第109話 蹴られた頭は意外と痛かった
黄昏色の空が世界に覆い被さり、全ての物を朱に染める。
小さな紙袋を持ち、見慣れた街道を歩く。
休日と言うだけあって、いつもより人通りは多い。
未だ寒さの残る三月。家の暖房の暖かさを恋しく思いながら、帰路に着く。
普段の休日は咲桜とソファに隣合って座りながらアニメでも見るのだが、今頃咲桜は何をしているだろうか。
あぁ、でも最近はそこにまさるもいるな。
まさると咲桜のツーショットは心臓に悪い。ほんとにもう。スマホの待ち受け画面を見る度にドキドキするんだよこっちは。
などと、はたからみればスマホを見ながらニヤついている大分気持ち悪い部類の人間と成り果てているあたり、俺はすっかり日本に染まっているのだと思う。
でも、それもあと少しだと思うと、寂しい気持ちがある。もう少しでここから出なければいけないのだ。
元々、五月にカリステアに帰る予定だった、だが、日本とカリステアを繋ぐゲートを作るために、予定より一ヶ月早い四月一日に帰ることになったのだ。
四月一日以降は、ゲートの制作、及び設置が終わるまでは、日本には行けない。
それは必然的に、咲桜に当分会えない、ということになる。
「──。」
早く家に帰りたい。その一心で、歩みの速度を上げた。
白塗りの、日本ではよく見かける家の塗装に、表札の『高峰』の文字。
初めてここへ咲桜に連れられた時は、カリステアでの常識が抜けてなくて、気持ちが高揚しっぱなしだったな。
何せ、カリステアでは同年代の女子との交流がなかったからな。それがいきなり、初対面の女子、しかも美少女の家に招待されるとなると、胸の高鳴りが抑えられなかった。
あの時は考えもしなかったな。この恋が成就するなんて。
と、一年も経っていないのに、どこか懐かしく感じるあの記憶を思い起こしながら、幾度も触れた玄関の扉を開ける。
靴を脱ぎ、階段二足を乗せた、その時。
「まさる〜、ベラまだ帰ってこないよ〜。もう夕方だよ?寂しいよ〜」
リビングから聞きなれた、この世界に来てから毎日聞いた声が聞こえた。
ドアを少しだけ引いて様子を見れば、ソファの背もたれに隠れているが、寝そべった咲桜がまさるを抱き上げて、悲しげな声で愚痴っている。
その様子を微笑ましく思いながら、そっと、そっと、咲桜がいるソファへ近付く。
「ベラ、何しに行ったか分かる〜?って、まさるに聞いても分からないか。まさか、ホワイトデーの事知らないよね?私、ベラに色々貰ってばかりだからお返しされると返しきれる自信が無いよ〜」
「そのまさかだぞ。それと、そのセリフは俺のだ」
「うひゃうぉい!?」
ひょっこりと咲桜の視界に入り、聞き捨てならない言葉をすぐさま否定した。
対する咲桜は素っ頓狂な声を上げ、その声に驚いたまさるが俺の頭を経由して床に飛び降りる。
目を見開き、驚きのあまり口をパクパクと動かすが、咲桜の声は出ない。
「俺こそ、咲桜に沢山のものを貰ってる。俺の方こそ返しきれないぞ」
目を逸らし、空いた口を閉じて顔を赤らめる咲桜。
「──いつからいたの」
「ついさっき帰ってきたばかりだ。ただいま」
「──おかえ、り」
ぼそぼそと、拗ねたように零す。
と、咲桜が急にこちらへ目を合わせ
「え、ホワイトデー!?」
と、今更ながら紙袋を渡し、サプライズを成功させたのだった。