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誰か異世界の常識を教えて!  作者: 三六九狐猫
第四章 夏祭り
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第31話 華美(はなび)大会


「くそ、来た道にはいない!入れ違いになったか?」



 来た道を全力疾走で駆け抜けたが、咲桜の姿は見当たらなかった。このままではまずい。


 咲桜の小説で読んだが、こういった祭りなどのイベントには、必ずと言っていいほど悪い男が蔓延るらしい。手当たり次第に女性に話しかけ、迷惑をかける男たちが。


 咲桜が、その毒牙にかからなければいいが。



「くそっ、どこだ…?」



 何処を探しても見当たらない。もしかすると、もう悪い男たちに捕まって、どこかに移動させられているのか…?


 ──まずいまずいまずい。


 はやく、早く見つけないと…!



「おぉ、さっきの兄ちゃんじゃないか。どうした?そんなに慌てて」



 と、そう声を掛けたのは、先程の金魚すくいの屋台主だった。目つきの悪いその屋台主は、しかし陽気に大声で話しかけてくる。



「じ、実は、咲桜…あの、さっき一緒にいた女の子を探してて…。途中ではぐれて…」



 藁にもすがる思いで、咲桜を見なかったか、と暗に問いかける。すると屋台主は、うん?と首を捻り、



「さっきの嬢ちゃんなら、どっか40すぎくらいのおばちゃんと一緒にどっか行ったぞ?」



 ──。







 ん?



「えと、なに?」



「だから、さっきの嬢ちゃんならどこぞのおばちゃんと一緒にどっか行った。場所は向こうだ。なんだ、何も言われてないのか?」



 質問に首を横に振りつつ、頭の中を一度整理する。


 咲桜は、悪い男ではなく知らないおばさんとどっかに行っていて、それで今は戻ってきてない。俺に連絡もなしに、か。



 ますます訳分からん。



「まぁ、わかった、ありがとう。助かった」



「おうよ!今度うちで遊ぶ時は、全部取らねぇでくれよ!」



 軽い忠告を受け流しだが、さて、これからどうしたものか。


 咲桜はどこかに行っており、俺は居場所を聞かされていない。俺は河川敷へ行こうと言って、咲桜がはぐれないように手を繋ごうとして躊躇って、それで花火楽しみだなぁとか思いつつ行ってたら居なくなった、と。


 あれ?



「俺、河川敷に行くって言ったな。これ、河川敷居ないとダメなやつか?」



 とんだ誤算。咲桜がどこかへ行ったことに気を取られ、大人しく待つという選択肢をとっていなかった。



「──戻るか。咲桜も戻っているかもしれない」



 そうして、これまた全力疾走で河川敷へ向かった。





 ──河川敷には、咲桜と、つい最近見た顔のおばさんが、お菓子を持って俺を待っていた。


 ――――――――――――――――――――――


 俺が河川敷に着くと、手提げの紙袋を持った咲桜と、にこやかに咲桜と話すおばさんが待っていた。



「あ、おばさん、昨日ここにいた…」



 あぁ、そうだ。昨日咲桜と花火大会の下見に行った時、話しかけたおばさんだ。まさか夏祭りに来ていたとは。


 おばさんの存在に驚いたのも束の間、今度は腕を組んだ咲桜が俺の前に立ち塞がり──


「もう、ベラ!待っててって言ったのに全然探してもいないじゃん!」



 と、膨れっ面で俺に説教をしてきた。






「えっとつまり、俺と咲桜が河川敷へ向かう途中でおばさんに会って、道に迷ってるようだから俺に先行ってと言っておばさんの方へ向かった。おばさんの目的地も河川敷(ここ)で、教えてくれるお礼に知り合いが出してる少し遠くの屋台に行ってその紙袋に入ったお菓子を貰った。俺は待っててという話を聞いていなかった、と。これが真相か」



 ふむ。なるほどそういう事か。通りで近くを探してもいなかった訳だ。



「ごめんねぇ、妹さんお借りして。ほら、お兄さんもよかったらお菓子食べな。甘いもの好きかい?」



 と、おばさんは右手に持っていた紙袋を俺に差し出した。それをありがたく貰うと同時、それはこの星煌めく夜空に響いた。



「えー、只今より、芽吹町名物、花火大会を始めます。みなさん、カウントダウンをご一緒によろしくお願い致します」



「──!ベラ、花火大会だよ!」



「あぁ、そうだな」


「あぁ、ようやく見れるのかい。ありがたいねぇ。」



 と、月明かりに照らされて、おばさんが言った。



「私の他の家族は、みんなここの花火が好きだったんだよ。でも、私は火が怖くて怖くて…。いつも家にいたんだ。そして先々月、母と父を亡くしてねぇ。交通事故だったんだ。その時、葬式で後悔してねぇ。父と母が見ていた花火を、自分の目で見てみたくてねぇ」



 そう語り始め、その横顔に一筋の涙がつたった。



「それでは、カウントダウンを始めます。10、9、8──」



「私は、火が怖いんだ。小さい頃火傷してから、ずっと。でも、せめて──」



「3、2、1──」




「それでは、花火大会始まりです!」



 そのアナウンスと同時、ドーン、と大きな音と共に、赤色の火花が宙に咲いた。続いて緑、青、桃色──。



 花火に照らされるおばさんの横顔は、火を怖がって怯えている表情は一片もなくて。



「あぁ…、これが花火か…。これは、父さん、母さんと、見たかったなぁ…」



 そう、哀しい笑みを浮かべ、この場を去っていった。



「ベラ、あのおばさん、もういいのかな?」



 今まで黙っていた俺と咲桜だが、立ち去る背中を見送りながら、そう問いかけられた。


 あのおばさんは、きっと後悔している。こんなにも綺麗な物を、今まで見ようとしなかったから。両親と見れなかったから。


 でも、あのおばさんは、きっと今後もずっと来るだろう。その時その時で、この花火の美しさ、儚さをその目に焼き付けるのだろう。だから──。



「いいんじゃないかな。花火の良さは、絶対にわかって貰えたはずだから」



「──そっか。なら、そうだと、いいね」



 言いながら、夜空に咲く数多の火花へと向き合う。



 ふと、横に立つ咲桜の横顔が視界に入った。


 ──その横顔は、在り来りな表現かもしれないが、この花火よりも儚く、どの花火よりも美しかった。



 ――――――――――――――――――――――


「あーぁ、もう終わっちゃった」



「そうだな。時間が過ぎるのはあっという間だ」



 花火大会が終わり、帰路に着いていた。夜道はもう暗く、車道を通る車のヘッドランプと、仄かに照らす街灯で視界が確保できるのみ。


 また、花火大会が目的で集まった人々も帰路についており、歩道も車道も、人や車でごった返している。これではまた人混みにもみくちゃにされる。


 ──今度こそ、はぐれないように。



「──!ベラ…!?どどどど、どぇ!?」



「なんでもないから。ほら、大声出すと変な目で見られるから早く帰るぞ」



 右手に感じる温もりを手放さぬよう、ぎゅっと握った。

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