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新宿の猫  作者: 俊衛門
8/14

 報せを受けたのは、家に帰ってからだった。マコトが住んでいる共同住宅コンドの階段の、四段目を踏んだときにショウヘイからメールがあった。

 篠森のじいさんが、殺されたって。警察が――

 最初の二文字を目にしただけで、マコトは踵を返した。途中、誰かの肩にぶつかった気がしたが気にも止めずに。


「おれらが来たときには、もう死んでた」

 と少年が言うのも、耳に入らない。マコトが目にしたのは、警察の、紺色の制服が『篠森書店』を囲っているところだった。店は黄色いテープが張り巡らされていた。

 警察が、店主の老人が死んだ、と言っていた。居間で、何者かに刺されていたという。凶器は見つかってないだとか、この界隈で発生している連続殺人かどうか調査して、だとかそんなことが耳に飛び込んで――違う、そんなことは一つも重要じゃない。

 じいさんが死んだ――殺された?

 その事実が油膜のように広がって、全体を侵していくような気がした。

「マコト」

 とショウヘイが声をかけると、マコトは

「全員、集めろ」

 命じるに、ショウヘイが驚いたように

「どうするってんだよ」

「犯人を捕まえる」

 おれたちの手で。マコトが言うと、ショウヘイがあからさまに 

「無理だ」

「でもやる」

「そんなこと、おれらがどうこうできるかよ? もしかすると“猫”かもしれねえんだろ? だったら――」

「ほざけ」

 マコトが言った。低く唸って、その声色に気圧されてショウヘイが黙った。

「やるんだよ、やれ。犯人さがすんだ、何が何でも」

 強く言う。

「打ち殺してやる、警察より先に見っけるんだ。早く!」


〈五〇〉、動く。

ネット上に、その一報が掛けるのに時間はかからなかった。“神域”のモデルはニューラルネットワークに似る。神経伝達物質が脳シナプスを巡るよりも早く、情報が拡がった。

奴らが殺しにくる。

“神域”の掲示板やチャットルームを見回してみる。事態は、結構深刻だ。キヨトが勢い余って殺したあの老人が、マコトの親代わりだったなんて。

「聞いてねえ」

 マコトが孤児であることも知らなかった。思えば、〈五〇〉にいたころもマコトのことは何一つ、知らなかった。あいつ、自分のことは何一つ話さないからな、などと思って

 もう一度、接続(イン)する。

 検索エンジンで、“猫”について調べる。情報の海は、酷く広大で、その全てが流入した日には神経をやられてしまうだろう。だから、情報の取捨選択は重要なのだ。ニュース記事やら、ブログ記事やら。“猫”に関することは、目が回るほどある。

 “猫”ってのはよ、人を喰うんだ。

 掲示板の書き込みに、心が揺れる。キヨトが見たあれ。確かに、獣に喰われていた。窓の外に消えたものは、確かに。

『“猫”は、獣か』

 すぐにレスがついた。

『わからねえよ。誰も“猫”を見たことねえんだから』

 ということ。ならば、キヨトが“猫”を見た最初の人間ということか。あれが“猫”ならば。別に、殊更に自慢する事ではないが。

「人喰い猫、か……」

 件のヤクザが殺されたニュースをクリックする。あれだけ派手に散らかしておいて、証拠の一つも見つかってないようだ。あの老人の記事もあった。どうやら、“猫”とは手口が違うということで、警察は強盗殺人に捜査を切り替えたらしい。散々部屋荒らしたからな――このままじゃ直ぐ、足がつく。

 “神域”から離脱(アウト)した。

 マコトが殺しに来るかもしれない。

 あいつは妙に勘がいい。加えて、〈五〇〉の組織力ときたら、並のチームなんか比じゃない。本当に警察より先に、見つけるかもしれない。おれを。そして奴らの前に引き出されて、そこから先は考えずとも分かる。昔、中国人の男にやったのと同じ事かそれ以上のことはされるだろう。有刺鉄線で吊るし上げられて、蝋燭を膚に括るんだ。傷口に、蝋が垂れて染み込むように。

 どうする、どうなる……いや、どうしようにも。

 あいつを消す、しかないんじゃないか?

 消す? 誰を。

 ふとした瞬間、浮かんだ考えに自分で驚いた。消すって、マコトを殺そうと思ったのか、おれは。でも、それが最善な気がするのも確かだった。

 椅子から跳び上がった。ベッドの下には、例の刀がある。血は拭って、刀身は布で包んである。あんなもん、見つかった日にゃ言い訳のしようもないがまあ大丈夫だろう。キヨトの親は、基本的にキヨトのことは放置だから。放置というか、諦めているというか。

 刀を取り出し、布を取り払うと、刀身が露になって鏡のように反射した。持ってみると、ずしりと重い。

 一度、振ってみる。バランスを崩してよろめいて、刀身がベッドの縁に食い込んだ。なんて重さだ、こんなもの振り回して人の体を切り刻むなんざぁ……とてもじゃないが、キヨトには出来そうも無い。

 思い立って、クローゼットを開けた。新品の服がずらりと並んでいる。適当な服を見繕う。

「血がついても、すぐに洗い流せる方がいいよな……するとナイロンとかの方が」

 奥の方からモスグリーンのパーカーを取り出した。こいつはマコトと一緒に、渋谷に行ったときに買ったものだ。値段の割りにはしっかりしている、だけど着てみると色が合わないからクローゼットに仕舞い込んだままだった。

 羽織ってみると、少しだぼついている。買ったときは体にぴったりしていたのに、痩せたかな。フードを被ると、顔の半分が隠れてしまう。少し、視界が悪いがこれなら顔を見られることは無いだろう。

 湾曲した刀身。緩やかなカーブを描く刃、切っ先は鋭く尖っている。これなら、突き刺すことはできるだろう。足がつかないよう、体をバラす必要があるが、刺してからこの刀で切れば良い。動いている人間を斬るのは無理でも、死体を解体するには簡単だ。手足の関節を切れば、カッターナイフでも切り離すことができる。“神域”で得た知識だ。決行は、夜がいいな。一晩のうちにやってしまえば、

 やってしまえば……少なくともキヨトの仕業とは思わない。

 宵闇、バラバラ殺人、これらの単語(ワード)はそのまま“猫”に繋がる。

 やれるかも、いややるしかない。

 もし、人に見られず奴を殺す、ことができれば――ふと、想像してみる。マコトが死ねば、〈五〇〉は頭が不在になる。そこに戻れば、キヨトが頭に収まることだってあるかもしれない。あいつとは、必要だからツルんでいたのであって、別にダチでもなんでもない。殺すとしても、少しも良心は痛まなかった。

 ここまで来たら、もう一人殺すも同じ事だ。やらねば。懐から錠剤を取り、噛み砕いた。

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