第2話 アナタの名前
「あのー、ここって本当にどこなのかな?勝手にここに飛ばされたから分からなくて…。」
未だ笑い続ける女の子に、俺はそう問いかける。
ここはどこなんだ?今は一体何時で、街へはどうやって行けるんだ?
様々な疑問が浮かび、頭がパンクする。
そもそもこの質問をすること自体が間違いだったのだろうか?確かに、急に異世界から来ただの、ここはどこで今何時なんだだのと聞かれれば、怪しむのが当然だろう。女の子は笑っているが。
…もしや、冗談だと思われてはいないだろうか。
と、考えを巡らせていると、不意に女の子が口を開いた。
「ここは、日本という島国の、福岡という地名です。そして今は午後3時です」
…いきなり質問に答えた女の子に、俺は少しばかり驚いた。
女の子の表情が(顔半分が白い布で覆われており全体は見えないが)、嘘をついているようには見えなかったからだ。
こちらの言い分を一切疑っておらず、異世界から来たということをあたかも当然かのように思っている。
何故だろうか。
「あの、聞いといてなんだけど、俺の事疑ったりしてないの?」
「…?疑う必要が無いと思います。異世界から来たということは、異世界召喚というものですよね?疑ったりしませんよ。」
と、何故か女の子は自信たっぷりにそう発言する。
気の所為かもしれないが、彼女が饒舌になっている気がした。
「えっと、根拠を聞いても?」
「う〜ん…」
俺が問いかけると、女の子は顎に手を当て、少し俯き、考える素振りを見せた。
…綺麗な長い黒髪だ。そういえば、メガネの奥の瞳も黒だったし、さっきの3人組も黒髪で黒い瞳をしていたし、この世界は瞳と髪の色が黒で統一されているのだろうか。
と、どうでもいい事に思案を巡らせていると、女の子は顔を上げた。
「勘、ですかね?」
「…そんだけ?」
「それだけですかね」
「え、もっとなんかこう、ないの?」
「無いですかね」
「えぇ…」
勘を根拠にそれだけの自信があるとは。びっくり。
「あ、強いて言うなら、髪が水色で瞳の色が赤なので、日本人じゃないだろうな〜とは思いました。でも、日本語を流暢に話せてるんで、ワンチャンあるかな…と」
「なるほど。…ん?それが1番の根拠じゃない?」
そうドヤ顔する女の子に、思わずツッコむ。
なるほどやはり、この世界、いや、『ニホンジン』という種族は、髪も瞳も黒なのだろう。
それならさっきの3人組も、俺が『ニホンジン』では無いことに気づいていたのだろうか?
「あの〜、」
と、再び考えを巡らせていると、女の子が声をかけてきた。
「ん?どうした?えっと…」
まずい、名前聞いてなかった。自己紹介もしてない。
「私は高峰咲桜と言います。それで、その…」
何やら恥ずかしそうにこちらをじっと見つめてくる。名前を知りたいのだろうか?
「俺はイュタベラ・カリステアだ。よろしく」
「あ、はい。えっと、あの、フィギュア返してもらってもいいですか…?」
女の子…咲桜は、俺の自己紹介をさらっと流しつつ、俺の左手を指さす。
スルーされたことに傷心しつつ、俺は自分の左手に目をやると、さっきの3人組が持っていた、─何やら人型をした物体を握っていた。そういえば、これ持ってたの忘れてたな。『ふぃぎゅあ』と言ったか。
「あぁ、これは、えっと…咲桜のなんだよな?すまない、返すよ。」
そう言って、左手に持っていた物を彼女に手渡す。
「あ、あぅ…えっと、…あり、がとうございます…」
「…?」
何やら照れている様子の咲桜は、その人型の物体を手に持つと、それをじっくりと観察し始めた。
それからたっぷり5分、咲桜がその物体を見終わると、こちらへ向き直った。
いつの間にか白い布のような物を顔から外しており、薄紅色の唇が露になっていた。隠していた顔は小さく、しかし目鼻立ちは驚くほど整っており、少しドキッとしてしまう。
はっきり言って、美少女だ。
「傷も無いみたいですし、ありがとうございました。これさっき買ったばっかりで、帰る途中にさっきのクラスの3人組にばったり会って絡まれてしまって…」
「ん、あ、そ、そうだったのか」
こちらの目を見て話す咲桜に、俺は何故か高鳴る鼓動を隠そうと、咄嗟に返答した。
「ん、そういえば、クラスってなんだ?クランなら知ってるが…」
ちなみにクランとは、魔物退治のスペシャリストが揃ったグループの集いである。カリステア国の各地にクランは存在し、魔物の分布や発生状況、弱点などの情報を共有し合う場となっている。
語感が似ている為、同じようなものかとは思ったが、この世界におそらく魔物はいないだろう。それなら、『クラス』とは一体なんなのだろうか。
「クラスって言うのは学校の中のグループで、一学年5つのクラスに分かれているんです」
「待て、また知らない単語が山ほどでてきた。『ひとがくねん』?『がっこう』?ってなんだ?」
「あぁ…そこからですか…」
俺の質問に、さらに知らない単語を被せて説明する咲桜。その単語について間髪入れず質問すると、咲桜は呆れたようなため息を吐き、再び口を開いた。
「分かりました。いちいち説明するのも面倒なので、少し着いてきてください」
と、咲桜は突然俺の手を取り、森の中を真っ直ぐに進み始めた。
─その仕草にときめいてしまったのは、何故だろうか。
咲桜に連れられ、俺たちは森の外に出た。
その先にあったのは、家や店のような建造物が立ち並ぶ、まさしく『街』と言うべき世界だった。