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午時葵に抱かれて  作者: 雲雀 聖瑠
一章 一節 ブレスブルク王国 王都ベイランズ
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1夜.愛は盲目

天才は往々にして他者の理解を超えてくると私は思う。


ただそれがいいことか、悪いことかは別問題だったりする。


時はベッシング暦1000年。南の大陸全土を支配下に置くブレスブルク王国。

王立レイジュラン学園卒業式。

この国で最も美しく高貴な女性は高らかに宣言したのだ。


「わたくし、彼と結婚します!」


一瞬の沈黙のあとにどっと押し寄せるざわめき。

女性の隣には私の婚約者の男性。


それを聞いた私の心の声はこうだ。


(やらかしやがってあのバカ!!?)


おそらくここの半数はそれを思っただろう。

婚約者のいる男性と結婚することを宣言した女性。

それだけでも問題ではあるが、問題はそこにとどまってくれない。

女性には別の婚約者がいるのだ。その相手こそが問題だった。


その問題をお教えするまえにここで自己紹介に参ります。

私の名はミアラレーズ=フラン。ここブレスブルク王国で「政の要」と呼ばれるフラン公爵家の長女です。

そして会場の中央で一心に注目を集める男性。私の婚約者・「王の剣」の異名をとるグラン公爵家のレオニクス=グラン。

そして彼と腕を組んで結婚宣言をしたのがアリシア=ラン=ブレスブルク。この国の王女、だったりするんだよな。


この二人、基本的に聡明な上に立つものに必要な素質をもっている。そしてこの二人は幼馴染で両想いなのはこの国の貴族ならば誰でも知っていることだ。

そんな二人がなぜ婚約者になれなかったのか、理由は大きく二つ。

1つはこの二人、一緒にいると全く仕事をしなくなる。他の人間と一緒なら優秀なのに二人だとその手は全く進まない。公爵や国王がいくら注意しようと解決には至らず、やむなく引き裂くこととなった。これだけ聞くと二人の悲哀の様に聞こえるだろうが、上に立つもの、それも王が仕事をしないのは大変困る。主に私のような立場の人間が。それに貴族の婚姻は基本政略的なもの。愛を求めるのは物語の中だけにしてもらいたい。

もう一つは、アリシア王女の婚約者・ユールラテス=ヘブンリース王弟殿下。

もうお分かりいただけただろう。

他国の! それも王族の婚約者がいるのだ!

しかもこの婚約、この国の起源となった勇者が救世主とともに、この世界の安念のために交わした誓約でもある。


――――ベッシング暦1000年の年、勇者レイジュの血を引くものと救世主ソフィの血を引くものとを婚姻させる。


この制約が存在するというのに彼らはこの茶番を起こしてしまった。

他国の有力者たちも参席するこの場所でだ。


「どういうことでしょうかな? アリシア殿下」


その声に全員の背筋が凍った。

声変りがまだなのか、高めの声音のはずなのにその声は威圧的だ。

――――ユールラテス=ヘブンリース

黒い髪とこの世で唯一の紫の瞳。

男女のどちらにもとれる中性的な外見と常時の無表情が相まみえて、作り物のような絶世の美を醸し出している。

今も無表情で、声も平坦だが、確実にこれは怒っているだろう。

無理もないし、当然の権利だ。私だって彼らの無謀さに怒りを通り越して呆れているのだから。


「ユールラテス様……いえ、ヘブンリース王弟殿下。無礼かつ非常識であるということは百も承知の上、どうかわたくしと貴殿の婚約を破棄していただきたいのです」


堂々としているところはさすが王族だが、言っている言葉が全て台無しだ。


「わたくしは、ここにいるレオニクスを心より愛しております。先祖が取り決めた誓約の故に貴殿との婚約は仕方のないことだと思っておりました。ですが、それでもこの想いを押し殺すことなどできないのです。どうか、貴殿との婚約破棄に応じていただけますでしょうか?」


レオニクスも何かを言いたそうだが、公爵子息とはいえ相手は王族、身分の下の者が許可もなく上のものに話しかけられないので、必死で目で訴えている。

彼らの愛が本物なのはみんな知っている。だが、それでも果たさねばならない義務があるのだ。それが特権階級というもの。

無理に決まっている。我が国にこれ以上恥をかかせないでくれ。などと口には出さないまでも皆が眉を顰める。


「いいじゃないか、ユール。愛し合う二人を引き裂くのは野暮というものだろ?」


なんだこの場違いなセリフは。

声の方向を見れば、そこにいたのはウィズワード王子。ヘブンリースの王子でユールラテス殿下の甥御にあたる。

二人は同い年で、宰相の息子とともにこの国に留学にやってきた。

彼の言葉で場は逆転する。相手はわかっているのだろうか。ヘブンリースの王子が婚約破棄を認めた。それはつまりヘブンリース皇国側も認めているようにとらえられる。最も王弟が苦言を呈している時点でそんなことなないのだろうが。


