第34話 文明の利器
そうして入口から少し離れたところで、咲桜の足が止まった。辺りは美しい純白の建物が立ち並んでおり、思わず見とれてしまう。
と、そんな事よりも、だ。
「咲桜、美桜子さん達とはぐれたぞ…。どうするんだ…」
ホームテンボスに入って早々はぐれてしまった。運良く合流出来るといいが…。
そう思案していると、隣で膝に手をついて肩で息をしている咲桜は、「ふっふっふ…」と意味ありげに笑うと、
「これがあるじゃん…じゃじゃん!文明の利器、『スマホ』!!」
「す、スマホだってぇぇぇ」
思わず変なノリになったが、咲桜は右手に薄い板を持ち、ドヤ顔を決めている。可愛い。
にしても、スマホか。実は咲桜の家でお世話になる事になった数日後、このスマホとやらを俺も貰ったのだが、使い道が分からず放置していた。
「そのスマホだが、それがあるとどうなるんだ?まさか美桜子さん達と連絡出来るのか?」
「そのまさかだよっ!この『電話』って機能を使えば…って、あれ?ベラ、スマホ持ってなかったっけ?」
おかしいな、と首を傾げる咲桜。あぁ、使い方が分からず家に置いてきたよ。あれは俺にはまだ早かった。うん。
「え、置いてきたの!?えぇ、じゃあ、えぇ…」
俺がスマホを家に置いてきたことを伝えると、咲桜が分かりやすく肩を落とす。ついでに右手に持ったスマホを見て目を見開くと、それを小さな手提げカバンの中に入れた。
「今LINE…連絡があって、私とベラで楽しんできていいって。でも渡したいものがあるから取り敢えず戻ってきてって」
「ん?あぁ、分かった」
──その後美桜子さん達と再び合流し、無料パスという物を貰って、別行動に移った。
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「ねぇベラ、どこ行く?どこ行く?」
「うん今地図見てるから頼むから肩を揺らさないでくれ」
別行動をとった直後、何処へ行くかを決めるため、俺と咲桜は地図とにらめっこをしていた。
「えっと?今いるのが入口のウェルカムゲートで、ここから北に行くとアムステルダムシティ、スリラーシティっていうのがあるのか。アムステルダムシティは買い物専用らしいから、スリラーシティってのに行ってみようか」
現在地を確かめ、今後の計画を立てる。我ながら完璧な計画だと思ったのだが、それを聞いた咲桜は浮かない顔だ。どうしたのだろうか。
「咲桜、どうした?先に買い物行くか?」
「いや、そうじゃなくて…」
買い物じゃないなら、なんだ?他に行きたいところがあるとかか?
「その、ベラ、スリラーシティの下なんて書いてある?」
「スリラーシティの下?」
地図をよく見ると、スリラーシティと書いてある下に、補足の説明のようなものが記述されている。
「世界最大級の『ホラー』エリア?ホラーってあれだよな、幽霊だの妖怪だのの奴だよな、それがどうした?」
咲桜から借りた小説の中のジャンルに、ホラーという物があった。あの小説は面白かったなぁ。まさか死んだヒロインが霊体となって生活していたかと思ったら、実はニートの主人公の方が死者だったとは。
「わ、私、ホラー苦手で…」
と、顔を赤らめてそう告白する咲桜。ホラー苦手?なんでだ?
「咲桜、ホラーの小説読んでるだろ?苦手なのに読んでるのか?」
「小説とアトラクションは違うの!実際見たら怖いの!」
「じゃあスリラーシティはやめとくか?他にもアトラクションシティがあるし」
「……いや、行く…」
「どっちなんだ…」
「行く!行きます!はい、早く行くよ!」
顔を再び赤くして怒った咲桜が、ズンズンと先を歩んで行く。おっと、危ない危ない。
「咲桜、待って」
「なに…って、ベラ、あの、夏祭りの時も言ったけど…」
「はぐれたらダメだろ?我慢してくれ」
「…ずるいよ、バカ…」
「なんで罵られた?」
そうして手の温もりを感じながら、俺と咲桜はスリラーシティへと向かった。