。


「常識、知りたいんでしょ?分からないことがあったら聞く、これも常識。」


 「それに」と、咲桜が俺に向かって、微笑みながら言った。


「困ってる人は無条件で助けるのも、常識でしょ?貴方がしてくれたように」


 それを聞いた瞬間、唖然とした。目の前の彼女に、ではない。困ってる人が居たら無条件で助ける、という常識がすっかり頭から抜け落ちていた俺に、唖然としたのだ。


 未だに微笑みを崩さない彼女に、俺は思わず肩を竦めた。


「そう、だな…。忘れてた。それじゃあ遠慮なくお世話になるよ。ありがとう」


 そう言って俺は、感謝と、これからもよろしくという意味合いを込めて右手を差し出した。


 それを見て彼女は、少しだけ差し出された手を見つめ、顔を赤らめると、同じく右手で俺の手を握り返した。


「うん。よろしくねっ」


 そして、世界一可愛い笑顔で、そう返答したのだった。




「あ、それと、すごく失礼なんだけど…」


「ん?どうした?」


「名前何だっけ?ちょっと忘れちゃって…」


「だから俺のこと『貴方』って言ったのか。そして本当に失礼だな」



 ――――――――――――――――――――――

 咲桜との会話後、俺は名前を教えて部屋を出た。


 イュタベラは言いづらいからベラと呼ぶ、という彼女の意見を汲み、そう呼ばせることにした。呼び名は別に何と言われようがいい。


 玄関で靴を履き、「邪魔したな」と、玄関まで来た咲桜に一声かける。見送りでもしてくれるのだろうか。


「どこ行くの?」


 と、咲桜が問いかける。


「まずは寝るとこだな。宿に行こうにも金がないから、野宿かな」


「え?」


「え?」


 問いかける彼女に俺が返答すると、素っ頓狂な声を上げられた。思わず俺も変な声を出してしまう。


「え、のじゅ…え?」


 と、咲桜は意味がわからないとでも言うように頭を抱えている。どういう事だ?


「え?俺が野宿して、また明日ここに来ればいいんだろ?」


「え、ベラ、私と一緒にいるんでしょ?(うち)に住まないの?」



 …。



 ……。



 …………。



 ……………ん?



 なんだ?聞き間違いか?今咲桜が物凄い事を言ったような気がしたが。


「え、えと、なんて?」


 思わず聞き返す。


「え、だから、(ここ)に住まないの?」


 同じ言葉が帰ってきた。幻聴じゃない。


「住む?俺が?」


「ベラが」


「咲桜と?」


「私と」


「俺ら夫婦だっけ?」


「ちが、……違うよ!」


 と、若干間が空いて、大声で否定する。流石に傷ついた。


 最後、何か咲桜が言っていたが、声が小さかったせいか、俺の心が傷ついたせいか、よく聞こえなかった。


 というか、咲桜は本気で俺をここに泊めるつもりなのだろうか。いや、有難いが。


「あ、で、でも、勿論家族も居るからね!?ふ、2人じゃないから、うん…」


 と、今更自分の言った事の重大さに気づいたのか、咲桜は顔を盛大に赤くして早口にまくし立てる。


 俺も、勢いに押されて思わず「お、おう」とどもりながら返答した。


 しかし、家族が居るとしても、ひとつ屋根の下で暮らすのだ。不安は無いのだろうか。


「さ、咲桜は、い、いいのか?」


 つい俺も早口になり、咲桜にそう問いかける。


 すると咲桜は、頬を赤らめて小さく頷いた。

 その姿を前に、心拍数が上がるのを感じて、「じ、じゃあ散歩に行ってくる」と、俺はその場に勢いよく立ち上がった。


 と、同時─ 玄関の扉が開き、2つの声が鳴り響いた。


「サクラ〜、帰ったぞ〜…ん?」


「サク〜、途中でお父さんにばったり会ったから、一緒に帰ってきたわよ〜。それにしても、玄関で何言ってたの?外まで聞こえてた、わ…よ?」


 咲桜の父と母だろうか。


 父の方は何やら上下黒で統一した服を来ており、首元に布をぶら下げている。


 一方母は、長い黒髪をひとつに結び、片手にバッグを提げていた。


 2人は俺を見るなり言葉を切り、咲桜と俺を交互に見つめてくる。



 やがて、夫婦で目を合わせ、お互い1度深く頷くと、同時に咲桜の方を見た。


 そして─


「あなたにも遂に彼氏が出来たのね…。その子外国人っぽくてカッコイイし、お似合いだと思うわ…。お母さん嬉しい…」


「子供の自立は寂しいが、父さん応援してるからな…」


「ちっがーーーーーうっ!!!!」


 と、部屋中に響くほどの大声を上げた咲桜に、俺は1人、近所迷惑にならないだろうかと場違いな心配をするのだった。

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