ずっと…聞きたかったこと。
ドクンッ───ドクン─ドクンッ──ドクン─
ドクン……ドクンッ…ドクン…
心臓の音が聞こえる…
こんなに大きな音だったっけ?
体が重いな…どこか動くところ…
指は動くかな?
「う…」
少しだけ動いた気がする。
目はどうかな?
「…ん」
眩しくて…ムリ。
「…くん。きこえ…すか?」
誰?
「…聞こえますか?」
僕のことを呼んでいるの?
「け…賢斗?」
この声、聞いたことがある。
「賢斗…聞こえる?」
ずっと、聞きたかった声…
「賢斗?」
…お母さんだよね?
顔が見たい!
「う…あ!」
痛い!
光が刺すように入ってきた。
すごく沁みて痛い…
涙が溢れ出てきた。
「あ……あ…」
少し、痛みが和らいだ気がする。
涙が瞳を守っているのかな?瞬きしたら、一気に涙が流れ落ちてきて、耳の穴まで伝わってこそばゆい。
何だろう、感覚がやたらリアルだな…でも、光に慣れてきたかもしれない。
少しずつ周りが見えるようになってきた。
「賢斗!」
「あ…」
お母さん!
「お……」
言葉が出ない?!
お母さんと話したいのに…
「…賢斗、ごめんなさい。」
お母さんが…泣いている。
「ごめんなさい…」
震えた手が僕の頬に触れて、涙でいっぱいの、くちゃくちゃになった顔が見えた。
お母さんの顔をちゃんと見たの、久しぶりだな…
いつも無表情で下を向いて、目を合わせてくれなくて…話しかけても返事がないし…
でも…朝起きると、コンビニで買ってきたパンやおにぎり、お菓子が置いてあって、僕はそれで生きていた。
お母さんは本当は、優しい人なんだ。
無視されても分かっていたよ。
それが愛情表現だと信じていたから。
「お……か…」
うまく言葉が出ない。
「…あ…」
お母さん…僕ね、ずっと聞きたいことがあったんだ…
今、聞いてもいいかな?
「…さ」
お母さんの時が止まっている。
「ん………」
お母さん、聞いてね?
お母さん……ちゃんと聞いてね?
「ぼ……」
息が…苦しい…
「賢斗…無理しないで…」
無理するよ!
どうしても、今聞きたいんだ!!
聞きたいんだ!!
───────フワッ────────
………風?
……………誰かいるの?
「あっ…」
あれ?!声が、言葉が…
「…おか…ぁ…」
急に、言葉が出るようになった?
「……さん」
伝えられる。
お母さんにずっと、聞きたかったこと。
「ぼ…く…のぉ……こ…と…」
伝えたかった、僕の気持ち。
「………す………き?」
僕のこと、好きですか?
……………………………………………………………
お母さんの体が震え出す……
嗚咽のように、何かを吐き出して。
悲鳴のように泣き出して、僕の体を抱きしめた。
いつの間にか、体中に黒いモヤモヤとした霧を纏っている。お母さんの体の中から、どんどん溢れ出てくる黒い霧。
────────フワッ────────
また、風を感じた。
誰?誰かいるの?
姿は見えないけど、誰かいるのは感じる。
「賢斗…」
お母さんの呼吸が少し落ち着いたみたい。
黒い霧も少しずつ薄くなってきてる…
…?!
お母さんの背後に誰かいる?!
あなたは……
『今からすることを…』
聞き覚えのある滑らかな声…心臓を貫くような鋭い眼。
僕と契約を結んだ人。
あれは夢ではなかったんだ…
『よく、見ていなさい。』
大きな手が、右へ…左へ…あらゆる方向に不思議な動きをして、お母さんの頭上で止まった。
黒い霧?
大きな手にどんどん黒い霧が集まって、小さくなってる?黒い色をした卵みたいになった。
…口に入れた。
何か苦い物を噛み潰したように、表情が歪んでいる。あんなに冷静な顔をしていたのが嘘みたいだ。
びっくりした…でも、そうすることでお母さんは、救われるんだよね?
すごい…お母さんの体から黒い霧が消えた!
お母さんが笑っている。
そんな晴れやかな笑顔、見たことがなかった…
「賢斗…大好きよ。」
聞きたかった言葉以上の言葉が、僕の心臓にスっと入ったような…
僕は…生きているんだ。
涙が流れるのも、人の温もりを感じるのも…
生きているから感じるんだ。
「あり…が…と」
お母さん、ありがとう。
生きていてよかった…話せてよかった。
僕も伝えたい。僕の気持ち…
「…だ…い…すき」
ほっぺたが…こそばゆい。
優しいキス…
気持ちを伝えるということは、とても大切なんだ…
やっと分かったよ。
もう、僕たちは大丈夫。