第119話 星空散歩道
「「またいつか──!!」」
「あぁ、また、いつか会おう!」
月明かりに照らされながら、俺の送別会は幕を閉じた。
その、帰り道。
俺と咲桜は、手を繋いでゆっくりと歩いていた。
道中、俺たちは送別会の感想を言い合い、楽しかった思い出を振り返る。
「まさか、あいつらの前で堂々とキスするとは思わなかったな。ビックリしたよ」
「あ、そ、それは、その、流れっていうか。──う、うるさいっ!」
「理不尽すぎないか?」
暗い夜道でもわかる程に顔を紅く染めて、肩をポコスカ叩く。痛みは無く、くすぐったい。
満天の星空の下、こうして咲桜と過ごすのも最後。
あとは数年、下手すると数十年待たないと──。
そう思うと、なんというか──
「もうっ!ベラがすぐからかってくるから──ふぁ」
「ごめん、ちょっとこうしてたくて」
誰もいない細い路地。
胸の奥底が訴える寂しさに耐えられず、思わず咲桜を抱きしめる。
温かな体温を体全体で感じる。同じシャンプーを使っている筈なのに、ほんのり甘くて柔らかな香りがする。
それを手放したくなくて、咲桜を抱きしめる腕に、更に力を込める。
「べ、ベラ、ちょっと痛い──」
「あ、あぁ、ごめん」
少し力を入れすぎたか、咲桜の空いた手が俺の背中を叩く。
「──もう、仕方ないなぁ」
が、力を弛めたその直後。耳元で囁くような声がしたと同時、その手が俺の背後に回る。
こうして抱きしめ合って、互いの気持ちを再確認する。
幸せな儀式を終え、真っ直ぐ帰宅──とはならず、やはりと言うべきか、例の広場へ足を運ぶ。
すっかり定位置になった、三つ並んだベンチのうち真ん中に隣合って座り、綺麗な夜空を二人で眺める。
「──綺麗だな」
「私が?」
「どっちも」
「どっちかと言うと?」
「とっちも」
「もう!」
「冗談。咲桜より綺麗で可愛い存在を俺は知らない」
「な、なんかそう改めて言われると恥ずかしぃ──」
傍から見れば、俗に言うバカップルと言うやつに見えるだろうか。
そんな会話が夜空に吸い込まれ、あるべき静寂が訪れる。
この静寂の中、ふと思った事があった。
「咲桜」
「ど、どうしたの?」
「──約束、守ってくれてありがとうな」
「──?」
首を傾げて、分かりやすく頭の上にはてなマークを浮かべる咲桜。
約束とは、俺が初めて日本に来た時──まだ、咲桜の態度がよそよそしかった時にした約束。
「『常識を教えるために、ずっとそばに居る』って約束だよ。覚えてないのか?」
「あー、ベラと会って名前聴き逃した時の」
「そうそう。懐かしいな」
あの時は咲桜も警戒心MAXで、ずっと敬語使ってたな。
まぁ直ぐにタメ口で話そうとなったが。
「あの時のフィギュア、ガラスケースの中に入れてるのか?」
咲桜と共にアニメを見ていた今の俺なら分かるが、咲桜と最初に出会った時に持っていたあのフィギュアは、咲桜が一番好きなアニメのキャラクターだった。
最近咲桜の部屋に行ってなかったから分からないが、飾っているところを見たことがない。
まさか捨ててしまった──ということは絶対にないな。断言出来る。
それに対して咲桜は、罰が笑そうに苦笑いして、
「実はまだ飾って無くて──いい台座が見つからないんだよね。ほら、私の好きなキャラだし、それに──」
そこで一拍、深呼吸し、言う。
「私が一目惚れした人が、頑張って取り返してくれたやつだから、ちゃんと飾りたいの」
そう言って、照れ笑いする咲桜。
月光と街灯の淡い光に照らされたその表情は、いつも俺にくれた笑顔で。
その気持ちが、嬉しくて。
「飾りたいんだけど、もう少し先になるかな。あ、ベラが次こっちに来る時までには絶対にかざ──んっ」
気づけば、隣で見つめあっていたはずの咲桜の顔が、こんな近くにある。
だが、そんなことはどうでもいい。
今はこの、溢れんばかりの感情を少しでも、咲桜に知って欲しくて。
互いに目を閉じる。
──二人の口付けを、ただ星空だけが見守っていた。