3月19日土曜日20時30分
「〇〇ー!!!〇〇ー!!」
母親が弟を呼ぶ声が聞こえた。
2、3回目でようやく私の耳に届き、急を要する言葉だと気づき、「なんか、お母さん呼んでるよ?」と弟を促した。
父親の膵臓癌の進行は早く、肝臓にも広がっていた。試せる薬はもうなく、痛み止めや吐き気止めなどたくさんの薬を服用して残り僅かな時間を家族で過ごしていた。
一週間前に母からの連絡。
「お父さん、黄疸が出てきちゃって。2週間休みとれる?」
いよいよかと思った。
仕事で有給をもらい、父に会いに行った。
一週間の父はまだ意識もはっきりしていて、話しかけると返事もしてくれた。
けれど、1日、1日を追うごとに父の容体が悪くなっていくのがわかった。
そして、今日。
母から呼ばれて駆けつけると、トイレに座って今にも倒れ込みそうな父の姿があった。
排尿のあと、フッと力が抜けたらしい。
今までだと母の援助があればなんとかトイレに行けたのだけれど、その日は夜までずっとトイレに行けていないでいたそうだ。
身体が動かない。
弟と私と母、3人で近くのベットまで運ぶことになった。
父親は在宅介護を選び、今日まで家で過ごしていて、何日かに一度看護師や医師に診てもらっていたのだ。
一週間前はまだ大丈夫かとも思った。
有給を取るのが早すぎたんじゃないかとも思った。
けれど、進行は早く、症状は悪化していたのだ。
倒れ込む父。
身体中の筋肉のチカラが抜け、ぐったりと身体を母に預けている。
急いで弟と私で肩を担ぎ、父の体重を支えた。
視界が狭い。
これは、まずい。
「一回ここのソファに下そう!」
「そのままベットに行けない?!」
母に提案すると、すぐにでもベットへ運びたいようだったが、父親の体重は重く一度には運べなさそうだ。
「下すね!」
よいしょとソファに下ろし、父親を見上げると目をギョロリと覗かせて私を……いや何処かを見ていた。黄疸がひどく、薬の影響で意識も混濁し始めていた父。
今はどこを見ていたのだろうか。
朝からなんだかいつもより調子が悪いようだと言っていたのは母だ。
だんだんと苦しそうな息になり、ヒューっと細い音がする。
「あぁ、ああ……あぁ…………」
こんなに辛そうな父を見るのは初めてだった。
いつもどんなに辛くても怠くても痛くても、声ひとつ私には漏らさなかった。
そんな父が今、父ではないような表情をしている。
「もう一回持ち上げるよ、せーの!」
3人で必死になって、父を持ち上げベットに下す。
「お父さん苦しそうだよ?!」
「病院に電話した方がいい!!早く!」
「わかった!お父さん…あぁ、お父さん……」
父の呼吸が荒くなる。
「頭もっと高くした方がいいんじゃない?!」
「うん!持ち上げるよ、せーの!」
父は遠いところを見ている。
かと思えば、手足が震え出した。
ぴくぴくと2、3秒痙攣が起きる。
「お父さん!!!!」
そして、かはぁーーっと声を上げたかと思えば、
口元が、動かなくなった。
目も、喉仏も、手も、ピクリとも動かなくなった。
午後8時30分の出来事だった。
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看護師さんが来てくれるまでのわずかな時間。
3人で父を囲って、見守る。
「まだ、呼吸ある?」
「…………ない、かも」
「だよ、ね……」
まだ温かい父の肌。
心臓に手を当てて、音を確かめる。
音は聞こえる。
けれど、呼吸をしていない………。
「息が、出来なかった……のかな」
そんなことを考えた。
けれど、母や弟は
「いや、もう………そろそろ、だったんだよ。結局は同じだった」
そう。
父は、もう動かなかった。
いくら呼びかけてもぴくりとも、動かなかった。
そして私は気付いた。
「ねぇ、だんだん冷たくなってる……」
「ほんとだ……………」
さっきまであんなに温かった父の肌が、冷たくなっていた。
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「お父さん……」
泣きじゃくる母。目頭を押さえる弟。
あまりにも突然だった。
いや、もう余命宣告は受けていた。
それが今日だったのだ。
じぃーっと父の顔を見つめる。
何度見てもどれくらい眺めても父は動かない。
わずかに胸が上限しているような気がしたが、それも次第に静かになっていった。
「お父さん、よかったのかもね。最後にトイレですっきりできて……力が抜けちゃったのかもね………」
「そうね………。最後、家族に見守られてきっと幸せよ……」
そう言って母は泣きながら笑ったような気がした。
父があまり苦しまずに逝けたこと。
家族に見守られていたこと。
一週間、一緒に側で過ごせて良かったね、と最後の言葉を父と語り合った。
父はどんな思いで旅立てたのだろうか。
せめて苦しまずに。
せめて安らかに。
今はただ側で。




