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ジュリアはこっそり逃げ出す

さかのぼる事数日前。

マリーの肩を抱き寄せながら、殿下が突然言い出した。


「私はシャーロットとの婚約を破棄してマリーを妻にするぞ!」


学園内の「王子専用の執務室」と言う名目の、王子ととりまき達のたまり場でいつも通りお茶をしていたときだった。

優雅にお茶を飲んでいた貴公子達は動きを止めて目を見開く。


「婚約破棄…ですか」

思わず洩らしたのは王宮騎士団長のご令息ゴライアス様。


「マリーを殿下の妻に…つまり、未来の王妃に?」

問うたのは魔道士団長のご令息ヴェルツ様。


「シャーロット嬢に何か問題でも無いと難しいのでは」

冷静に返したのは神官長のご令息セイン様。


王子のとりまき、とは言えみんなマリーに心奪われた者達である。

今は王子に逆らえず、王子とマリーがいちゃつくのを傍で見守るしか出来ないが、卒業して王子がシャーロット様と結婚してしまえばマリーを自分のものにするチャンスもあるだろうと考えていたのだろう。否定的な意見が出てくるのは当然だ。

というかそもそもまともな思考が出来る人間だったらみんな「そんな馬鹿な真似はよせ」と言う。私がとりまきの立場だったら絶対そうする。

なぜなら、こんな女が王妃になんかなったら国が終わるからだ。

贅沢が大好きなマリーは、いまの段階でも殿下に毎日のように宝石やドレスをねだっては貢がせている状態である。王妃になったら国民の血税を湯水のように使うに決まっている。

マリーに夢中な殿下や側近達が禁めるとも思えない。

そうなったら転職どころじゃなく母を連れて国外に移住しよう。


私はそんな事を考えながらも表情は1ミリも動かさずに、マリーの好物のクッキーをテーブルにお出しする。マリーのような、砂糖たっぷり、ジャムどっさり、デコレーション盛り盛りの胸焼けしそうなクッキーである。

