第16話 熱中症
「熱中症で倒れたって聞いて急いで帰ってきたけど、今は大丈夫そうね」
あの後、熱中症という夏によく起こる症状になった咲桜は、先生に保健室に運ばれ、水分を摂った。また、運動は今日は出来ないという事で家に帰らせ、1人じゃ不安だと俺も一緒に帰ってきた。
そして数十分後、先生から話を聞いたのか、仕事を早めに切り上げた美桜子さんが、咲桜の面倒を見ている。
今は落ち着いているが、それでも顔色が少し悪い。
そんな咲桜は、現在リビングに座り、母に看病してもらっている。
と、美桜子さんが咲桜に話しかける。
「咲桜、今年が初めての体育祭だからねぇ。張り切っちゃったのかしら?」
「…」
その問に無言を呈する咲桜。
──あれ、初めて?クラスの皆は経験してる様子だったが。
「咲桜も体育祭って初めてなのか?」
思わずそう問いかけると、咲桜は少し俯きながら、
「ほら、私、運動苦手だし。」
感情を殺した声。今の咲桜の胸中には、どんな感情が渦巻いているのか、分からない自分が腹立たしい。
そう感じながら、咲桜の様態が良くなるまで付き添っていた。
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その数十分後、咲桜の体調は回復した。
夕食もきちんと食べ終えており、これといった支障は無さそうだ。
そして今、俺は自室で本を読んでいる。
内容は、頭に入ってこない。
──咲桜は、体育祭が初めてと言った。最初、体育祭練習が始まった初日、咲桜が体育祭を嫌がっていた理由は、運動嫌いだけが理由じゃなかったのだろうか。
もし、咲桜が自分が去年独りだった時の事を思い出し、その事に対して嫌な素振りを見せていたのだとすれば、俺はどれ程咲桜に心の傷を与えたのだろうか。
無遠慮に咲桜の嫌な記憶を掘り返させるなど、人としての『常識』がなってない。
しかし、今後この事を咲桜に言ったところで、何になるんだ、という話だ。
また、無意識に咲桜の心の傷を広げかねない。それは避けなければ。
──この体育祭を、咲桜にとって、良い思い出として記憶に残してもらうために。
──過去の、独りだった時間を忘れられるほど、楽しい時間を過ごさせるために。
──俺は、俺に出来る最善を尽くして、咲桜を楽しませる。
そう思うほどに、俺は咲桜を大事に思っている。
咲桜の方はどうかは知らないが、恐らくは何とも思ってはいるまい。
だが、それでいい。
咲桜には、笑顔が似合う。
そう結論付け、本を閉じ、明日へ向けて布団に潜った。