第106話 あの日のこと
風呂から上がり着替えを済ませると、リビングから食欲をそそる良い香りが鼻腔を掠めた。
早速リビングに行くと、食卓には入浴済みの美桜子さん、健蔵さん、そして咲桜。
その三人の目の前には、いつもよりも豪華な、寿司やケーキなどが所狭しとならんでいる。
その中に加わり、咲桜の隣の席へ。
座った直後、灰色の子猫──まさるが膝の上に乗ってきた。撫でてあげると、喉を鳴らしながら頭を腹に擦り寄せてきた。カワイイ。
そして、メンバーが全員揃ったことを確認した美桜子さんは、手を叩いて、言った。
「みんな揃ったわね。じゃあ、改めて──サク、イュタベラくん、誕生日おめでとう!」
「おめでとう」
美桜子さんに続いて、健蔵さんも祝福の言葉を述べる。
俺と咲桜は、それを笑顔で受け止め、そしてお互いに見つめ合い──
「咲桜、誕生日おめでとう」
「ベラも、おめでとう」
有り余る幸福を噛み締めながら、目の前の食事に手をつけた。
「いやぁ、美味しかった。サーモンにマグロに、イクラにタイ、そして最後の締めにイチゴのショートケーキ。どれも凄く美味しかった。カリステアじゃ、あれほどの物は作れないな」
「えー、私はいつか食べてみたいな、ベラの故郷の料理」
未だ寒さが堪える街中で、街灯を頼りにとある場所へ向かう。
食事を終えた俺たちは、寝転がり、暇を持て余している猫の為に遊び道具等を買ってやることにした。
明日でも良いと言ったのだが、咲桜が今から行くと言って聞かなかった為、仕方なく今日行くことにしたのだ。
しかし、現在の時刻は午後八時。行く道に立ち並ぶ店はどれも閉まっており、目的地は開いているのだろうかという心配がある。
分厚いカーディガンのポケットに手を突っ込み、少しでも寒さを軽減させ、咲桜と同じ道を歩む。
と、急に咲桜が足を止めた。何事かと咲桜の目線を追えば、そこは、懐かしいな、俺と咲桜が結ばれたあの広場だった。
「もう二ヶ月か、早いな」
「ん、そうだね。──私、今でもあの日のこと、鮮明に思い出せるよ。嬉しかったなぁ」
「それは俺だって同じだ。咲桜が泣きついて、俺の服がびしょびしょに──いてっ、ちょ、ごめんごめんって」
あの、忘れられない思い出を脳裏に呼び起こし、懐かしむ。
少しからかってやると、肩をすごい勢いで叩かれた。
赤い顔で、頬を膨らませて不満げに怒る咲桜。
その手を繋ぎ、「少し寄っていこうか」と広場の中へ。
あの日とは違って広場にクリスマスツリーはなく、どこか物寂しさを感じる。
あの日と同じベンチに座り、少し休憩する。
「咲桜、あのな」
空に浮かぶ月を見ながら、話しかける。
「ん?どうしたの?」
俺の肩に頭を預けた咲桜が、至近距離で反応する。
人の温かみを肩に感じながら、何故か言いたくなった言葉を言う。
「好きだ」
「ふぇっ!?」
突然のことに驚いたようで、肩に乗せた頭が勢いよく離れる。
そして俯き、呟くように
「わ、私も、好き、です」
顔を赤らめ、照れながらも返事をしてくれた。その姿がとても愛おしくて、思わず抱きしめる。
「ひゃっ!ちょ、誰かに見られたらどうするの!」
そう心配する咲桜だが、ここは休日も人が来ることは少ない。誰かに見られることなどないのだ。
「大丈夫、ここ穴場なんだから来るはず──」
「いや、普通におるけど?外は寒いのにあっついなぁお前ら」
「──行飛かよっ!びっくりした…」
いつの間にか目の前に現れた行飛が、ニヤニヤとこちらを見つめている。
その頭を叩いて、罰として俺たちの買い物に付き合ってもらった。
終始咲桜が赤面していたことは、家に帰ってからかったら背中を強めに叩かれた。
しかし、その後すぐに咲桜が自室から、いつ買ったのだろうか、俺へのプレゼント──今度は本当に誕生日プレゼントを貰った。
最高の日が終わることを心底惜しく思いながら、バレンタインデー、並びに俺と咲桜の誕生日は幕を閉じた。