第12話 お決まりのシチュエーション
「閉じ込められた」
その事実を声に出した瞬間、咲桜は「え?」と驚きの声を上げた。
「鍵が掛かってるっぽい」
補足してそう言うと、咲桜は「えぇ…」と頭を抱えて蹲る。俺もえぇ…だよ。うん。
恐らく、掃除に夢中になっている間に先生が点検に来て、俺らに気付かずにここを閉めたのだろう。
ーもう少し中まで見て欲しかったな。俺らに気づけよ。
と、この場で嘆いても仕方ないので。
「咲桜、どうする?」
俺は取り敢えず、隣で放心状態にある咲桜にそう問いかける。
すると、口をポカーンと開けていた咲桜は我に返り、
「ど、どうするって言っても…待つしかないよね?」
溜息混じりにそう返す咲桜。
ーさて、どうしたものか。
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それからどれ程経ったのか、窓から見える太陽は朱色に染まりつつあった。
それと同時に、倉庫の中も暗くなる。
あれから色々方法を試したが、先生たちは恐らく職員室で仕事をしておりこちらに気付いていない。
仕方なく、先生達が気づいてくれるまで重ねられたマットの上に胡座を書いていた。
正面で同じようにマットの上に座っている咲桜も、この世の終わりの様な顔をしている。
その咲桜の表情を見ていると、不意に咲桜が口を開いた。
「そう言えば、ベラの世界ってどんな感じだったの?」
「今更だけど」とこちらに問いかける咲桜。恐らく、この場の沈黙が耐えられなくなったのだろう。
ーそう言えば、身の上話はあまりしていなかったな。何から話そうか…。
まずは地元について話すか。
「まず、俺が住んでた国はカリステア国と言って、世界に3つある国のうち、最も商業が盛んな国なんだ。魔法とかも結構扱ってて、魔獣駆除の専門業者が多数輩出されるのもカリステア国なんだ」
まずそう言うと、咲桜は「待って待って」と右手を俺の眼前にやる。びっくりした。
「カリステアって聞いた事あるなーって思ったけど、ベラの家名だよね?え、もしかしてだけど、ベラって…」
ーあぁ、その事か。言ってなかったな。
「あぁ、言い忘れてたけど、俺はカリステア国国王の息子になるよ。一応」
「一応じゃなくて!え、そんな上の立場だったの!?今までごめん!じゃなくて、すみません!」
俺の立場を教えると、咲桜は態度を一変。両手を合わせてすみませんでしたぁ、と謝ってくる。
そんな咲桜に、俺は「まぁまて」と顔を上げさせる。
「一応カリステア家は国王の一族だけど、父さんと母さんがあんなのだから、気にしなくていい。あと、今まで通り接して。お願いだから」
そう?と先程の驚愕の表情から安堵の表情に切り替わる咲桜。
「えっと、何か他に気になったことは?」
こんな状況なので、会話が止まると寂しくなる。会話をもっと広げようと、俺は話題を振る。
それに対し咲桜は、うーん、と右手を顎に添え、考え込む素振りを見せる。
と、直ぐにこちらを向き、口を開いた。
「さっき魔法って言ってたけど、ベラは魔法は使えるの?使えるなら見てみたい」
若干早口にそう俺に問う咲桜。
恐らく、咲桜に尻尾があれば、左右にブンブン振っているだろう。
ーそういえば、ここで魔法使おうとは思ってなかったな。試してみるか。
「カリステア国では使えたけど、ここで使えるかは分からないなぁ。風と水、あと光の魔法は得意だけど…」
「え、やっぱり使えるの!?見せて見せて!」
目を輝かせ、手をバタバタさせながらこちらを見る咲桜。
出来るのかは分からないが…。仕方ない。覚悟を決めよう。
「ー想像するのは、海岸に吹く軟らかなそよ風。皆を包むような、優しい風ー」
「それ詠唱?」
「いや、イメージを口に出した方がやりやすいんだよ、俺は」
おっと、集中集中。
「体の中のマナを、両手に込める。そして、自然のマナで込めたマナを包み込んでー」
徐々に、広げた両手に風が巻き起こるのを感じる。
「ーマナの塊を、一気に破裂させるー!」
その瞬間、体育倉庫内に、涼やかな風が一陣吹いた。
隣で驚く咲桜の、その黒く長い髪が風でふわりと膨らむ。それに、咲桜は「ひゃっ」と小さな声を上げた。
密閉された室内に現れた一陣の風は、未だに動き続けている。動く度に咲桜の髪が靡き、その度に咲桜はわっ、と小さく驚いていた。
「ベラ、凄いよ!魔法を間近で見られる日が来るなんて、信じられない!」
未だ空中を踊る風を感じつつ、咲桜は俺に感想を述べる。
日本に魔法が存在しないのは分かってはいたが、こんなに興奮するものなのか。常に身近に魔法があった俺にとっては、その価値観が分からない。
「ねぇ、さっき水も出来るって言ってたよね?水魔法も見せて!お願いっ!」
初めて見た魔法に興奮冷めやらぬといった感じで、俺の肩を両手で揺する。
ー風魔法の制御に手一杯何だが…。てか、そんなに揺らすと魔法構築が…!!
