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午時葵に抱かれて  作者: 雲雀 聖瑠
一章 一節 ブレスブルク王国 王都ベイランズ
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7夜.グリール家の夜会

最初は、グリール侯爵家の夜会。

元々陰謀渦巻く夜会での頭脳戦は大好きなため過去多くの夜会に参加していたこともあってか緊張感はない。

馴れとは大事だ。


「では、行くか」


「はい」


ユール殿下の上達ぶりに舌を巻く。あんなに下手だったエスコートが立派な紳士とそん色ないほどに上達していたのだ。

こうして並び立つとやはり彼は小柄だ。ヒールのある靴を履くと、私の方が高く見えてしまうので、今回はできるだけ高くない靴を履くようにしている。


まだ夜会についてはわからないようで、まずは主催者であるグリール夫妻に挨拶をするように誘導する。

彼は夫妻の顔を知らないために、私が案内した。


「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」


「ご招待の旨、感謝申し上げる」


うん、私が用意したセリフも完璧にいった。彼のような無表情が常の人は無理に印象を柔らかくせずに一旦は堅苦しくいく方がいい。慣れてない人はすぐにボロがでるから。


「こちらこそ。ご出席いただきましてありがとうございます」


私たちの礼に侯爵も礼で返す。

そして夫人は優しく微笑みかける。


「ユールラテス殿下、此度、お目にかかれましたこと光栄に存じます。

ミアラレーズ嬢との婚姻が殿下にとって幸あるものとなるようにわたくしもご助力を惜しみませんわ」


おっと、のっけから怒涛の勢いだ。

憧れの君にあったというより狂信する神と対峙したように悦に入っている。夫人は幼い息子が一人いる年齢なのだが、ユール様を語る様は若く見える。


「同郷の者は大体こんな感じだ」


そっとユール様が私に耳打ちする。成程、これが常ですか……。

隣の侯爵は慣れているのかやれやれといった風で、夫人に私たちの相手を任せると他の方のあいさつに回っていった。


「やはり殿下は、見目麗しいですわ。会場でも皆の視線が殿下に向いていますもの」


うんうん。ユール様は顔面偏差値の高さが尋常じゃないもんな。きっともう少し身長をのばして愛想笑いを覚えれば、きっと世の女性すべてを泣かせられる男になるんだろう。

ああ、そう考えると今の不愛想なままでよかったかも。


「…………」


「先代女王陛下も同様にお美しいお方でしたわ」


「ユール様は母君に似られたんですね」


「似られるどころか生き写しそのものですわ」


その後、夫人は先代女王、ユール殿下の母君がいかに美しかったかを恍惚と語られる。


「似るなんてレベルではないさ。歴代皇の肖像画は初代から全部同じ顔だ」


「それは……」


もはや恐怖では? どんだけ遺伝子力強いのでしょうこの家系。

夫人の語り草が止まりそうもないので、一旦抜けることにする。

途中で飲み物をもらい、会場の隅で殿下と語らおうと思ったのだが、やはりこの人何しなくても目立つので、バルコニーに出た。


「バルコニーに出られるんだな」


「ヘブンリースでは出られないのですか?」


珍しそうにつぶやいたので質問してみる。


「あそこはずっと雪が降っているからな。建物も基本的にははめ殺しが多い。バルコニーを作っても雪が積もるだけだから作る意味もないうえに、好き好んで出るものもいないと聞く」


