第102話 小さな出会い
行飛と別れた後、思いつきで咲桜に料理を振舞おうと思い、近くのスーパーマーケットに寄った。その帰宅途中。
夕暮れの映える住宅街。その街中を、軽い足取りで歩く。
奥に見える山に沈み行く夕日を眺めながら、さて、帰って咲桜にどうやってプレゼントを渡すかなぁ、などと考えていた。
「咲桜は俺に誕生日の事言わなかったからなぁ。いきなりプレゼント渡したら驚くだろうな──ん?」
咲桜の反応を想像するだけで笑みが溢れる。早く家に帰ろう。
そう思い、少し歩を速めたその時だ。
声が、聞こえた気がした。
それは、耳を澄まさないと聞こえない、助けを求めるかのような、か細い声だった。
でもそれは、人が発する音ではなくて──
「この鳴き声は──子猫か?」
微かに聞こえる、子猫のような声。
場所は丁度横、家と家の間、今ではすっかり闇に染る細い路地。そこから確かに、鳴き声がする。
「相当弱ってるな…」
鳴き声から、恐らく食料を求めているのだろうと推測する。
急いで向かわなければ──
「にゃ〜…」
「やせ細ってる…それに、天井もないから寒そうだ──」
暗い、昏い路地を行き、電柱の傍に置かれた小さなダンボール。その中には、所々裂けてボロボロになったタオルと、それを床にして横たわる、痩せこけた光沢の失った灰色の子猫が。
息も絶え絶えで、今にも死にそうな子猫──
「可哀想に…。──咲桜に怒られるかな。でもごめん、流石に見逃せないな」
そう呟いて、俺はその場に膝を折る。
左右を見て、誰もいないことを確認。そして、目の前の子猫に手のひらを向け──
「──ヒール」
この世界において、魔法を使用することは父さんたちや咲桜たちから禁じられている。それは、俺をこの世界から守るためであり、俺からこの世界を守るためでもある。
その禁じられた手を、使う。
だって、仕方ないじゃないか。
助けられる命は、助けなければ──。
「──誰もいないよな?うん、いないな。あと少しだからな…」
俺の手から、翡翠色二淡く光る魔力が、目の前の子猫を優しく包む。
寒さで体力が限界のようだなので、疲労を回復させる。ついでに、魔力を使用する事で少しばかり熱が発生しているため、申し訳程度の暖を与えてやれる。
が、しかし──
「──腹が、減ってるのか…」
これはまずい。俺のこの治癒魔法は、疲労回復や、かすり傷の、手当てには効果があるが、空腹を治すことは出来ない。少しでも何か食べてくれれば、栄養を五十倍にすることが出来るのだが。どうすれば──
頭をフルで回転させる。何か手はないのか、この小さな、儚くも尊い命を繋ぎ止める一手は無いのか。
その時だ。ガサガサと、ビニールの音が聞こえた。
音の元は、俺のバッグの中。
そうだ、この中には──
「よかった、これなら子猫も食べられる」
バッグの中、ガサガサとビニール音を響かせながら取り出したのは、チョコレート──ではなく
「野菜炒め用のキャベツと人参、買っててよかった…」
チョコレートを猫にやると、嘔吐や下痢をしたり、震えが出たり、興奮状態になったりするらしい。
もしも、俺が料理を咲桜に振る舞おうと考えていなかったら──この子猫は助からなかっただろう。
子猫が食べやすいようにキャベツをちぎって口元にやると、弱々しく舌を伸ばす。
そして、直ぐに魔法をかけて栄養を子猫に与える。
ちぎっては口元にやり、ちぎってはやり──繰り返して、ようやく子猫の生命力が戻ってきた。だが、まだ元気だとは言えない。キャットフードを急いで買わなければ。
キャベツでどうにかなるのか心配だったが、なんとか生命を繋いだようだ。
その後、急いでキャットフードを購入し、子猫に与えた。
子猫は、元気に鳴いた。
「にゃ〜!」