辛党酒好きの私には理解できない物体だ。


「わぁ~☆ジュリアありがとっ!殿下~あたし、ジュリアの焼くクッキーが大好きなの」


私が下がる前に、マリーはクッキーをひとつつまみ、もぐもぐと頬張りながら殿下に擦り寄る。

相変わらず行儀が悪い。

口を開けてものを噛むな、口にものが入っている状態で話すな、と何度も言い聞かせてるのに直す気配が無い。

いまは殿下の御前だから私が口を開くべきではないので黙って下がるが、あとで言い聞かせよう。無駄だとは思うが。


「そうか。美しいクッキーだな。まるでマリーそのものだ」

「やだ~、殿下ったら☆」


殿下正解。マリーそのものなんです。

甘々で華やかでふわふわな見た目と裏腹に、中身は脂肪と糖分のかたまり。

食べ続けていると身体をどんどん蝕んでいく。恐ろしい。

そうやって蝕まれた結果がここにいる殿下とそのとりまき達なのだろう。

揃いも揃ってマリーに対して微笑ましそうな眼差しを向けている。

ただ一人を除いて。


「話を戻しましょう、殿下」


クッキーで盛り上がる殿下とマリーの声を遮ってそう言ったのは、とりまきの筆頭、宰相のご令息であるアドルフ様。

もうすぐ殿下に婚約破棄されるらしいシャーロット様の双子の兄君だ。


「シャーロットと婚約破棄とは、具体的にどのように進めるおつもりで?」


穏やかに微笑みながらそう問いかけるアドルフ様に、殿下は少し不快そうに眉を寄せた。


「妹を庇いたいお前の気持ちはわからんでもないが、これはもう決めた事で…」

「ええ。お止めするつもりはありません」

「なんだと?」

「私が気にしているのは、どのような理由で妹との婚約を破棄するのか、です。当然、破棄に相当するだけの理由があるのでしょう?」

「当然だろう」


殿下は偉そうに(実際偉いんだけど)腕を組んで、鼻息荒く話し始めた。

曰く、シャーロット様がマリーの事を「田舎者」と馬鹿にした、所有物を隠した、壊した、靴に画鋲を仕込んだ、お茶会に誘わなかった、といった嫌がらせを受けた。

そんな嫌がらせをするような人間は王妃にふさわしくない。


「それだけですか」

「それだけだなんて…アドルフ様ひどいですぅ~」

「「「「アドルフ貴様っ!」」」」


マリーの嘘泣きに反応した、殿下、ゴライアス様、ヴェルツ様、セイン様を、「まあまあ」と手で制してアドルフ様が続ける。


「それでは弱いですね。他に何か無いのですか」

「何かって?」

「命が脅かされるような…例えば毒をもられたとか」

「毒を…?」


アドルフ様の言葉に、マリーが反応した。いつもしまりのないへらへらした笑顔を浮かべているマリーが、真剣な表情で何かを考えている。いや、企んでいる。

やばい。こういうときのマリーはやばいと長い付き合いの私は知っている。

マリーはしばらくじっと考え込んだ後、口元を手で隠して、薄く笑った。まわりの誰にも見えていないけれど、後ろで控えていた私には見えたし、きっとマリーも私には隠すつもりは無かったのだと思う。

けれど、そんなマリーよりも私がゾッとしたのは、アドルフ様がいつもの穏やかな笑みとは違う、氷つきそうな冷たい目でマリーを見ていた事である。




「賢い君は察していると思うけど、君このままだと処刑されるよ」


お前が余計な事言ったせいでな、と言おうとしたところで、アドルフ様のすらりと長い指が押し当てられて唇の動きを封じられた。

美青年にこんな風に触れられたら卒倒するご令嬢がいてもおかしくないだろう。

言葉は物騒極まりないが。


「昨晩、君の主人であるマリー嬢の紅茶に毒が仕込まれた。彼女を恨むものの仕業だろう」


アドルフ様は穏やかに微笑みながら続ける。


「殿下や俺達側近の見解はこうだ。婚約者の心を奪われたシャーロットが嫉妬に駆られ、マリーの侍女に金を渡して毒を仕込ませた」

「…」

「その侍女は子供の頃からマリー嬢と共に育ち、マリー嬢はその侍女を姉のように慕っていた。それなのに裏切られた。悲劇のヒロインだね。その話を聞いた者はみんな同情し、シャーロットと侍女は断罪される。殿下とマリーは悲劇を乗り越えて結ばれる。めでたしめでたし」