「ヘブンリースは極寒と聞きます。対してブレスブルクでは雪が降ることはありません。気候の違いに苦労為されたのでは?」


「いや? 特に……。あの無能がうるさかったのだろうか?」


ウィズワード様は何かにつけては暑い暑いと連呼されていた。

ともあれ公言するわけにもいかず、曖昧に笑って流すことにした。


「西のシェヘラニーヌ地方では、ヘブンリース産の氷は重宝させてもらっておりますわ」


「あそこの地域は水不足だったな」


「えぇ、大神殿周辺は一面砂漠地帯。行き来だけでも過酷なものです」


「砂漠か。見渡す限り砂景色など想像がつかないな」


「私も雪景色は想像がつきませんわ」


「千年祭では行くことになるな」


「半年は長いですね」


「長すぎだな。そんなに長いこと祭りをしていて飽きないものか」


「飽きないような催しが用意されていますわ。ため息すらも忘れるほどに」


「息つく暇もないか……」


月の周りに星々が散りばめられている。あれをステンドグラスにしたら映えるだろう。


「ヘブンリースはどのような国ですの?」


「なんだ、急に」


「これから国交も盛んになるのです。情報は多いに越したことはありませんわ」


「……面倒だな」


そういいつつも、殿下はグラスを煽りながら答えてくれる。

多分今のは私との会話より国交のことを面倒だと呟いたのだろう。


「あそこは、一年中雪と氷に覆われた大地だ。ほとんど曇って吹雪いている。晴れた日は雪が光を反射して目が痛かった」


「雪がまぶしいのですか?」


「見たことはないか? ヘブンリース人で日焼けしたものを」


「護衛の方で何人か見かけたことがありますわ。てっきり雪国の方は皆肌が白いのだと思っていました」


「あそこはむしろこの国より日焼けしやすいだろう。

あとは、魔法工学と科学工学が発展しているな」


「まあ! いったいどのようなものが」


お金になりそうな話題に飛びついた私の様子に彼は少し驚いたようだ。


「暖房装置は多く流通している。火を出さずに熱を出すタイプのものが主流らしい」


「暖房装置ですか。この国ではあまり流通しそうにないですわね」


「あぁ、この国で一番寒いときとあの国の一番温かいときは同じくらいだからな。

後は調理器具もそういうタイプを作っていたな」


「調理器具? オーブンとかですか?」


「それもあるが、この国では何と言ったか……こちらでは火が出るあれだ」


コンロですね。あれが火を出さずに熱だけで調理できるのか。事故の割合が減って需要が出そうな代物だ。


「半面、医療は栄えなかった。治療薬の類は、ティスペタなどに頼りきりだな」


「疫病などは起こらなかったのですか?」


「起こらない。起これないのさ、あの国は。治療薬の使い道も、雪崩やスタンピードなどの災害のためだ」


病などが起これない? どういうことだろうか。

彼の纏う空気が少し冷えたものに変わった。


「長かった。あの国での日々は途方もなく、長かった」


「ユール様?」


ユール様はふっと息をこぼす。

無の表情に哀しみが宿ったような気がした。

もうこの話題は打ち切りだな。

この鉄仮面に感情が宿ればいいと思っているが、このような感情は望んでいない。

負ならせめて相手を出し抜く感じの物でないと。

楽しそうに笑われてもそれはそれで周囲の女性の反応が面倒そうだ。

家でしてくれればいい。


ユール様とともに会場の中へと戻る。

流石救世主の子孫なのか、ヘブンリースから嫁いできた者たちには狂信的なまでに好意的だった。

これは、この人泣かせたら後が怖いな。


ユール様との関係のお披露目も兼ねて他の貴族の方々へ挨拶へ回る。

今回の夜会の招待客は下は伯爵家から上は公爵家。

中立派をやや多めに、改革派と保守派をバランスよく招いている。

私の家のフラン公爵家は改革派よりの中立派。王家とグラン公爵家は保守派。

私とレオニクス様の婚約は、彼の悪癖対策と我が家を保守派へ招き入れる狙いもあった。

そうなった原因の一つにユール様とアリシア王女の婚約があった。

詳しい内容は知らされていないヘブンリース皇国は、ブレスブルクよりはるかに画期的な文明を気づいている。

それは改革派の目指す国にほど近いと言ってもいい。

婚姻を機に、王家が改革派へ移ることを危惧した保守派は宰相のフラン公爵を引き入れようとする。

ものの見事に砕け散ったが。

父が今後どのような方針をとるかはあずかり知らぬところではあるが、『テランリース』は新興公爵家として改革派の先頭に立たされるだろう。


私たちの婚約発表を先に行ったために埋もれた話題だが、アリシア王女とレオニクス様は正式に婚約する見込みとなった。

国王夫妻や重鎮たちはこれからを思い、胃薬を買いだめしているらしい。

