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シャーロットは飲んだくれる

「好きだったのぉ。初恋だったのぉぉお!」


バァンッ!!

親の仇か○キブリ相手かというほどに強くテーブルを殴りつけているのは、美しい金髪の女性。

しかしその顔は、涙や鼻水や口から零れ落ちる液体などでびしゃびしゃ。

さらに怒りや悲しみや悔しさがない交ぜになった複雑な表情で、もともとの恐ろしく整った顔を残念な感じにしてしまっている。

この酒場に入ってきたばかりのつい数分前には、この美しい女性に目を奪われていた周りの男性客達が、今はそっとしておこうと空気を読んで視線をそらしているのがわかる。

みんな優しいのか、関わると碌なことにならないと思っているのか、後者かな。


「落ち着きましょう。はい、鼻をかみましょうね。嫁入り前のご令嬢でしょう」


私は彼女の荒れ方に少しひきつつ、ハンカチで涙を拭い、鼻にあててやる。


「もうご令嬢じゃないし…もう結婚なんて…ヂィィィーンッ!!」

「もっと可愛く鼻噛めないんですか。女の子でしょう」

「鼻のかみ方なんて、ズズッ、王妃教育のカリキュラムには無かったわ!!それに…ッ!」


彼女はごくごくとまるで水のようにエールを流し込む。

ああ。お酒なんて今日初めて飲んだだろうに大丈夫だろうか。

しかもこんな安酒。本来なら一生口にする事も無かったはずで、彼女の口には合わないと思うのだが。


『嫌な事は、飲んで忘れるに限りますよ』


数分前にこんな事を言った自分を殴ってやりたい。


目の前で飲んだくれて顔をぐしゃぐしゃにしているこの残念な彼女。

彼女の名はシャーロット・ソフィーディア様。

この国の宰相であるソフィーディア公爵のご令嬢なのだが…


「それにもう私は婚約破棄されて家も追い出されたただのシャーロットだものッ!!」


エールを飲み干し、おかわりを注文するシャーロット様。

こんなに酒乱だったなんて。

私は、店主が恐る恐る運んでくるエールをぼんやりと眺めながら、彼女を酒場に誘ってしまった事を後悔していた。




つい数時間前。

王立学園では卒業記念パーティーが催されていたそうだ。

その場で、シャーロット様は婚約者である第一王子殿下から婚約破棄を叩き付けられたとの事。

殿下にはシャーロット様以外に好きな女性がおり、その女性を妻にしたいから、という理由で婚約破棄を言い出したらしい。

それだけでも女の敵のゲス野郎だが、なんと殿下はシャーロット様がその女性をいじめていただろうと言いがかりをつけてきた。


「マリー様とはその場が初対面でしたのに、どうやっていじめると仰るのかッ」


シャーロット様がナッツを鷲づかみにして口に放り込んだ。予想通りむせたので背中をさすってやる。


そのマリー、という女性はこの国の東端にあるキヌール地方を領地に持つ男爵家のご令嬢で、まわりから『貧乏男爵家』とか『田舎者』とか馬鹿にされていたところを殿下が不憫に思い、何かと気遣うようになったのがロマンスの始まりだった。

その馬鹿にしていた筆頭がシャーロット様だとマリー本人が殿下に訴えたのだ。

マリーのやりそうな事である。


「私は誤解だと何度もお伝えしたのに、殿下の側近達も一緒になって責めてきて…」


マリーは、可愛らしい顔立ちと、守ってあげなきゃと思わせる言動で男性に取り入るのがとても上手い。

顔の美しさや立ち振る舞い、教養などを見れば、シャーロット様の方が魅力的だと私なんぞは思うのだが…簡単に騙されて、お坊ちゃん達は本当に馬鹿だな、と思う。

殿下や、その側近達ともなれば次代の王や国の重鎮となる人物だろうに。

この国の先行きが心配である。


「あげく、私がマリー様の紅茶に毒を盛ったなどと」


数日前、マリーの飲んだ紅茶から毒が検出されるという事件が起こった。

殿下や側近達はシャーロット様の仕業だと決めつけた。

シャーロット様が毒を盛った証拠などは提示されなかったが、こじつけで無理矢理犯人と断定された。

運の悪い事に…というかわざとこのタイミングを狙ったのだろうが、国王陛下も王妃殿下もシャーロット様のお父上であるソフィーディア公爵も隣国へとご訪問されており、殿下に意見を言える立場の人間が不在だった。

