第30話 夏祭り
本格的に夏祭りが始まったようだ。
午後、人通りも多くなり始め、会場も賑やかになってきた。屋台の列も多く、先に来ておいてよかったとつくづく思う。
会場には『舞台』があり、そこで『抽選会』だとか、『ショー』などが開催されるという。咲桜はあくまでも花火目的だそうだが、お願いしてショーを見させてもらう事にした。
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「それでは、小鳥戦隊ヒヨコンジャーに登場してもらいます!皆、大きな声で、せーの!ヒヨコンジャー!!」
ショーにて。ヒヨコンジャーとは、元はテレビ番組で、戦隊モノという括りに入るらしい。小さな子供はもちろん、大の大人も楽しめる、そんな番組だ。と同じクラスの行飛に聞いた。
今はそのショーがあっている。俺はヒヨコンジャーは見たことないので、正直何がなんだか分からない。隣の咲桜も、頭に疑問符を浮かべている。
──これなら、見なくてもいいかな…。
「咲桜、見る…?」
「え?えっと、ベラが見ないなら見ないけど…」
「よし、じゃあ河川敷散歩するか」
「うん」
咲桜が困ったように笑い、俺らは舞台を後にし、人混みの中へ。
さっきよりもずっと人が多く、屋台と屋台の間の通路は人でいっぱいだ。はぐれたら一大事になりそう。
「咲桜」
呼びかけ、手を繋ごうかと言いかけるが、言葉を出すより早く羞恥心が襲った。こんな祭りの中で手を繋いで歩くなど、それはもう恋人ではないか?咲桜に借りた小説にも、こういう祭りは男女でいい雰囲気になると書いてあった。もしやフラグか?
「どうしたの、ベラ?」
「あー、いや、なんでもない」
そう誤魔化しつつ、河川敷へ向かった。
河川敷にも人は多かったが、場所が広いためそこまで人が集まっているという程には見えなかった。
ここにいる人たちは、花火を待っているのだろうか?あと2時間くらいあるのだが…。
下に降りると川があり、水は夕暮れの朱色を映して輝いている。綺麗だ。
現在の時刻は午後5時。花火があるのは7時だ。ここでずっと待っていてもいいが、咲桜が退屈するだろう。咲桜と相談して、これからの時間の過ごし方を考えよう。
「咲桜、これからどう──」
する?と、言いかけた口が動かなかった。いや、動かす必要がなかった。
俺の隣にはもう、咲桜の姿は無かったのだから。
「っ!はぐれた!でも、この人だかりから咲桜を見つけるのは…!!」
あの時、恥ずかしがらずに手を握っていれば、こんなことにはならなかったはずだ。咲桜がいないと、こんなにも不安になるのか。
そういえば、日本に来てからというもの、ずっと咲桜と一緒にいたため、ここでの行動はほとんど咲桜に委ねていた。
咲桜、どこにいるんだ…。
そう遠くにはいないはずだ。俺は河川敷へ行こうと言ったから、咲桜も河川敷に来るはず。
──来る、はずなのに。咲桜がやってくる気配がない。
そこで、俺は読んだ小説の中で、夏祭りにはとあるシチュエーションがあったことを思い出す。
──ナンパだ。
可愛い女の子を見つけては、男たちが寄ってたかって女の子を脅し、家に連れ帰るという、あの、ナンパだ。
もし、咲桜がナンパにあっているのだとしたら─\
「馬鹿かよ、俺は!」
そう言葉を投げ捨て、来た道を戻った。
一秒でも早く、咲桜と再開するために。