第29話 金魚すくい
「ベラ、今日はいよいよ──」
「あぁ、夏祭りだな。今日は遮ってやったぞ」
毎日のように言っていた咲桜の言葉を、俺は今日こそ遮ってやった。どや。
頬を膨らませてジト目で見る咲桜はさておき、今日は夏祭り当日だ。咲桜の話では昼くらいに開催されるらしいので、午前中は暇になる。さて、何をするか…。
「よし、じゃあベラ、夏祭り行くよ!」
と、そう考えていたのだが、咲桜はもう既に行く気満々だ。パジャマ姿ということに目を瞑れば。
「夏祭りは午後からじゃなかったか?」
と、俺は当然の質問を、目の前で着替えようとする咲桜を止めながら投げかける。
すると咲桜は赤面しながら、
「え、…っと、一応屋台は出てるから、行こうかなーって…」
『屋台』が何かは分からないが、目的があるのなら行こう。
「よし、じゃあ行こうか」
「うん!じゃあ着替えるから感想を20分くらい語ってね!」
「あぁ、無理だな」
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そして浴衣の感想を30分語ったところで、「そろそろ行こうよ」とまたもや赤面した咲桜が言った。いや、可愛かったから仕方なく言ってやったというか…な?
そして現在会場にいる訳だが…。
「意外と人いるな…」
夏祭りはまだ始まっていないのだが、意外と人が集まっている。皆屋台目当てだろうか?
「ベラ、こっちに金魚すくいがあるよ!行こっ!」
と、いつの間にか少し先に歩みを進めていた咲桜が、こっちこっちと手を振る。桃色の浴衣の袖が揺らめき、風に吹かれる一輪の花のようだ。
「今行く」と早足で駆け寄り、咲桜の元へ。
──そもそも、金魚すくいってなんだ?
そう思いつつ、咲桜について行った。
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「ここだよ、ここ!金魚すくい!一度やってみたかったんだ〜!」
屋台に着くなりはしゃぐ咲桜。と、客に気づいた屋台主が、夢の世界から目を覚ます。
屋台主はタオルを頭に巻いており、黒い服の上からでも分かるほど屈強な男だ。
男はその目つきの悪い目をギロリとこちらへ向け、
「あら、お客さん!ぃらっしゃい!やってく?イケメンとべっぴんさんのカップルなら、オマケして、2人で1人分の値段でいいぜ!」
と、見た目とは裏腹に、晴れやかな声でそう言う男。
すると、隣にいた咲桜が咄嗟に顔を赤らめ、
「違います!か、か、カップルじゃなくて、兄妹です!」
「お?そうか?でもそれにしちゃ、顔は似てないが…」
「きょ、う、だ、い!兄妹です!」
頑として兄妹だと言い張る咲桜。屋台主はその声に少し驚きつつ、俺にしか聞こえない声で「頑張れ」と言ってきた。やかましいわ。
「じゃあ、お言葉に甘えてさせてもらおうかな。咲桜も少し落ち着こう、うん」
一人で「そう、兄妹…兄妹…」といつまでも呟く咲桜を静止させつつ、代金を支払って金魚すくいへ。
「ところで、これってどうすればいいんだ?」
「兄ちゃん、金魚すくい知らねぇのか?あぁ、母国じゃ金魚すくいなかったのか。この『ポイ』って言う網で、この中にいる金魚を掬って、この箱の中に入れるんだ。とった金魚は俺が袋に入れてやるから。あぁそうそう、ポイは破れやすいからな」
と、屋台主に金魚すくいを教えてもらったおかげで、目の前にいた金魚は全部掬うことが出来た。終わった後、流石に金魚が多すぎたので青ざめた顔の屋台主に殆ど寄付した。
「ベラ、運動神経っていうか、なんていうか、なんかもう凄いね…」
一方、一匹も取れていなかった咲桜は、肩を落としてへこんでいる。そんなに凄いか?
双方対象的な反応をした所で、また少し屋台をまわった。
──そして、夕方。
「ベラ、夏祭り始まる!始まるよっ!」
「あぁ、そうだな。でも咲桜、だからといってそんなに肩を揺さぶらないでくれ。首が死ぬ」
夏祭りの始まりだ。