「ちょ、咲桜、分かったからやめ…」
と、次の瞬間、案の定制御を誤った。今まで涼やかに、軟らかく宙を舞っていたそよ風は、力加減の誤作動によって強風へと姿を変える。
ごうっ、と大きな音と共に、俺の背中が風に押された。その衝撃に耐えきれず、正面に倒れ込んだ。
ドスンッ…
「ーってて…咲桜、だいじょう……あ…」
「いたた……あ」
正面に座っていたはずの咲桜が、何故か今は俺の目の前に居る。というか、これはもう…。
ー俺が、咲桜を押し倒した形になっていた。
両手を地面につけ、四つん這いになっている俺の下に、丁度よく咲桜が居る。
咲桜も、状況の理解に脳が追いつくと、分かりやすく顔を赤らめた。
そして、同時に顔を背ける。
「べ、ベラ…その…ごめん」
「あ、いや、大丈夫…。あ、い、今すぐ離れるから!」
顔を背け、先程の件を詫びる咲桜。
それに応え、体重に耐えられず震える腕に、このままではまずいと先程の位置に座ろうと動いた。が、しかし。
―あれ、そういえば…
「俺の風は、どこ行った…?」
そう思った直後、プルプルと震える腕に力が入り、そよ風へと再び変化していた魔法が、威力を増して俺に襲いかかる。
それを感じ取ったは良いが、この状態だと制御も出来ないし避けることも出来ない。
どうしよう、どうしよう…。
頭を高速で回転させてはいても、物理法則は待ってくれない。
ー再び、ごう、と風が吹く。
「あっ…」
その瞬間、俺震える両腕は、体重と衝撃に耐えきれず、思い切り体勢を崩した。
ー何か、柔らかい感触が顔を埋めつくしている。これは何だ?
「あぅ……べ、ベラ……」
顔に感じる感触の正体に頭を悩ませていると、頭上から咲桜の声が聞こえた。
―ん?頭上から?
「あ、あの…ぁ……」
また頭上から咲桜の声がする。という事は、この感触は…。
「だぁぁ!?ごごごご、ごめん!!!」
その事実に気づいた瞬間、咄嗟に顔を上げ土下座する。
首が壊れるほど土下座し、許しを乞うた。
それに対し咲桜は、「べ、別に…」と起き上がりながら、
「気にしてない…………それに、ベラなら、別にいつでも…」
最後の方は聞こえなかったが、怒ってないようで安心した。
ほっと胸を撫で下ろし、気持ちを切り替える。
そして、再び咲桜の方へ向くと、
「今の魔法のせいで、また倉庫が散らかった。片付けよう」
と、この場では危険な風魔法を消滅させて、再び掃除を再開した。
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ーそんな一悶着があった数十分後、先生が倉庫に駆けつけてきた。恐らく、先程倉庫内の道具が散らばった音で俺らの存在が分かったのだろう。
その事に感謝すべきかどうかは、分からなかったけれど。