第35話 スリラーシティ
「んで、ついた訳だが、なぜ咲桜はそんなに肩を殴るんだ?地味に痛いんだが」
手を繋いで道を歩き、着いたのはスリラーシティのとあるアトラクション。それを前にした途端に咲桜からの暴力を浴びているのだが。はて、俺が何かしたか?
「咲桜、そろそろ中に入ろう。俺も結構楽しみにしてるんだ」
「も、じゃなくて、は、でしょ!なんで寄りにもよって『牢獄病棟』なの!めちゃくちゃ怖いじゃん!やだやだやだやだ!」
「子供みたいに駄々をこねるな、お化けが目を覚ますぞ」
「ひえぇぇぇ…」
本当にお化けとか、そういった類が苦手なのだろう。冗談のつもりが本気で怯えている。俺の腕は抱き枕か?
駄々をこねる咲桜は、普段の落ち着いた可愛さではなく、小さな子供に対して言うような可愛さがあるが、今は放っておこう。とても名残惜しいが。あぁ、とても。
「咲桜、覚悟を決めろ。大丈夫だ、手は握ってやる」
「そ、その手がいつの間にか幽霊と入れ替わってたり…」
「こじらせすぎだ」
まさかここまでとは…と、早く中に入ろう。
咲桜の手をぎゅっと握りしめ、中へ入った。
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中は思いのほか明るかったが、それは不気味な明るさだった。灯りは点滅しているのが、等間隔に天井に設置されている。なんだかドキドキしてくるな…。
と、不意に右腕が圧迫された。見ると、咲桜が俺の腕を潰す勢いで、両腕でしがみついている。その暖かく柔らかい感触に、場違いなほどリラックスしていた。
「ほら咲桜、先進むぞ」
「ふぇぇ…わかったよぉ…」
入口なのだが、咲桜はもう涙目になっている。早く行かないと後に来る客が…。
いや、咲桜が下向いてれば良い話か。怖いなら下向けば、何も見えないもんな。
「咲桜、そろそろ行かないとまずいから、下向いて目を瞑ってて。俺の腕そのまま捕まってていいから」
「やだ!前向く!目つぶってたら暗くて怖いもん!」
「なんか…うん、じゃあ行くぞ…」
よく分からないなと思いつつ、漸く前へ進んだ。
『よく来たの!愚かな人間ども!ここは吾輩の研究所だった場所じゃ!裏では病院と言いつつ本命は人体実験!実は先日、人体の生命活動を限界まで延長させる物質が発見されたのじゃ!その物質は──』
「いや前置き長っ」
入口を入って少し進んだところに、壁にモニターが埋め込まれていた。今、そのモニターに映る胡散臭い研究者の説明を聞いている所だ。聞いたところ、このアトラクションが出来た説明らしい。
『と、説明はこんな所じゃ!じゃから、お前らはゾンビに気をつけ…む?誰じゃ、ドアを無遠慮に叩く奴は!む、ぞ、ゾンビ!?なんでここに──うわぁぁぁ!!』
「ひぃぃぃぃゾンビぃぃぃぃ」
「咲桜、大丈夫だ、そんな生物日本には存在しない」
あの研究者、結構棒読みだったが、咲桜は入り込んでしまったようだ。さて、先へ行かねば。
「お、この解毒剤が入った銃を当てればいいんだな?ほら咲桜、ふたつ持っていこう」
「こここ、怖いからそれ全部持っていこう?ね?」
「五個も持てないよ」
ルール通りふたつ銃を持ち、扉を開ける。思えば銃は、カリステアで少し握って以来だな、と思いつつ、 先へ進んだ。
「ベラ、そっち!お願い!」
「咲桜、結構ノリノリだな…」
「案外楽しい!」
この、『牢獄病棟』のルールは、施設内に蔓延るゾンビを銃で撃つ、というシンプルなものだ。ゾンビの出るタイミングや辺りの雰囲気などにより、このアトラクションは最も怖い、と書いて『最恐』と呼ばれているらしい。
そして俺が一番怖いのは、咲桜が目を輝かせてゾンビを撃っている事だ。あんなに怖がっていた咲桜が、本当に人を殺しているみたいで怖い…。銃は水鉄砲なはずなのに…。
「ここは全部倒したかな?次行こ、ベラ!」
「あ、あぁ…」
若干引きつつ、奥へと進んだ。