第26話 選択
夏休みが始まった、数日後のこと。
いつものように朝起きて、咲桜と1階に降りると、四人の声が聞こえた。どうやら、俺の親と咲桜の親が何か話しているらしい。
話の内容が気になり、リビングに降りると、美桜子さんの声が聞こえてきた。
「それじゃあ…今日で…。そうですか…」
なにやら悲しそうな声音でそう呟くのが聞こえる。
隣の咲桜も、不思議そうに首を傾げるが、ここでこっそり聞くだけでは何も始まらない。
そう思い、リビングに顔を出すと、そこには真剣な顔つきでテーブルに四人座っていた。
そのうち、カリオンが俺に気づくと、「丁度良かった」と手招きする。しかし、その対面にいる二人、咲桜の両親である美桜子さんと健蔵さんは、暗い顔をしている。
カリオンに従って、隣の椅子に座ると、カリオンが話し始める。
「イュタベラ。話は聞いてたか?」
そう問いかけるカリオンに、俺は首を振った。
それに対し、カリオンは「そうか…」と1度目を瞑る。そして目を開き、隣に座るタナーシャと、対面にいる美桜子さん、健蔵さん、そしてその間に座る咲桜の方を交互に見る。
最後に俺の方を見て、一度深呼吸すると、「実は…」と切り出し──
「実は、僕とタナーシャは、今日で日本を去るんだ。イュタベラには、ここに留まるか、僕たちと一緒に帰るか、決めて欲しい」
──。
────。
──今、なんと言われた?
「ち、ちょっと待って、話が急で…聞き間違い?」
何だか嫌な事が聞こえた気がする。気の所為であってくれ──。
しかし、そんな思いも虚しく──
「もう一度言うぞ。──イュタベラには、僕達と一緒に帰るか、高峰家にまだ世話になるか、決めて欲しい」
聞き間違いでは、無かった。
カリオン達は今日、カリステア国に帰る。しかし、俺がどうするかは、俺自身が決めろ、と。
「そ、そんなの急すぎじゃ…」
「今日で、僕達がここへ来て1ヶ月だ。もうクイックサモンは使える。それに、僕はカリステア国の国王だ。あちらを息子達にずっと任せる訳にはいかない」
いつもの軽口を叩くような口調とは違う、真剣な声音。そうだ。カリオンは、一応カリステア国の国王なのだ。兄たちにいつまでも仕事を押し付けるのは、王としての責任がない。
でも────、
本来、ここに来た最大の目的は、異世界の文化をカリステア国に取り入れるための視察だ。
しかし、1ヶ月前、ガリオンは「後々やればいい」と言った。俺の事が心配だから、今はまだしなくていい、と。
そう考えると、俺はカリステア国に戻った方が良いのかもしれない。いや、今更になって高峰家に迷惑をかける、などと言うつもりは毛頭ない。咲桜達は、俺たちを歓迎してくれた。その好意を蔑ろにするつもりは無い。
だが、俺は本来カリステア国の人間であり、俺から見れば、日本は異世界。それも、魔法が世間に浸透しておらず、魔獣も存在しない世界。
そして、咲桜たち日本人から見ても、俺の存在は異様そのものだと思う。
つまり──、
「わ…かった…。かえる…よ。帰る」
俺は、俺たち家族は、日本に居るべきじゃない。
日本人が、この世界の人間が魔法が使えないということは、今、この世界で魔法を使うことが出来るのは、俺、カリオン、タナーシャだ。
そして、ここの憲法では、魔法の存在は否定、いや、そもそも眼中に無い。
ということは、俺たちの存在は国家にとって危険そのものである。その気になれば、風魔法を使って殺人を犯し、手がかりの掴めない完全殺人を遂行することだってできる。するつもりは勿論無いが。
しかし、そういった事ができる以上、日本は俺たちのいるべき場所ではない。
「そう、か。理由は詮索しないよ。色々と考えての結論だ。」
俺の返答に、カリオンは少し悲しく笑うと、「今日の夕方に帰るから、それまで異世界を堪能してきな」と提案。この場を去ろうとする。
しかし──
「「「待ってください」」」
そう。高峰家は優しい。
───だから、俺の決断を止めるのは、もはや確定していたのだろう。