第100話 最もソワソワする日
そうして、時間はあっという間に過ぎ、一ヶ月と少しの時間が経った。
まだ冬の寒さが続く。朝起きるのがとても辛い毎日だ。布団に篭もりたい。
などと我儘は言えないので、瞬時に思考を振り切って部屋を出る。
いつものように咲桜と顔を合わせ、下の階へ行って美桜子さんが作ってくれた朝食を頂く。
食事が済んだら歯を磨いてうがい。その後上の階へ移動し、咲桜と別々の部屋で着替えを済ませて、荷物を用意する。
これで、平日のモーニングルーティーンは終わり。あとは学校へ行くだけだ。
普段と何ら変わり映えの無い、ただの平日。
だが、今日の俺は少々落ち着きがない。
それは何故か。その答えは、今日の日付である。
今日の日付は二月十四日。この日といえば、もちろんあの日──
「俺と咲桜の誕生日だ…!」
「ん?ベラ、何か言った?」
登校中、誰にも聞こえないように拳を握る。
咲桜が俺の声に反応してこちらへ振り返るが、「なんでもない」としらを切る。
俺の誕生日が近いことは、数日前から意識していた。
なんせ、年に一度の日だ。少しくらい浮ついても良いだろう。
しかし、大事なのはそこでは無い。
俺は、聞いてしまった。そう、あれは今日から五日前。リビングでのこと──
あの日俺は、久しぶりに外で運動でもしようかと、自室で着替えを済ませ、階段を降りた。
降りた先、リビングには咲桜と美桜子さんがソファに隣合って座り、テレビを見ながら談笑していた。
その時に、とある会話が耳に入った。
「サク、誕生日もうあと五日後だけど、何が欲しいか決めたの?早く言わないとこっちも準備しなきゃ」
「うーん、いつも通りかなぁ。フィギュアでしょ?小説でしょ?アクキーも欲しいし、ラバストも欲しいし──あ、『ゆめいち』が漫画化したから漫画も欲しい」
「概ねいつも通りね。まぁどれか一つだけど。──栞が候補から抜けたあたり、イュタベラ君から貰った栞大事にしてるのね〜。あ、サク彼氏出来たんだから、誕生日もいいけど──」
「──っ!う、うるさいよっ!ベラに聞かれたらどうするの!絶対にいじられる!」
ニヤニヤと口元に手を添えて咲桜を見る美桜子さんの肩を、顔を真っ赤にした咲桜がポカポカと叩く。
俺をなんだと思っているんだと内心思いつつ、今咲桜が言った言葉を頭の中で反芻する。
五日後、咲桜の誕生日がある。
そして、同じく五日後は、俺の誕生日だ。
こんな偶然あるのか、と感心し、同時にとある企みを思いついた。
サプライズでプレゼントをしてやろう、と。
幸い、毎月美桜子さんから貰う小遣いは、俺に物欲が無いおかげで貯まりに貯まっている。今言った咲桜の欲しいものリストの大半を買うことが出来る。
そして、咲桜が買おうとしている小説は、俺も続きが読みたかった。発売日はこれまた偶然か、五日後。
「本屋まで走るか」
すっかり覚えた脳内マップで、町内の本屋で品ぞろえの良い場所を検索。ルートを定めてランニングを開始する。
冷たい空気を全身で感じながら、咲桜の喜ぶ顔を想像して、更にスピードを上げた。