第104話 すれ違い
「だから!気にしなくていいって!俺も気にしてないから!な!」
「いや、これは流石に謝罪してもしきれないほど重大な罪を犯してしまったので──」
「いいから!ほら、リビング行くぞ!美桜子さんたち待ってるぞ!」
ベッドにお互い隣同士で座りながら、そんな会話が室内に響く。
あれから十数分。咲桜は今も尚、先の風呂を謝って覗いてしまった件を反省してるらしく、ずっとこの調子だ。
正直、別に咲桜ならいいのだが。恥ずかしくはあったが。
頭を下げっぱなしの咲桜の頭を撫で、ベッドから立ち上がる。
そして、俺を見上げる咲桜に手を差し伸べ、「それに──」と続け、
「そんな顔してたら、今日の主役が務まらないぞ?俺も渡すものあるんだからな──あっ」
「──え?」
しまった、つい言ってしまった。
プレゼントがあるのは、咲桜には内緒にしておきたかったのだが。サプライズにしたかったなぁ──。
顔を上げ、目を丸くしてこちらを見つめる咲桜。これはもう誤魔化すことは出来なさそうだ。
小さくため息を吐き、「ちょっと待て」と、本棚の上に置いておいたバッグから、『ゆめいち』の最新巻とヒロインのアクリルスタンド、そして、行飛と一緒に行ったショッピングモールで買ったチョコレート──
「あ、まずいな、溶けてる」
「え?何が?溶ける?」
そういえば、ショッピングモールの帰りは子猫に会って治療して、家に帰ったら猫の体を洗ってと、保存する時間がなかったな。仕方ない。これは自分で食べよう。
取り出しかけたチョコレートをバッグにしまう。と、いつの間にか背後に迫っていた咲桜が、俺の手元を覗いて「あっ」と声を漏らし、
「え、それ『ゆめいち』の新刊だ!それに、ミナのアクスタも!これ、けっこう高かったやつじゃない!?予約限定のやつ!なんであるの!?買ったの!?え?え!?」
「わーかったわかったから、一旦落ち着け」
俺の手元の物を見てスイッチが入り、咲桜が興奮気味に語り出す。咲桜のこんな姿は多分、美桜子さんと健蔵さん、そして俺しか知らないだろう。
普段から明るい性格だが、ここまで熱を入れて語る事はそうそうない。
それを誇りに思い、なんだか嬉しくなった。
どうどう、と咲桜の両肩を抑えて熱を冷まし、落ち着いたところで説明する。
「あー、実は、今日が咲桜の誕生日だってこと、偶然リビングで聞いてな…。つい買ったってわけだ。だからこれは咲桜の誕生日プレゼントってことで──」
そこで区切り、本とアクリルスタンドを咲桜の目の前に出し──
「はい、誕生日おめでとう。いつもありがとうな」
申し訳程度の日頃の感謝を述べつつ、出来る限り精一杯の笑顔で咲桜に渡した。
ところが、手に取った瞬間発狂でもしそうな勢いだった咲桜は、何も言わずに、「あー、えっとー」と何故か顔を赤らめながら目を泳がせる。
この反応、まさか──
「もしかして、もう買って──」
「サクー!まだあげないのー!?」
「あー!今行くー!ベラ、こっち来て、くだ、さい…?」
俺の最悪な推測を遮り聞こえてきたのは、リビングにいる美桜子さんの声。
咲桜は慌てて返事をすると、何故か敬語で俺の手を引いて部屋を出ようとする。
「いや、待て、本は──」
「いいから!この勢い大事だから!」
「よく分からん」
扉を勢いよく開け、階段を滑るように降る。
そしてリビングに着くと、一瞬立ち止まり──
「あ!やっぱり部屋行ってて!──お母さん、絶対二階に上がってこないで!」
なんだか忙しいなと思いつつ、そんな声を聞きながら部屋へ戻る。
が、部屋の扉を開ける前に咲桜が階段を登ってきた。肩で息をしながら、「とり、あえず、部屋入って──」と途切れ途切れ言う。
何事だと思いつつも、大人しく自室へ。と、自室の扉に手をかけたところで、咲桜が慌てて「私の部屋!」と反対方向の咲桜の部屋を指さす。
「一体なんなんだ──。お邪魔しまーす」
そう呟き、久しぶりに咲桜の部屋に入る。
また二人きりの状況になると、咲桜が「その机の椅子座って、私向かい側座るから」と部屋の扉を閉めながら早口に言う。
言われるがまま席につき、すぐ後に咲桜が机を挟んで対面に座った。
これから何が始まるのか──。
数秒の静寂が数分のように感じられ、そして咲桜が口を開く。
「あの、実はですね──」
「なんだ改まって──ん?」
またもや敬語を使う咲桜に疑問を抱く前に、咲桜が小さな包みを俺の目の前に置いた。
綺麗な桃色をした包装には、「ベラ」とだけ書かれており、それだけでそれが咲桜から俺へのプレゼントだということが分かった。
しかし、俺の誕生日は咲桜にも、ましてや美桜子さんにも健蔵さんにも言ってないはず。何故知ってるのだろうか?
と、そこまで思考が至り、犯人がわかった。母さんだ。
正月の日に、「来月イュタベラくんの誕生日だから〜」とか言ったんだろう。
理解が及び、目の前の包みに手を伸ばす。
そして、包装を開けてみると──
「チョコレート?てかこれ、もしかして手作りか?ありがとう」
「あ、うん、喜んでもらえて、嬉しい。えへへ」
率直な感想をぶつけると、照れながら満面の笑みを浮かべる。
その姿に見惚れつつ、再度中身を確認すると、中から小さな紙が。
白く、他と比較して少し硬い材質でできた紙だ。
「ん?これ、手紙?」
手に取ると、この紙にも『ベラ』と書かれている。
とりあえず、裏を確認──
「あ!駄目!それは自分の部屋で──」
「ん?これは──」
咲桜の制止は間に合わず、裏に書いてある文に目を通す。
そこには短く、こう書かれていた。
『ハッピーバレンタイン
いつもありがとう
大好き』
「っすぅー……あぁ、まぁ、なんだ、えと、ありがとな、嬉しいよ」
「──」
黙ってしまった。
これはからかったほうがいいのか──って、ちょっと待て。
「ハッピーバレンタイン?って、なんだ?」
日本では、誕生日を祝う時は『ハッピーバースデー』と言うはずだ。バレンタインなんてどこから出てきた?
その疑問に、赤面したままの咲桜が小さく、呟くように説明する。
「今日は、その、バレンタインデーって言って、女子が好きな異性にチョコレートを渡す日でして──」
「──え?」
なんだそれは。初耳だぞ。
と、今日の行飛と一緒に行ったショッピングモールを思い出す。
そうだ、今日はやけにチョコレートを推している店が多かった。そういう事だったのか。
ん?ということは──
「咲桜、今日が俺の誕生日だって知ってた?」
答えは分かりきっているが、一応聞いてみる。
俯いたままの咲桜は、驚いたように素早く顔を上げ、
「え、知らなかった──」
だろうと思ったよ。こんちくしょう。