さらに最悪な事に、ソフィーディア公爵家嫡男であるシャーロット様の双子の兄上は殿下の側近の筆頭であり、マリーの味方だった。

本来、信じて守ってくれるはずの優しい兄は、公爵家令嬢にふさわしくないとしてシャーロット様を公爵家から追放した。


「馬車で屋敷に連れ戻されたと思ったらドレスからワンピースに着替えさせられて、すぐに小さなカバンひとつだけ持たされて屋敷を追い出されたわ」


すっかり目が据わっているシャーロット様は、ぐずぐずと鼻を鳴らす。


「知らない場所で突然馬車を降ろされて右も左もわからなくて途方に暮れていたところにあなたが通りかかってくれたの」

「大変でしたね。辛かったでしょう」

「ありがとう」


シャーロット様は寂しそうに笑って、私の顔をじっと見る。


「なんだかあなた、私の亡くなったお母様に雰囲気が似ているわ。だからつい甘えて喋りすぎてしまうのかしら」

「それはとても光栄です。シャーロット様の母君ならばとても素敵な方だったのでしょうね」

「うふふ。そうなの。とても暖かくて優しい母だった。もしかして、私が落ち込んでいるのを心配したお母様があなたに出会わせてくれたのかも知れないわ」


出会いにカンパーイ、と急にテンションがかわってジョッキを突き出してくるシャーロット様。

私は苦笑いを浮かべながら、乾杯、とジョッキを上げて応えた。


「そういえば、あなたはどうして私に声をかけて下さったの?」


エールを一気にあおったシャーロット様が思い出したようにそんな事を言った。

出会って1時間ほど経ってようやくその質問が来たか。

シャーロット様も言いたかった愚痴を出し尽くして落ち着いてきたのかも知れない。


「こんな治安の悪い飲み屋街で若い女性が一人でうずくまっていたら気になるのは当然ですよ」

「あら…このあたりは治安が悪いの…?来た事が無かったから知らなかったわ」

「ですよね。あのままだったら今頃人攫いに合って娼館か奴隷商人に売られていたと思いますよ」

「えっ…」


シャーロット様は一瞬で酔いが醒めたようで顔色を無くす。


「きっとマリーはそれを望んでシャーロット様を追放させたのでしょうから」

「マリー様が…?」

「マリーのやりそうな事です。昔からあの子は欲しい物を手に入れるために手段を選ばない所がありましたから」

「昔からって…あなた、マリー様をご存知なの?」


シャーロット様が怯えたように瞳を揺らす。

当然の反応だ。

私は出来る限り最大限に、友好的な笑みを浮かべるように努力しながら説明を始める。


「信用できないと思いますがはじめに言っておきます。私はシャーロット様の敵ではありません」

「…あなたは、誰なの」


シャーロット様が疑いながらも耳を傾けてくれている事にほっとして話を続ける。


「はじめに声をおかけした時に名乗りましたが、名はジュリアと申します。…マリーお嬢様付きの侍女としてキヌール男爵様に雇われている身です」

「マリー様の侍女?」

「はい。母がマリーお嬢様の乳母でしたので姉妹のように育ちました。マリーお嬢様のお世話のために学園にもお供しておりましたから、だいたいのことは存じております」

「だいたいのこと?」

「ええ。マリーがどのように殿下やその側近の方々に取り入ったのか、ですとか、シャーロット様が盛った事になっている毒の出所ですとか」

「…」


シャーロット様は一瞬驚いた顔をした後、静かに目を伏せた。

心を落ち着けているのか、考えをまとめているのか、とにかくそんなに長い時間では無かった。

シャーロット様は顔を上げると、その美しいエメラルドの瞳で真っ直ぐに私を見る。


