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誰か異世界の常識を教えて!  作者: 三六九狐猫
最終章 またいつか、必ず
123/123

エピローグ

 

「っかー!終わった!やっと、終わった!」



「分かったから、家の中でそんなに叫ばないで」



 活動を開始して約一年、パソコンに向かった時間を思うと、今までの疲れがどっと出てくる。


 しかし同時に、初めて執筆した物語を完結させたということに、大きな達成感と、嬉しさが込み上げるのもまた、事実だ。


 疲れから来る喉の乾きを、コーヒーを飲むことで潤す──



「っ!ごほっごほっ!にがっ!」



 だが、まだまだ舌は子供のようだ。俺にブラックコーヒーは早すぎた。


 大人しく、リンゴジュースをコップに注ぎ、先の苦味と共に流し込む。甘い=美味しい。



「もう、調子に乗ってブラックなんて飲むから──まぁ、お疲れ様」



 そう、先の一連の行動を呆れた様子で見ていたのは、この世界では珍しくもなんともない、長く艶やかな黒髪と、大きな丸い黒瞳。


 しかし、その整った愛らしい顔立ちからは、神からの最大級の祝福を受けていると一目見ただけで理解できる。


 女性特有の柔らかな身体を普段着で包んだ彼女こそ、俺──イュタベラ・カリステアの嫁、サクラ・カリステアだ。


 サクラは、俺への嫌味かのようにブラックコーヒーを啜りながら、しかしやはり、俺の行動を労ってくれた。



「あぁ、やっと終わったんだな──。あ、どうだった?同時進行で読んでもらってたけど、おかしい所なかったか?」



 リビングのテーブルに向かいたって座り、今度はオレンジジュースを飲みながら、目の前のサクラに問いかける。


 俺が執筆している間、同時進行で各話ごとに、サクラに読んでもらっていたのだが、感想をまだ貰っていない。


 質問を受けたサクラは、一度思案するように顎に手を添え、俯く。


 そうして直ぐにこちらへ再び顔を向けると、



「久しぶりの日本語としてはまぁまぁだけど、まだまだだったかなぁ。なんか、文章が幼稚。ていうか、これ物語じゃなくて日記じゃん」



「仕方ないだろ、皆からの希望で慌てて書いたんだから。この『小説家になろう』ってサイトの勝手も分からなかっったんだし」



 と、早口に捲し立てる。


『皆から』とは、俺が書いている──いや、書いていた小説は、実は俺とサクラの馴れ初めを描いたものなのだ。


 というのも、実は俺は、カリステア国の王族の息子であり、父さんの人望も相まって、よくサクラとの馴れ初めを聞かれるのだ。


 よく、とは言うが、その次元が想像以上で、一日に五人ほどに同じ話をしなければならないくらいだ。


 実際は長くなるので言わないが、それでも皆の残念そうな顔を見ると、何となく罪悪感に蝕まれていた。


 そこで、偉人の伝記のように、俺とサクラの物語を、小説として投稿しようとしたのだ。


 もちろん、サクラの許可もとってある。サクラの方も日本で、カリステアの国王の息子と結婚したということで、俺と同じように何度も馴れ初めを尋ねられたらしい。


 そうして、昔の記憶を綴ったものが、今俺のパソコンに写っている小説だ。



「にしても、ベラの能力には驚いたなぁ」



「俺も、自分で驚いたよ。──()()()()()()だっけか。兄さんが教えてくれなかったら、俺はこの記憶力が常識だと思ってたよ」



「その日にした会話全部覚えてる時点で十分やばいよ」



 話題を変え、俺の能力について話すサクラ。


 それは、数年前、初めてこの日本へやってきた時の正月に、兄さんが仄めかしていたものだ。


「お前は多分、カリステア家の誰よりも優秀」とは、その時に兄さんが俺に言ったことだ。


 まさかその正体が完全記憶能力で、こんな形で役に立つとは思わなかったが。


 ともかく、これで今日の予定を達成することが出来る。


 ジト目で見てくるサクラに「まぁまぁ」と言いながら近づき、頭を撫でる。


 そして、行こうか、と用意した荷物を持って、サクラへ言った。



「行こうかって、私が待ってたんだけど──まぁ、いっか。早く行こ!初めてだから楽しみ!」



 最初は不満げに小言を言うサクラも、この後のことを考えるとテンションが上がったようで、傍に置いていた小さなバッグを提げて、玄関へと向かう。


 今日は、サクラにとって初めて、カリステアへ行く日だ。


 あの計画が実現してからというもの、日本人の異世界への憧れが形となり、その利用者するは増加傾向にある。


 そのゲートをくぐって、今日から数日間、カリステアへ旅行に行くことになっているのだ。


 胸をときめかせるサクラを微笑ましく思いながら、玄関の扉を開ける。


 真上からの日差しは眩しく、しかし絶好の旅行日和だと安心する。



「あ、そうだベラ」



 とそこへ、サクラが不意に俺の名前を呼んだ。


 どうした、と隣の愛しい姿を視界に収めると、サクラは悪戯っぽく笑いながら、



「私に常識、教えてね」



「漠然としすぎてどこから教えればいいのやら」



 いつかも交わした会話を繰り返して、ゲートへ向かう。







「お、今日は空いてるな」



「そりゃベラが予約したからね」



「なんでゲートが予約制なんだ...!」



 ゲートへ到着したが、人は疎らで、増加傾向にあるといった先のことが疑われる。


 が、人の有無はこの際どうでもいい。


 今日の目的は、あの日にした約束通り、サクラを俺の実家に招待すること。


 それはカリステアでは『私と恋人になりましょう』と同じ意味なのだが、結婚して夫婦となった今では、それは無意味だ。


 しかし、サクラの家に滞在していた時期があるし、今は新居に住んでいるが、カリステアには行っていない。


 それは流石に良くないし、サクラも行きたいと言っていたので、その願いを叶える。


 そうして手続きを済ませて、紫色の靄がかかるゲートを目前に、お互いの手を繋ぐ。



「じゃあ、行くか」



「うん!ずっと楽しみにしてたの!早く早く!」



 無邪気にはしゃいで、先を急ぐサクラに従い、靄の中へ。



「さっきの物語だけど、私たちってほんとにラブコメみたいな恋してたんだね」



 ゲートでの転移中、辺りが暗闇に包まれる中、俺たちの馴れ初めの話をもちかける。



「確かにそうだな。俺も書いてて思ったよ」



 あの日のことを──数年前の、あの日々の事を思い出しながらそう答える。



「小説のタイトル決まったの?」



 前を向いたまま、サクラが俺に問いかける。


 それに俺は思案して、



「そうだな、らのべ?ってのは、長ったらしいものが多いらしいからそれに則るか」



 そう呟いて、考える。


 考えて、そうだ、と。



「俺が、初めて日本に来た時に思ったことにしよう」



「と、言うと?」



 胸の中で、何故かピッタリとハマったタイトル。それを、サクラに言う。



「『誰か、異世界の常識を教えて!』だな」



 そう言った直後、闇の中から一筋の光が差し込んだ。



「え、センス無くない?」



「──ついたぞ、ここがカリステアだ」



 サクラの言葉を無視して、告げる。



 俺とサクラの馴れ初めの物語は終わった。



 しかし、これからは幸せな日々という名の物語が紡がれるだろう。


 そう確信めいたものを感じ、サクラを見た。


 今日もまた一段と、サクラは愛おしかった。






 《─了─》

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