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ブラックミスト  作者: 蘭夢
2/19

僕に翼が生えたなら…


死に方は、以前から決めていた。


ベランダを目指して進む途中で、何となく冷静に周囲を見渡す自分がいる。

薄明かりでも、目を閉じていても、10年過ごした部屋の様子は鮮明に分かる。

6畳の狭い部屋にゴミなのかよく分からない、色んな物が散乱しているこの部屋は、お母さんの部屋。

隣の部屋は、タバコとアルコールと何かが混じった異臭の酷い、あの人の部屋。

僕には部屋という贅沢は許されず、この部屋の押し入れが唯一の居場所だった。


お母さんは、今夜も遅いのかな…



「あっ…」



何かにぶつかって思わず声が出てしまった。



ドクン…ドクン…ドクン…



汗がこめかみを通って落ちていき、心臓の音が大きく響く。



ドクン…ドクン…ドクン…



僕がまだ起きていることを知られたくない。



「ふう……ふう……」



静寂の中に、僕の息づかいと心臓の音が頭の中で木霊する。

落ち着け…隣の部屋から物音がしないか集中しよう。



「………ふう…」



大丈夫…気配は感じない、早く行こう。


ゴミのような物を掻き分けてベランダの窓を開けると、ヒヤッとした空気が入ってきて、体が震えた。


…いよいよか。


足元から水の跳ねる音が聞こえる。



「あ…め?」



物置と化したベランダの隅に、不自然に積み上げられた物たち。柵を乗り越えるために、植木鉢とかで足場を作っておいたけど、上手く登れるだろうか…



「…う…」



滑るけど…あともう少しで辿り着ける。

あと…もう少し…



───サァ───サァ───サァ───



シャワーを浴びているみたいで、気持ちがいい。



なんだかな…



死ぬ前なのに、何でこんなに冷静でいられるんだろう。

どこかで、ワクワクしている自分もいる。

でも、やっぱり怖い。

7階のベランダから落ちたら、僕の体はどんなふうになるの?


もしも…死ななかったら?


それでも…ここからって決めている。

柵を乗り越えて見下ろすと、急に足がガクガクと震えだした。

もう、後戻りできないんだな…

恐怖と緊張と期待があって、変な感じ。



「ふう………」



さあ…行こう。



…………………………………………



「何してるんだ?」




どうして………そこに居るの?



「…あ…あ…」



一瞬、時が止まった気がした。

頭が真っ白になったような…ここから飛ぶよりも恐ろしい現実が戻る。



「ガキ…何してる?まさかお前…」



……お父さん、そうだよ。


今日は僕にとって、特別な日なんだ。



以前、図書館で読んだ童話の一節が頭にこびりついて、今も離れない。

主人公は奴隷の少年、いつも辛い思いをしている。

ある日、決心するんだ。


─死んだら天国に行けるのかな?

神様は、僕のことをどんなふうに見ているの?

生き地獄の中にいる僕は、やっぱり地獄に堕ちるのかな?


今日は、僕に翼が生える日だ。

白く美しい大きな翼なのか、黒くて爪のある気味の悪い翼なのか。それは、飛んでみればわかるさ。─



童話の少年は、大天使ミカエルの加護を受けて助かるけど、僕にはそんなことが起きるわけがないことくらい、分かっている。


でも、もしも僕に翼が生えたなら…

どっちだろう。



「ガキ!こっちに来い!!」



それは、飛んでみればわかるさ。



「おい!!」



どこにこんな力が残っていたんだろう…

自分でも驚くくらい高く飛べたんだ!

両手を広げて羽ばたくように…




───サァ───サァ───サァ───




雨音が心地よい…地面に吸い込まれていくこの感じも…

やっぱり翼は生えなかったけど、でも…やっとこれで



…自由になれるんだ。


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