「…私に害をなすつもりなら、わざわざ自分から素性を明かしたりしないわね」

「はい。マリーの侍女なんて、警戒させてしまうだけですから」

「それなら、マリー様の侍女であるあなたが、何の目的で私に会いに来たの?」


頭の良い女性と会話するのは楽だ。話が早い。マリーとは大違いである。


「私、実は常々転職しようと考えておりまして」

「…転職?」

「ええ。わがままなマリーお嬢様にお仕えするの疲れちゃったので。でも男爵様は代わりの者がいないからと認めてくださらなくて。紹介状をいただけないと次の職を探すのも大変だし、どうしようかと思っていた所だったのです」

「そう…。でももう私は公爵令嬢ではないから紹介なんて出来ないけれど」

「ああ、ご心配なく。転職のあてはもうありますので」


私はシャーロット様のかばんを指差し、にっこりと微笑む。


「その中に、紹介状が入っているはずです。…そう言ってましたから」

「え?」


シャーロット様は不思議そうな顔のまま、かばんを開ける。

家を追い出されたときに唯一持たされたというそのかばんの中には、数日暮らせる程度のお金とハンカチ、そして、シンプルな封筒が入っていた。

シャーロット様は公爵家の封蝋印で封がしてあるそれを取り出す。


「これのことかしら…?」

「ええ。おそらくは」

「でも、一体どういうことなの?何故あなたの紹介状が私のカバンの中に…しかも公爵家からの」

「取引したんです」

「取引…?どなたと…?」

「それは」


シャーロット様の質問に答えようとしたとき、立ち聞きしてたのかと疑うようなタイミングの良さで、その方は現れた。


「私だよ、ロッティ」

「え…あっ…!?おっ…?」


驚き過ぎて「あっ」とか「おっ」とか言いながら固まってしまったシャーロット様に微笑みを向けながら、彼は優雅な動作で私の横の椅子に腰掛けた。

こういう店は初めてだなあ、などと暢気に店内を見回す彼にとりあえずメニュー表を渡すと、無駄に洗練された動作でエールを注文した。


「それで?どこまでロッティに話したんだい?」

「私がマリーの侍女で、転職を考えていて、転職に必要な紹介状がシャーロット様のかばんにあるというところまでですね」

「なんだ。もうほとんど話し終わってるじゃないか」

「それを見計らって来られたのでは?予定より遅かったですね」

「いやいや、殿下達の相手が大変でさ。やっと抜け出してきたところさ」


運ばれてきたエールをありがとう、と貴公子の微笑で受け取るとちびっと一口だけ口に含むようにして、味を確かめながら飲み始める。高貴な方の口には合わないだろうに、シャーロット様といい、この方といい、なんでエールを飲みたがるのだろう。もの珍しいのだろうか。


「ちょ、ちょっと、一体どういうことですの?」


困惑顔のシャーロット様が私を見ながらそう言い、次に私の横でエールをちびちび飲んでいる彼を見て、


「きちんと説明して下さる?お兄様!」


シャーロット様の双子の兄、アドルフ・ソフィーディア様は悪戯が成功した子どもの様に無邪気に歯を見せて笑うと、私の方に顔を向けた。

あー、はいはい。面倒な説明は私の役目ですか。

お読みいただきありがとうございました。


軽く登場人物紹介を。

ジュリア・コックス(19)

 男爵家の侍女。転職したい。


シャーロット・ソフィーディア(18)

 公爵令嬢。優しい家族に愛されて育った顔も心も綺麗な子。


アドルフ・ソフィーディア(18)

 シャーロットの双子の兄。爽やかな好青年で穏やかそうに見える。

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