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新宿の猫  作者: 俊衛門
12/14

十二

「何かわけ分からんね」

 とりあえず〈キンサシャ〉から出たマコトがぼやいた。ロシア人どもとやりあって、ようやく店を抜けたところだ。

「もうあの店、使えねえじゃん」

「だなあ」

 とショウヘイが言い、

「あの男、何モンだったんかねえ」

「イカれた奴が多いから」

「大方“猫”じゃね? 麻薬常習者って話もあるじゃん」

「まさか」

 そこで、篠森のことを思い出した。いくら篠森が老いていても、あんな奴には殺されたりしない。“猫”があんな奴なわけがない、と。

「どうすんね、仲間集めてあの男、ヤる?」

「放っとけよ、あの傷じゃ」

 長くはないだろう。そう言うとショウヘイは

「この歯の分は、きっちり返したかったんだがなあ」

 と、前歯の欠けた口を見せた。そんなものは、また埋め込めば元に戻る。肉体の損傷は、金さえかければ直せる。部品を入れ替え、壊れた箇所を繋ぎ合わせて。機械みたいに。

「で、おれらは?」

 ショウヘイが折れた前歯を、どうにか歯茎に戻そうと四苦八苦しているのへ

「おれらはじゃねえ、いつも通りだ。探すんだよ、犯人」

 早くしろ、と言うとショウヘイは肩を竦めてみせた。交差点から、調子っ外れなわらべ歌が流れてくるのに。 

  

 マコトはカブキ町に足を踏み入れた。

 歓楽街の残骸、崩れた門をくぐりぬけた先にいきつけの遊技場アーケードがある。暇を潰すためだけ、時間を浪費することに心血を注ぐ毎日だ。クソな街のどこかで、消えかけの煙草の火みたいに燻っている。けれど消えない火。

 卒業したって、この街でずっと燻って。だからここらで少し冷ましとこう、一人じゃ無理だから誰かを殴って。殴っている間は、わずかに炎の勢いが強くなる。筋肉がうねる度、スカスカの木炭がちょっとだけ燃え上がる。灰にはなってくれない、逆に殴ると溜まってくる澱。鬱屈したそれがさらに燻って、火はまた消えにくくなる。オレは死ぬまで、この消えかけの火と付き合っていかなきゃならない。それを消すために、また殴る。

 崩れたファーストフードがあった。店の外観は蟻が集って食い散らかした角砂糖か何かみたいに、ボロボロに壊されている。これもまた、暴動のせいだ。その店の中、抜けた天井から鴉が店の中に舞い降りていった。降りるというより、吸い込まれていくような。中を覗いてみる。

 黒山の塊がもぞもぞとうごいていて、それがカラスの大群だと気づくのに時間は掛からなかった。良く見ると、何かの死骸に群っている。それは痩せこけた野良犬だった。首を切られ、はらわたをすっかり抜き取られて息絶えている。臓物はらわたはとにかく、首は誰か人間がやったのだろう。少し離れたところにナイフが転がっていた。刃には、黒くこびり付いた血。犬の死体を、殺した後に引きずったのだろうか。アスファルトにも血の痕があった。犬をぶっ殺すなんて、なんとも暇な人間がいたものだ。まあ、人を解体するよりかは平和的だろうがな。時々、この界隈で起こる。“猫”みたいな奴がいるから――

 鴉が一匹、啼いた。

「マーコートッ、この野郎」

 聞き覚えのある濁声がした。

「なんか用かよ、朝鮮人」

 朴と、あと黒い格好をした少年が3人、出てきた。

「この間やられても、凝りねえんか」

「お陰様だよ、猿野郎」

 朴の顔は包帯が巻かれていた。右目に眼帯をして、その眼帯がまた趣味の悪さの度を越している。灰色の生地に、髑髏をプリントしてあるのだ。今時、そんなもの。

 袖の下の分銅を意識した。同時に“神域”を通じて、〈五〇〉の面々を呼び出す。

 コールした。

「無駄だぜ、仲間は来ない」

 朴の手に、柳葉刀が握られていた。刃をちらつかせると、プリズムみたいな迷光を放った。どういうことか、と問うに

「“神域”に、別な情報流した。見当違いな所に行ってるはずだぜ、お前の仲間」

「朝鮮人が、味な真似すんじゃん」

 とマコトは、万力鎖を取りだした。

 建物の影から、黒い格好の少年達がわらわらと出てきた。皆、朝鮮人だ。

「“神域”なんてもんは、所詮は回線に過ぎねえさ。そんなもんで繋がっても、脆いもんだ。おれたちは“血”で繋がってんだ。同胞の血、分かるか? 下等な民族にゃわからんだろう」

