第117話 送別会
「さぁ、ちゃんと説明してもらおうか?」
「ごめん俺が悪かったけんその顔やめて気持ちわりぃ」
「誰が気持ち悪いって?」
「なんでもないっす」
行飛からの電話で、行飛にただならぬ事が起きていると思って夜の学校へ忍び込んだ俺と咲桜。
だが、行飛の扉を開けると、待っていたのはクラッカー音と、家から忽然と姿を消していた健蔵さんと美桜子さん、そして矢野先生を含めたクラスメイトだった。
行飛の話によると、この家庭科室に飾られた装飾や数多の菓子類は、全部俺のためだという。
そしてこの学校も、健蔵さんの謎の力で貸切のような形にしたのだそう。健蔵さん、何者だ…?
明日俺がカリステアへ帰るから最後の思い出作りをしたかった、だそうだ。
あの電話の、行飛の切羽詰まったような声は演技だったようだ。
今になって考えれば、あの電話はおかしな所があった。
まず、俺と咲桜が帰ってきた直後に、タイミング良く電話がかかってきたことだ。
家の中の異変に気づきた瞬間に、考察を遮るように掛かった電話。
今思えばあれは、美桜子さんと健蔵さんの捜索を遅らせて、目的地である学校へ先にたどり着かせるための作戦だったわけだ。
にしても、こんなに大袈裟にしなくても良かったのだが。それに目立つのは好きじゃない。
美桜子さんと健蔵さんが飲み物やお菓子を大量に持ってきていたお陰で、家庭科室なのにちょっとしたパーティが行われている。
とはいっても、各々適当に喋ったり、携帯ゲーム機などで友人たちと遊んだりしている。
俺は走り疲れて食欲が無く、独り夜風に当たりにグラウンドのベンチに座っていた。
四月前の風は暖かく、その風に乗って枝葉に残った数枚の桜の花弁が舞い散る。
月明かりに照らされたその光景は、宛ら優雅に舞う蝶のよう。
その舞に見惚れていたからだろうか。隣の気配に気づけなかった。
「ふ〜」
「ひゃっ」
「ふふっ、女の子みたいな声出た」
不意に耳元に息が吹きかけられる。
驚いて見れば、そこには白い肌を月光で染めた咲桜が、純粋無垢な子供のような笑みでこちらを見ている。
桜の花弁に見惚れていたのが嘘だったかのように、俺は視界に存在する女神のようなその笑顔に釘付けになる。
「そ、そんなに見つめられると照れるよ。それに、主役が教室出てどうするの?ほら、戻るよ」
視線に耐えられず、視線を逸らしてこちらに手を差し伸べる。
勝手に主役にされたんだが、悪意あっての事じゃない。むしろ善意でしてくれているのだ。
だが──
「いやぁ、あんなに大勢いるのに主役が俺だて思うと、なんというかムズムズしてな──」
「照れてるんだ?」
「て、照れては──」
「照れてるんでしょ?」
「だから照れて──」
「照れてる」
「はい」
にやにやと、手で口を抑えてからかう咲桜。
未だ手を差し出し続ける咲桜に根気負けして、その手を取ることに。
「ベラがいなくなっちゃったから、みんなベラが来た時のためにまたサプライズ準備しようとしてるよ?」
「それ言って大丈夫なのか?」
手を繋いだまま、半歩後ろを咲桜が歩く形で、昇降口から学校に入る。
夜は深まり、行飛を見つけた時よりも、廊下は暗くなり、視界も悪くなっている。
そのまま家庭科室への階段を登──ろうとした所で。
咲桜の足が止まった。
繋いだままの手が、後ろ側に引っ張られる。
どうしたのだろうか。様子を確認するために、後ろを振り向き───
「咲桜、どうし───」
「──ん」
「──っ!?」
振り向いた瞬間、唇を柔らかく暖かい感触が支配する。
それの正体を脳が捉え、理解するのに数秒の時間を要した。
そして、それがキスである事が分かり、混乱する。
すると、ぷいっとそっぽを向いた咲桜がボソリと
「な、なんか、最近ベラと会ってなかったから──」
「あ、あぁ」
互いに気まずい時間が流れる。
どうしよう。何か彼氏っぽいことを──
「お、ベラ戻っとるやん。アタシ探し行こっち思っとったんやけど見つかってよかった」
「ん、ほんとやん。ベラ、主役なんやけんはやく来んとダメやけん?まぢで」
上から聞こえてくる紗良と真奈美のその言葉で、俺と咲桜は我に返る。
「あ、あぁ。ほら咲桜、行くぞ」
「あ、う、うん──」
さっきの、見られてないよな?
いや、今来たっぽいし、見られては──
「はよ行きーね。──あ、そいえば、咲桜って結構積極的?」
「っ!?ち、ちが、てかさっきの──」
「いーよいーよ、ベラカッコイイもんね?」
「それ、は、そうだけど──忘れて!お願い!」
「どーかなー?」
仲睦まじい三人の様子に安堵しつつ、家庭科室へと戻った。