ガタガタと揺れる馬車の中にはアドルフ様と私の2人だけ。どこに向かっているのかはわからない。


昨晩。寝る前にミルクティーが飲みたいと言うマリーのためにお茶の用意をして、あとはいいから下がれと言われたときに、おかしいなとは思っていた。

いつものマリーなら、自分でポットからカップにお茶を注ぐ事なんてしないのに、昨日に限って自分で勝手に飲むから出ていけと追い出されたのだ。

飲んでいるところを見られたくないかのように。

そして、今日の朝。マリーを起こしに寝室に入ると、マリーはお腹を押さえて苦しそうに唸っていた。

学園の専属医は、毒によるものだと診断した。

現在、寝室のサイドテーブルにあったミルクティーの飲み残しが怪しいと検査中であり、100%毒が検出されるだろう。

そしてその毒をとあるルートで入手したのはこの私だ。

そのルートもちょっと調べればすぐに判明する。

毒を手に入れた事を隠すつもりなんて無かったからだ。


「アドルフ様は、何が目的なんです?」

「私の目的?」

「マリーが自ら毒を飲むよう誘導し、私と妹君に疑いが掛かるように仕向け」

「うんうん」

「そしてやばくなった私がこっそり逃げ出したところを、待っていたかのように用意していた馬車に引きずりこみ」

「ははは、まるで誘拐犯のようだ」

「目的は何ですか」


アドルフ様はにやりと口角を上げて笑うと、言った。


「ジュリア、君を雇いたい」

「は…?」

「君、転職を希望しているのだろう?」

「何で知って…」

「何でも知っているよ、君の事は」


言いながら、アドルフ様は鞄から書類を何枚か取り出して私に差し出してきた。

その書類には、私の出身、家族、趣味趣向、交友関係、行動パターンなど、詳細に記されていた。

ついでにマリーに盛ったことになっている毒の入手ルートも。

なんのために、こんな情報を…

アドルフ様は、不審な目を向ける私に首を傾げる。


「味方に引き入れたい相手の事を調べるのは当然の事だろう?信頼できる相手かどうか見極めないと」

「なぜ私を味方にしようと?」

「君の顔に一目惚れしたから」

「ふざけないで答えてください」


アドルフ様は「つれないね」と言って肩をすくめる。


「あのわがままマリーを上手くあしらってフォローしている姿を見て有能だと判断したんだよ」

「付き合いが長いから扱いがわかっているだけで…」

「寮を抜け出して飲み歩いているだけあって飲み屋街に詳しい事も重要だ」

「よく調べてありますね…って、飲み屋街に詳しい事が何の役に立つのですか」

「私が頼みたい仕事に必要だ」


この男は私を仲間に引き入れて一体何をさせようとしているのか。

マリーがあの毒を飲むように仕向け、私が疑われるのを見越してこうして捕まえたと思ったら雇いたいとか言い出して。

断ったらきっと学園に連れ戻されて、王子の恋人に毒を盛った罪で確実に処刑される。

アドルフ様は冷や汗を浮かべながら考えをめぐらせる私を愉快そうに眺めたまま、何も言わない。

…処刑されるくらいなら、この腹黒に雇われるしかない。


「…その仕事というのは?」


観念してそう問いかけた私に、アドルフ様は満足そうに微笑んだ。


「卒業記念パーティーの日に飲み屋街に置き去りにされる、とある公爵令嬢を一時保護するお仕事だよ」




「…とまぁ、そんなわけで学園にいられなくなった私はこの飲み屋街で潜伏して、卒業記念パーティーで断罪され追放されてくる予定のシャーロット様をお助けするために雇われたわけです」


私が話し終わると、神妙な顔で聞いていたシャーロット様は小さく息を吐いた。


「そういう事だったの…殿下はそこまでしてマリー様を正妃にしたいのね」


シャーロット様は幼少の頃から殿下と婚約者として接してきたのだ。

ずっと慕ってきた相手が自分を陥れるなど、簡単に受け止められる事ではないだろう。

さっきも酔っ払いながら、初恋だった、好きだったと殿下に対する想いを繰り返していたし、シャーロット様はさぞ気持ちが沈んでいることだろう…


「まあでも、それなら仕方ないわね」

「えっ」

「殿下の事はわりと好きだったけれど、もういいわ」

「ええっ!もういいんですか?さっきあんなに泣いてたのに!?」

「泣いてすっきりしたからかしら。殿下なんてもう道端に落ちている小石よりもどうでもいいわ」


シャーロット様、切り替えが早い。


「…そんな事より、ジュリアさんはお兄様のせいで濡れ衣を着せられて追われる身という事なのよね?」


そんな事より!?


「い、いえ、まあ確かにアドルフ様のせいも多少はありますが…」

「本当にごめんなさい」


美しい金色の髪を垂らして、シャーロット様が頭を下げる。

予想外の反応に、私は慌てて彼女の細い肩に手を添えて顔を上げるように促す。


「いえいえいえいえ!シャーロット様に頭を下げていただく事ではありませんから!頭を上げて下さい」

「でも、愚兄のせいでジュリアさんの人生を狂わせてしまったのよ」

「本当にいいですから!アドルフ様が誘導したとはいえ、実行したのはマリーですから!」

「それに、そもそもジュリアさんは追放された私を助けるために愚兄に無理矢理仲間に引き込まれたのよね?私の責任でもあるじゃない。下げるのは私の頭だけでは足りないけれど」


シャーロット様は私の横で相変わらずマイペースにちびちびエールを飲むアドルフ様を睨む。

大して飲んでないはずのアドルフ様だが、酔っ払い特有の陽気なテンションで笑いながら、


「そうだな。私も下げよう」


とか言いながら頭を下げてきた。

シャーロット様も再度頭を下げてきて、私は大層居心地の悪い思いをした。

だってそうでしょう。

この2人はこの国で王族に次ぐ権力を持つ公爵家のご子息とご令嬢だ。

辺境の男爵領の、ただの使用人である自分からしたら逆に頭下げさせて申し訳ない気分だ。


「それで、パーティーはどうなったんですか」


この場の謝罪ムードを変えるためにアドルフ様に話を振ると、シャーロット様も聞きたそうな顔をした。


「いやいや、それがさぁ。笑えるんだけどね」


顔を上げたアドルフ様は思い出し笑いをしながら、シャーロット様が会場から連れ出された後のことを話し始めた。

お読みいただきありがとうございました。


前回に引き続き人物紹介を…


マリー・キヌール(18)

 腹黒肉食ゆるふわ系男爵令嬢。スウィーツ大好き。便秘が悩み。


殿下(18)

 第一王子。偉そう。恋という名のデバフにかかり暴走中。名前考えてなかった。


ゴライアス(18)

 騎士団長の息子。無口でごつい。


ヴェルツ(18)

 王宮魔道士団長の息子。


セイン(18)

 神官長の息子。冷静な眼鏡。

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