第103話 新しい家族
さて、俺は一応半月以上の月日をこの日本で過ごしている。そのため、この世界の常識も少しは身についてきた。
しかし、俺は異世界人。カリステアと日本で勝手が違うことは多々あり、未だ日本の常識を完全に網羅したとは言えない。
そのため、初めて会った日本人であり、俺の恋人でもある咲桜の手助けが今も必要不可欠なのである。
そして今、俺は咲桜の助けを必要としていた──。
場所は咲桜の家への帰路。何の変哲もない、ただの歩道。
今日、二月十四日は俺の誕生日であり、咲桜の誕生日だ。
咲桜は自分の誕生日を俺に秘密にしているらしい。恐らく、俺から祝われるのが照れくさいのだろう。
だが、俺はぐうぜん美桜子さんとの会話で誕生日のことを知った。ならば、誕生日プレゼントを買うのが道理というものだろう。
ということで、行飛の助けもあって、咲桜に渡すプレゼントを買い、帰る途中で子猫を助けた。
その子猫が──
「やっぱり、着いてきてるよな…」
狭く暗い路地裏で、息も絶え絶えだったところをを助けたのだが、そのせいで懐かれてしまったようだ。
俺の後ろにピッタリと張り付くように歩く灰色の子猫。振り返って確認すると、つぶらな、大きく丸い金色の瞳で見つめられ、小首を傾げられた。やめろ...可愛いって言ってしまう...!
と、この『だるまさんがころんだ』のような状況を繰り返しながら、気付けば帰るべき家の前へ辿り着いていた。
俺は知っている。この子猫をペットにすることは難しいということを。
漫画などでも、よく見たやり取りを思いだす。
子供が野良猫を拾ってきて、親に「猫飼いたい!」と満面の笑みで言う。そんな子供を、親が咎めるシーンが。
ペットを飼うのは、それほど大変なのだ。
食費、ケージ、散歩などの労力、その他諸々──。
大変なのだ。とても。
でも、それでも、俺は。
「助けた責任は、果たさないとな」
そう呟いて、玄関を開ける。
すると、すぐ側のリビングから、とても良い香りが漂ってきた。
猫に「ちょっと待っててな」と言い、美桜子さん達がいるであろうリビングに向かう。
いつ見ても綺麗な木目をしている床を滑るように歩き、リビングへ。
そこには美桜子さんと、拗ねた様子の咲桜が、食卓の椅子に隣合って座っていた。
美桜子さんが咲桜の頭を撫でており、とても微笑ましい。
「咲桜?どうした?」
しかし、咲桜のその表情も気になる。
すぐ側に移動し、椅子を持って咲桜の隣へ。
俺に気付いた咲桜が、頬を膨らませて言う。
「実は今日、私の誕生日で──言ってなかったのは悪かったけど、それでお母さんに、『ペットが欲しい』って言ったの。でも──」
「こら、イュタベラくんにまで愚痴こぼさないのっ。ペットって、高いのよ。それに、ちゃんと飼育できるの?」
「できるもん...」
咲桜の愚痴と、美桜子さんの説得を聴く。
これは、どうなのだろうか。許してくれるだろうか。あの野良猫を。
「お母さんもペット飼いたいとは思ったけど──」
「あの、すみません美桜子さん、実は──」
「?」
美桜子さんの言葉を遮り、俺は右手を上げて、子猫を助けたこと、その猫が懐いて着いてきたこと、今も家の玄関前にいることを話した。
それを聞いた美桜子さんは手を顎に添え、うーんと唸る。
咲桜に関しては、突然助け舟が出たことを良いことに、これでもかと美桜子さんに詰め寄っている。可愛い。
そして数分、堪忍したのか、美桜子さんが右手でOKサインを出してくれた。
勿論、飼育は俺と咲桜がする。
「あ、でも、お父さんにも連絡しないと」
そう言うが、美桜子さんもソワソワしている。猫が早くみたいのだろう。
「今連れてきますけど、体汚れてるかもしれないんでお風呂入れますね」
そう言って玄関へ。
子猫は律儀に座って待っており、俺が姿を見せると尻尾を振って擦り寄ってきた。
その小さな体を抱きかかえて、直ぐに風呂場へと向かう。
シャワーが温まるのを待って、適温になったら猫にお湯を浴びせてやる。
「あ、ちょ、暴れるな──いてっ!」
思わず大きな声が出てしまった。
右手の甲を引っ掻かれた。血が滲むが、これくらいはどうということはない。
手短に済ませて、早く着替えて咲桜にプレゼントを──
そう思った直後だ。事件が起きた。
「ベラ、大丈夫?大きい声出てたけ...ど──」
突然浴室のドアが開かれ、そこから顔を出すのはこの世で最も愛おしい存在。咲桜だ。思わず目があい、俺の姿を見た。
それはそれは、じっくりと、視線を上下に。
そして、徐々に顔を赤らめ──
「ご、ごめん!てか、なんでベラも脱いでるの!」
「え、あ、その、なんか、すまん...?」
勢いよくドアが閉まり、奥から咲桜の大声が聞こえる。俺も恥ずかしかったんだが──。
そんな小さな事件がありながら、猫(とついでに俺)の身を清め、手早く着替えだ俺は、部屋に戻った。
今日一番驚いたのは、戻った部屋で咲桜が土下座して風呂を覗いたことを謝っていた事だった。