「みんなだって知っているだろう! アリシアとレオがどれだけ想いあっているのかを! そんな二人を古めかしい誓約なんぞのために引き裂くことこそ勇者と救世主が唱えるこの世の安寧とは程遠いのではないだろうか」


「そうだそうだ!」

「貴族だって自由に恋をしていいはずだ!」


彼の取り巻きだろうか、その人たちが肯定のヤジを飛ばすことで周囲も納得しそうな雰囲気になっていっている。

これはいけないと私は前にでた。


「? 君は?」


ウィズワード殿下の問いに礼をして答える。


「フラン公爵が娘。ミアラレーズ=フランと申します。発言をお許し願えますでしょうか?」

「そんな固くならなくても、ここは学園なのだしもっとフランクでいいんだよ」


バカなんでしょうかこの王子。


「ご存知かもしれませんが私は、レオニクス様の婚約者です。

お二方がご婚姻なさるということは、レオニクス様と私の婚約を破棄するということでもあります。

お二方はそれを国王陛下やグラン公爵、ひいてはヘブンリース国王陛下、そして私の父であるフラン公爵へお伝えされたのでしょうか?」


「伝えていない。この話は何度打診しようと許可されてこなかった。故に強引かと思ったが今回のことに及んだ」


ここで初めてレオニクス様が口を開いた。

はい、言質とりました。これでこの騒動がブレスブルク王国の本意ではないことがヘブンリースが側にも伝わったはずだ。


「ひとまずは場所を替えましょう」


どうやらユールラテス殿下には伝わったようだ。

皆忘れているようだが、今日は卒業パーティなのだ。この日を楽しみにしていた人たちもいる。それに水を差すような、というかもう手遅れだが、まねはこれ以上したくはない。


「なんでだよ。話し合いならここでもできるだろ?」


ウィズワード殿下の言葉に信じられないものを見るような目線が向けられた。

うん、分かった。私の中でのウィズワード殿下の評価はバカ一択だ。


「あー、そもそも話し合いをする必要はねえよな。お前とミアラレーズが二人との婚約を破棄しちまえばそれで丸く収まるんだし」


収まんねえよ。むしろ悪化だよ。

古の誓約を蔑ろにしたとあれば、国の上層部はもちろんベッシング教会だって黙っていないだろう。

この世のすべてを敵に回すつもりか。

というかなんで呼び捨てで呼んでんだよこのきのこ頭。


「それともあれか、お前ら、アリシアとレオのこと好きなのか?」


好き?

と聞かれれば微妙だ。

レオニクス様は文武両道で優しく、公明正大。おまけに美形と来ているから世の女性のあこがれの的である。

だが、一方でアリシア王女の溺愛っぷりは日常茶飯事で、私との婚約中もアリシア王女の予定を優先するほどだった。

私は別にそれでもいいと思っている。夫としての義務さえ果たし、面倒な醜聞さえ残さなければ。

今までの彼の婚約者はそれが許せず彼の元を去っていった。


「恋慕を問われても困ります。そういった感情を抱くほど、私はレオニクス様と交流したことはありませんので」


いつだって、この方はアリシア王女一筋。何度デートを急に欠席されたことか。何度アリシア王女との逢瀬を目撃したことか。

胸が痛むより、心がすり減る感覚だったことを覚えている。


対して、ユールラテス殿下はどうだろうか。

ヘブンリースは不義に対して厳しいと聞く。アリシア王女と結婚し、やがてこの国の王となるためにこの国にやってきたのに目にした光景は……。


私は、ユールラテス殿下を見つめた。先ほどと全く変わらない無の表情。

そこには怒りも悲しみもないように感じた。

ただそれだけで吸い込まれそうに美しい造形は、現実は剥離しているように感じた。

じっと彼を見ていた私をみて、ウィズワード殿下はとんでもないことを言い出した。


「誓約のことを気にしてんなら、ユールとミアラレーズが結婚すればいいじゃねえか」


「は?」


貴族らしからぬ声が出てしまった。だが、言ったのは私だけではない。

レオニクス様もアリシア王女でさえ唖然としているのだから。

恋愛結婚を押していたくせに、なんなんだこの王子。私とユールラテス殿下にそのような感情があるとでもいうのだろうか。

学園でも全く話したことなどないのに。

ユールラテス殿下はヘブンリースの国政故か、婚約者がいる身で不用意に女性と語り合うことはなかった。

基本的に話すらしないが、どうしても必要な時は必ず他の男子生徒を共にするようにしていた。

私の時だってそうだった。


ウィズワード殿下は名案とばかりにうなずくと、「父上に報告してくる!」とその場を去って行ってしまった。

私たちは先ほどのユールラテス殿下の提案通り、別室へひとまず移動することとなった。


今年の卒業式は、歴代で最も微妙な空気になったという。


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