これで王家は保守派に留まるかといえばそんなことはなく、アリシア王女が改革派なためにまたややこしい権力抗争が起こることだろう。


だからこそ常に情報収集は欠かしてはならない。

金と権力と命を繋ぐのはいつだって情報なのだ。


「ミアラレーズ嬢、お久しぶりにございます」


「ニック様、お久しぶりですわ。こちらに来ていらしたのですね」


「千年祭まであと一年ですから。ところで、そちらの方は? 見慣れない方ですが」


「こちら、ヘブンリース皇国皇太子、ユールラテス=ヘブンリース様です。

ユール様、彼は公爵家が一つウラン家嫡男、ニック様です」


ニック様は神職を担うウラン家の跡継ぎとして普段はシェヘラニーヌ大神殿にいる。

私より一回り年上で、大人しい気質の方だ。神殿にも婚約者交代の報せは入っているので彼はさして驚いた様子もない。


「それはご無礼を」


「いや……」


「改めましてお二人のご婚約、お祝いいたします。神の祝福があらんことを」


聖職者なだけあり、慣れた様子で祝辞を述べる。

ユール様はどこか不快そうだ。宗派の問題だろうか。シェヘラニーヌ大神殿に勤める信者の多くはアウネ派だ。

彼は救世主ソフィの子孫なのだから、宗派はむしろレヴィ派の可能性が高い。

二つの宗派は信仰方法の違いからよく対立する。

まあ、断定はできないからこれ以上深く掘り下げるべきではない。


「それにしても、聞きましたよ。あの荒廃した南方領土を慰謝料としてもぎ取ったそうではありませんか」


「人聞きが悪いですわ。快くお譲りしていただいたのです」


「はいはい。相変わらずのようで安心です。ですが一体なぜかの土地を? 北方領土でもっといい地域があるはずでは?」


「秘密ですわ」


本当はできるだけ王都から離れた場所が良かった。

後々の独立を目指すにしても、確かに不利な立地ではあるが、私が目を付けたのはとある地域。

ティスペタ帝国の北にある禁足地。かつて魔王城のあった魔物の住む秘境・サドゥロブ。

未だ残る魔物や魔人の脅威ゆえにブレスブルクでは一切の情報を遮断しているが、近年ある噂がささやかれている。


『サドゥロブは魔国となり、ヘブンリースと交易をおこなっている』


この噂は真実だと分かることとなったのは、ヘブンリースが普通に認めたからだ。

有効な交易ルートが築けないヘブンリースにとって強さゆえにルートの開けるサドゥロブはお得意様も同然。

魔物と交易などと、とブレスブルク側は憤慨した。それでも救世主の国かと。

しかしながら、かの国にとって魔人とは身近な存在であり、面倒な性格さえうまく付き合えれば何ら人間と変わりがない。

我が国とかの国はその点に対しては今だ対立している。


しかして、私のように利益があるものに目がない人にとってサドゥロブの技術力は宝箱のようなもの。

そしてかの地に行くには既存のルートだとシェヘラニーヌの港からティスペタへ渡り、大陸を縦断し、世界最大の山脈を超えること。

手間も費用も掛かりすぎる。

だが、南方から直通のルートを築けたなら、それは莫大な利益をもたらす。


とはいえ、確実性の低い話。

事業を安定させない事には始まらない。


「ははっ、そうなるとミアラレーズ嬢は手ごわいですからな。私では太刀打ちできませんな」


さっきから人聞き悪すぎるな。

ユール様がいるのだから少しは遠慮してもらいたい。始まる前から手遅れかもしれないけど。


「そういえば、殿下。今宵のお召し物、とても素晴らしいものですね」


「っぇ、あぁ」


おい! 女をほめるより先に男をほめてどうするんだよ。それで独身だから変な噂が立つんだろ! 流したの私だけど!

唐突にほめられて困ってるじゃないか、ユール様。


「ヘブンリース産のスーツは気品ある落ち着いたものが多い。殿下にピッタリですな」


「わが国のものではないが……」


はい滑ったざまぁ!


「へ? てっきり私は……すみません。どうにも神殿暮らしが長く俗世に疎い身でして。では、ブレスブルクで?」


神殿のせいにしないでほしい。

他の聖職者に大いに失礼である。


「違うが……。そろそろいいだろうか」


本人はオブラートに包んだつもりだろうが、直でどっか行けと言っているのと同じことを言う。

一瞬、笑いそうになったがこらえる。

周りも失笑を浮かべている。

ニック様の空回りっぷりもそうだが、ユール様の直球さに対しても。

そういえばヘブンリース人ってこう素直なところが強かった気がする。

すっかり恥をかいたニック様は顔を赤くして、「失礼する!」と会場を後にした。


「貴殿は、彼が嫌いなのか?」


「色々あるものでしてね」


こういうことがあるから夜会は楽しい。

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