「は、汚ねえ血だこと。肥溜めの臭いがしそうだ。糞食らい民族」

 分銅を振り回した。耳元で、鎖が唸っている。

「そりゃお前もだろ、同胞よお」

「は、何言ってんだ」

 朴は柳葉刀を肩に担いで、勝ち誇ったように言った。

「まっさか、〈五〇〉の頭が朝鮮人だったとはねえ。びっくりだわ」

 鼓動が早まるのを、感じた。発汗が、ひどい。

「誰が朝鮮人だ、誰が」

「お前」

 と朴は言葉を切った。

「この街に流れてきたんはいつだよ」

 一体なにを言っているのか。

「流れてきたなんて、おれは生まれたときからずっとここに――」

「コリアンマフィアの商品リスト、“神域”に流れてた」

 マコトが言うのを、朴が遮った。心臓が高く鳴る。

「そん中に、行方不明なガキの名前があった。朝鮮の、済州島からの、十歳の子供。そいつは組織のヤクザの慰み物になって、捨てられて――日本名、ついてたなあ。篠森誠、お前のことだろう」

「何を」

 何を言ってる、馬鹿言ってんじゃねえ。出鱈目も大概にしろ。そう、言おうとした。それなのに、言葉が出てこなかった。口の中が乾いて、舌が回らない。

「ずっとてめえは騙してたんだ。てめえの、ネットのお友達に自分は日本人だって」

 黒い少年が、脇からマコトの腕を抱えた。

「それ隠して、外人狩りなんかして。おれはてめえなんか、同胞と認めない」

 朴が動いた。

 柳葉刀の、横一閃。マコトは反応が遅れた。額を切り裂いて、遅れて血が噴出した。

「ダセえ」

 と朴が言い、切っ先を向けた。マコトの横顔につけ、刃を引いた。良く研がれた刀が膚を切った。地面に何かが、落ちる。耳だ。マコトの左の耳が、削ぎ落とされた。

「あっ」

 とマコトが叫んだときには、右の耳が切り落とされていた。何の抵抗もなく削がれて、たちまち地面が赤く染まった。

「次は鼻でも削ぐか、よお」

 柳葉刀の腹で、マコトの頬を叩いた。

「女ぁつれてきたぜ、朴」

 朝鮮語で言う少年が三人、誰かの腕を引いて来た。少女だった。赤いスカーフを巻いたまま、少年たちに引きずられるようにして連れてこられた。殴られたのか、顔が腫れていた。

「おれはな、マコト。ゲイってわけじゃねえんだわこれが」

 朴は柳葉刀を地面に刺すと、少女の方に近寄った。顎をもたげて、少女の顔を見ると、下卑た笑みを浮かべた。

「わりと雑食でな、どっちゃでもいけるぜ。お前の女、ここで可愛がってやるよ」

 柳葉刀が、縦に閃いた。少女に向かって振り下ろされた刃が、膚を傷つけることなく綺麗に服を切り裂いた。ブラの紐が弾け、白い膚と小ぶりな二つのふくらみが露になった。

 朴の手が胸を掴んだ。

「てめえ、この野郎!」

 マコトは抵抗するも、腹に叩き込まれた。胃がせり上がった。更に、髪を引っ掴まれた。足を払われて、地面にねじ伏せられた。砂を、食む。

「お前らにも、分けてやるよ」

 朴が言うと、少年達が嬌声を上げた。少女の体に複数手が伸びて、服を引き裂き、少女の股を開く。朴が少女の尻を掴んで、腰をねじ込んだ。

「やめろ、このっ」

 叫ぶけど、届かない。少年達が群がって、少女の体が見えなくなった。黒い人だかりのなかで、少女の白い裸身がやけに映えていた。

 複数の手に掴まれて、体を断ち割られる瞬間、少女が仰け反った。悲鳴と歓声が耕作する。少女の顔は苦痛で歪み、涙で濡れていた。それなのに、その表情とは裏腹に、少女の腰は自ら求めるように蠢き、やがて淫靡な溜息を洩らすのだ。

 やめろ、やめろやめろやめろやめろ――

 もう、声にもならない。立ち上がろうとするたび地面に叩きつけられた。

「マコト……」

 少女がかすかに言うのが、聞こえた。

「なんて面だよ、マコト。こんな時代に、似合いすぎだよ。もっと笑いなよ、こんな可笑しい見世物はないだろう。笑いな」

 笑え――

 血の匂いが、した

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